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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
五月病と初夏の日々
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五月病と初夏の日々 19

「昴!」

 追いついたのはちょうど、昴がグラウンドを出たところの自販機から飲み物を取り出した時だった。

 はるかの声に振り返った昴は驚いたような表情を浮かべた。

「はるかさん、どうして?」

「ちょっと、昴と話がしたくて」

 はるかはグラウンドから離れた場所に昴を誘った。また、せっかくなので自販機でお茶を買っておく。移動先は体育館傍にあるベンチを選んだ。ここなら人も殆ど通らないので落ち着いて話ができる。

 一口、お茶を飲んでから口を開こうとすると、昴に機先を制された。


「先ほどのこと、ですか?」

「うん。大丈夫かな、って思って」

「ありがとうございます。心配していただいて」

 封を開けないままのミルクティーの缶を両手で包み込みながら、昴が微笑む。

「大丈夫ですよ。特に何かがあったわけでもありませんし」

「それは、そうだけど」

 あのタイミングで場を離れていったので心配した。それは多分、飛鳥だって同じだ。

「それに、彼女の気持ちも理解できますから」

「でも、バトンのミスはどちらのせいでもないでしょ?」

「ええ。けれど、同時にどちらの責任でもあります」

 バトンパスはお互いのタイミング、呼吸を合わせるのが肝だ。だから、受け取る側のスピードが明らかに速かったとか、渡す側が集中を欠いていた等、一方の過失がはっきりわかる状況でない限りは個人に責任を問えない。

 あるいは昴の言った通り、両者同罪というより他にない。

「きっと彼女も自分を責めているのだと思います。その上で、ああ言われてしまうのは私自身にも問題があるでしょう」

「問題?」

「正直、私は練習時も余りバトンパスが上手くいっていなかったんです」

 はるか達のクラスは放課後、何度かリレーの練習に時間を割いていた。それがチームの勝利に貢献したことは疑う余地がないが、それは他の三人の選手が努力した成果だと昴は語った。そこに昴自身は含まれないと。


「渡す方も、受け取る方も。アンカーになったのは、私がバトンを操る機会を減らすためでもあったんです」

 何度練習してもバトンパスが上手くいかない昴を生かそうとした苦肉の策。

「……そっか」

 そんな裏側があったなんて全然知らなかった。

 自分や飛鳥が傍にいない時の昴のことを、はるかは全然知らないのだ。

 もちろん当然のことではあるけれども。

(やっぱり、ちょっと悔しいな)

 昴があんな風に言われてしまうことが。

 昴だって、きっとうまくいくよう努力していたはずなのに。

「それでもさ。昴のこと、皆も頑張ったって思ってくれているはずだよ」

 だって、昴が本番で一生懸命走ったことは皆が見ていたはずだから。


「……そうですね。ありがとうございます、はるかさん」

 二人の視線が静かに絡み合う。

 至近距離で見つめ合ったまま、視線を外せないまま時が過ぎた。

 周囲には殆ど音がなく、風の音や遠くの喧騒が聞こえるだけ。

 そんな微かな音を聞きながら、はるかは昴の透き通るような瞳に目を奪われていた。

 やがて、昴がふっと微笑み、視線を逸らした。

「はるかさん。一つ、伺ってもいいですか? 確かめたかったことがあるんです」

「なに?」

「はるかさんは特待生なんですか?」


「……え?」

 刹那、はるかの思考は完全に凍りついた。

(なん、で?)

 程なく生まれた疑問が口から漏れなかっただけで奇跡だと思った。

 何の前触れもなく、問われたその内容が信じられなかった。

 そんなはるかの様子を、昴は横目で窺いながら黙っている。

 はるかの回答を待っているのだ。


「……何の話?」

 やがて。高鳴る鼓動を抑えつつ、はるかは何とかそう答えた。

 頬は引きつっていたし、声も震えていた。

 というか、聞かれた後の反応だけでもバレバレだっただろうけれど。それでも、真実は言えない。

 そんなはるかの様子を見て、昴は頷いた。


「……そうですか。違うのなら、それでいいんです」

 これ以上は追及しない、という宣言がなされる。

 昴が何を考えてそう言ったのか、はるかには想像もつかなかったが。

 言葉通り、昴はそれ以上何も聞こうとはしてこなかった。

「……ごめんね」

 そんな彼女に、はるかは謝罪の言葉を口にする。

 真実を伝えられないこと。黙っていることへの申し訳ない気持ちを込めて。

「いいえ」

 昴もまた多くは語らず、ただそっと首を振った。

 二人は黙ったまま飲み物を空にして、グラウンドへ戻った。

 席まで戻ると、昼休みはもうあと数分しか残っていなかった。


「あ、はるか。そろそろ移動だよ」

「あ、うん」

 帰還と同時に飛鳥に声をかけられ、慌ただしく来た道を戻る。

 障害物競走は昼休み明け最初の種目なので、昼休み終了までに入場門に移動しなければならない。必然的に、飛鳥へ多くを説明している時間もなかった。

「で。はるか、どうだったの?」

「えっと、それが……」

「え、何かあったの?」

「うん。ちょっと……。今は言いづらいから後で話すね」

 仕方なく、はるかは説明を後回しにした。時間的にも場所的にも、今は話せる余裕がない。


 障害物競争が始まり、そして特に何事もなく終了した。各クラスから一名ずつ全学年分、計九名でのレースが二度行われ、結果はるかは四位、飛鳥は三位だった。練習のおかげで身体は思うように動いたが、昴との出来事が頭に残り、やや集中を欠いてしまっていた。

