五月病と初夏の日々 エピローグ・裏
六月三日、土曜日。夕方から夜間へと時刻が移り変わる頃。
一ノ瀬飛鳥は間宮昴と共に真穂との対決(?)を終え、寮への道を歩いていた。
校舎から寮へと続く道は人影もなく、静寂に包まれている。つまり、そこで二人が交わした言葉を聞く者は他に誰もいなかった。
「飛鳥さんは、はるかさんのことをどれくらいご存じなのですか?」
「どれくらいって言われても。別に、大したことは知らないよ」
人気はないとはいえ、お互い、公共の場を意識して言葉は選ぶ。真穂に指摘した二の轍を、即座に昴達が踏むわけにはいかないからだ。
とはいえ、昴の単刀直入な問いかけには思わず苦笑してしまう。
(昴って、実はすごくわかりやすいよね)
はるかの特待生疑惑について本人、そして真穂に問い詰めた件にしてもそうだ。直情的で、あまりにも行き当たりばったりな行動だった。「他の生徒が特待生かどうかも詮索しない」という不文律はどこに行ったのか。結局「勘違いだった」ということで収めたようだが、かなりの無茶をやっていることに変わりはない。
まあ、そう言う飛鳥もついさっき、担任の真穂を怒鳴りつけてきたわけなのだが。でも、それくらいしないと収まりがつかなかったのだ。本人が許しているとはいえ、はるかに酷い事を言ったのは許せなかった。だから「はるかから断片的に話を聞いた」ことにして抗議してしまった。
もしかすると、あれで昴にも多少、疑惑を持たれたかもしれない。
「得意科目とか、好きな食べ物とか。知ってることもあるけど、意外に知らないことって多いんだよね」
そう思いつつ、わざと答えをはぐらかしてみたら睨まれた。といったって、本音で話すわけにもいかないわけで。
特に、はるかの秘密については喋りたくない。昴が具体的な内容を知らないのは確定っぽいけれど、であれば猶更、言うわけにはいかない。
それは、はるかへの配慮だけでなく、飛鳥自身の我儘でもある。
もし、はるかの正体を知って、それでも昴が態度を変えなかったら。その時は、飛鳥と昴の立場が同じになってしまう。
秘密を共有する、たった一人のパートナー。そんな美味しい位置が奪われてしまう。
未だ、はるかへの思いを確定しきれてはいないけれど、彼(というと若干抵抗があるが)のことは大好きだ。誰かに取られたくなんかない。
「飛鳥さんは、はるかさんが何か大きな隠し事をしているとして、それでもはるかさんとお友達でいられますか?」
「いられるよ」
続いての問いには即答してみせた。もちろんそれは、既に飛鳥が「知っている」という自信の裏返しでもあったが。
もし、はるかが他にも秘密を抱えていたとしてもきっと受け止められる。そういう思いもあった。
(あ、そうだ)
そこでふと思いつき、飛鳥は昴への答えに付け加えた。
「もちろん、昴がそうでも同じだよ」
「……そう、ですか。ありがとうございます」
飛鳥の言葉に、昴は一瞬目を丸くした後、そう言って微笑んだ。
それから二人は並んで静かに道を歩いた。寮はもう、すぐそこまで迫っている。
「とりあえず、はるかに二人で謝ろうね」
「ええ、そうですね」
三人で、これからも学園生活を続けるために。
少女達は相手に言えない思いを抱えつつも、改めて結束を固めあった。