 それでもそこそこの順位を獲れたのは、網くぐりをスムーズに抜けたのが大ききかった。はるかに競技を薦めた生徒の作戦勝ちといったところか。活躍できた理由を考えると、色んな意味で複雑ではあるが。

 昼休みの一件に関しても、幸いなことにクラス内で禍根が残ることはなかったようだ。競技から戻った後のクラスの様子はごく普通で、あの少女が更に何かを言ってくることもなかった。


『これにて第五回、私立清華学園分校、体育祭を終了いたします』

 体育祭が終わりを迎える。各チームの最終的な順位は一位からB組、A組、C組の順だった。

 閉会式の後、教室でホームルームがあり、下校となったのは夕方だった。翌日は日曜日なので学校は休み。担任の真穂からもゆっくり身体を休めるよう指示があった。

 ホームルームの終了後、はるかと飛鳥はすぐに寮の部屋へ戻った。飛鳥に昼休みの話をする必要があったからだ。昴は用事があるというので教室で別れた。


「と、いうわけなんだけど」

「それ、大問題じゃん!」

 部屋に戻り次第、昴との会話について話すと、飛鳥からはすぐ大きな反応があった。

「かなあ、やっぱり」

「いや、そりゃそうでしょ。まさかそれでバレてないとか思ってないよね?」

「もちろん、バレてるとは思うんだけど」

 深くため息をつきながら答える。

 はるかが煮え切らないのは、あそこで昴が追及を止めた理由がわからないからだ。

 ――答えたくない、というはるかの気持ちを察して有耶無耶にしてくれたのか?

 ――それとも本人が肯定しなくても確信が持てたから、それ以上聞かなかった?

 いずれにしても、昴ははるかから得た情報をどうするつもりなのか。

「……そうだよね。はるかが特待生なのはほぼ確実にバレたけど。それで昴がどうするつもりなのかはわからないんだ」

 あの時の昴は穏やかで、彼女にはるかへの不信や反感は感じられなかった。はるかの印象に間違いがなければだが、少なくとも昴にはるかをどうこうしようという意思はないと考えられる。

 もしそうなら、そこまで慌てる必要はない。「特待生であること」は別に絶対にバレてはいけない事柄ではないからだ。もちろん極力隠す必要はあるし、だからこそはるかは昴に正直な答えを返さなかったのだが、どうしても必要な場合には話しても問題はない。

 いずれにせよ、後できちんと昴と話し合う必要はあるだろうが。


 昴と話をする前に、できれば心当たりを探っておきたい事柄が他にある。

「それとね。どうして、昴に気づかれたんだろう」

 そもそもの原因、それがはるかには見当もつかなかった。

「どうして、って。普通に着替えとかでバレたんじゃないの?」

「でも、それだったらわざわざ『特待生なのか』なんて聞くかな」

 昴とはよく一緒にいるので、気づかないうちに「はるかが男だ」ということが露見していた可能性はもちろんある。けれどあの時、昴ははるかにこう尋ねた。

『はるかさんは特待生なんですか?』

 もし「はるかが男かもしれない」と疑っているなら、直接それを確かめるのではないか。

「そうしなかったのは、そこまでは知らないからじゃないかな、って」

「……じゃあ、どこでバレたの?」

「それがわからないんだよ」

 怪訝そうな表情で問う飛鳥に、同じような顔をして答えた。


 具体的な設定の内容を避け、はるかが特待生であるという事実だけが露見する。ピンポイントすぎて、むしろそうなった経路がわからない。

 もちろん、前提から間違っている可能性もあるのだが、その可能性も含めて「昴がどういう方法で何を知ったのか」を把握しておければ、昴との話し合いもしやすくなる。

 だから、できればもう少し突き詰めておきたいのだが。この様子だと望み薄だろうか。

「あ」

 と、はるかが考え始めたその時。飛鳥が小さく声を上げた。

「何か思いついた?」

「あ、ううん。なんでもない……って、わけにもいかないか」

 尋ねると飛鳥は一度口ごもった後、何かを思い直したのか、ぽつりと言った。

「多分、はるかと乃木坂先生の話を聞いたんじゃないかと思う」

「え、あれ、聞いてたの?」

 真穂との話、と言われて思い当たるのは、部室棟の空き部屋での会話だ。確かにあの時は特待生というワードも出していたが、昴がそれを聞いていたというのは想像もしていなかった。


(そういえば、あの後)

 一階の入り口で飛鳥と昴に出会った。何故あそこにいたのか疑問に思った記憶もある。

「あたし、昴と一緒に少しだけ聞き耳立ててたんだよ。良く聞こえなかったからすぐ止めちゃったけど……。昴に聞こえてたかどうかは確認してない」

 それなら、昴が真穂とはるかの話を部分的に聞いた可能性はある。

「ね、はるか。あの時、先生と何を話していたのか教えてくれない?」

「え、と。それは……」

「お願い。昴が何を聞いたかも重要でしょ?」

「……わかった」

 そう言われて、はるかは渋々、了承した。

 まさか、うまく終わったはずの話がこんなところで蒸し返されるとは思わなかったが、こうなってしまったからには仕方がない。

「でも、お願いだから怒らないで聞いてね?」

 一応、そう念押しをしてから、はるかは飛鳥に話を始めたのだった。

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