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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
五月病と初夏の日々
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五月病と初夏の日々 18

 登校後は一度クラスで短いホームルームを受け、それからグラウンドに移動となった。グラウンドは有志による事前準備により、各所にロープが張られ入退場門が作られるなど、体育祭仕様にセッティングが行われている。

 グラウンドにクラス別で整列しての開会式を終えると、トラックの外周に用意されたクラス席へ移動する。席といっても椅子を並べただけのものだが、トラック内外はロープで区切られているため、それっぽい雰囲気は出ている。

 そうして生徒達があらかた席に着いたところでアナウンスが流れた。


『これより私立清華学園分校の第五回、体育祭を開催いたします』


 あちこちから拍手が上がる。こうして、はるかにとって高校生活最初の体育祭が始まった。

 アナウンスが続けてプログラムを読み上げるのを聞きながら、はるかはそっと周囲を見回してみた。

 分校の広いグラウンドに、大勢の人が集まっている。保護者席、来賓席にも案外多くの人が座っていた。特に保護者席の数は入学式よりも多い気がするが、これは暇つぶしがてら体育祭を見学する地元住民がいるためらしい。ちなみに、土曜日の朝からという日程もあって、はるか達の両親はやはり不参加だ。

(まあ、だからって日曜日に開催すると今度は帰りが大変だもんね)

 体育祭を最後まで見ていたらその日の船に乗り遅れ、翌日の仕事に出られない、なんてことになりかねない。それなら金曜日の午後のうちに島へ渡ってきてもう方がまだマシ、という配慮なのだろう。


 クラス席の方は割合、雑然とした雰囲気に包まれている。男女で列が分かれている教室の座席と違い並び順にルールがないため、生徒達は思い思いに席に着いている。大雑把に男女で分かれてはいるが、それ以外は仲のいい相手同士で近くに座っている。はるかもまた、女子達が密集している辺りに飛鳥達と腰かけていた。

「あんまり日差し強くなくて良かったよね」

「うん。一日中焼かれてたら日焼けしちゃうし」

 耳をすませると、周囲からはそんな声が聞こえてくる。女子の中には体育祭にあまり興味のない生徒も多いようで、そういう生徒は友人達とのお喋りの方に意識を向けている。

「佐藤、お前勝てよ」

「お前こそ」

 一方、男子達の方は浮足立っている感が強かった。文化部系の生徒もいるにせよ、やはり勝負事に関心のある生徒が多いのだろう。運動部系の生徒を中心に、イベント自体に向ける思いを見て取れた。

 はるかも本当はそちら側の人間なのだが、立ち位置が違うと他人事のように見えてくるので不思議だ。


 そんな風に周囲を観察しているうちに、トラック内では最初の種目がスタートしていた。出走者達は一生懸命競技に励む中、それ以外の生徒達は応援するなり雑談に興じるなり、思い思いの時間を過ごしている。

自分が競技に参加している時間より待機時間の方が圧倒的に長いので、やはりずっとは集中してもいられない。それでも全員がその場にいて、時間を共有している雰囲気が体育祭というイベントの重要な要素だ。

「そういえば、昴のリレーはいつだっけ?」

 あるとき、隣に座る飛鳥がふとそう言った。

「まだ大分先です。ええと……プログラムで言うと午前の部の最後ですね」

 それに答えた昴が、プログラムに目を落として補足する。競技の順番などが簡潔に書かれたプログラムが事前に生徒全員に配られており、それを見ればスケジュールもわかる。

「はるかさん達の障害物競走は……お昼休み明け最初なんですね」

「うん」

 前もって自分たちの競技を確認していたはるかは、昴の呟きに頷いた。偶然、はるか達の出る種目と昴の出る種目は、近い順番にあるらしい。

「うわ。それはお昼をお腹一杯食べるなってこと!?」

「あはは……まあ、しょうがないよ」

 妙なところに悲鳴を上げる飛鳥には苦笑を返した。確かに、お腹一杯食事をした後の激しい運動は遠慮したいところだが、障害物競走がこの順番にあるのはたぶん、網やら平均台やらの準備が必要だからだろう。なので、こればかりは仕方ない。

(中距離走とかだったら本当に死んじゃうだろうしね……)


 などと言っている間も、プログラムは順調に進んでいく。得点は3チームともいい勝負をしているが、今のところA組は少し負け気味だ。そんな中、午前の部最後の種目、女子の400メートルリレーの時間が迫ってきていた。

『……女子400メートルリレーに出場される方は、入場門付近に集合してください』

「それでは、行ってきますね」

 一つ前の種目が開始したところで集合のアナウンスが流れ、それに従って昴が立ち上がった。

「昴、頑張って」

「ファイトだよ!」

「……はい、ありがとうございます」

 飛鳥と一緒に声をかけると、昴は微笑んで答えた。その様子からして、緊張しすぎているということもなさそうだ。

 しかし、身を翻した昴は、他の選手達と合流すると表情を一転させる。顔を引き締めたまま、彼女は他の三人の背後について静かに歩いていった。

 そんな昴の姿に、はるかは不安を覚えた。

「大丈夫かな、昴」

 あの様子は本番に向けて意気込んでいる、というわけではないような気がした。

「……リレー自体は問題ないと思うけど」

 飛鳥からはそんな返事があった。見ると、彼女は僅かに眉をひそめ、微妙な表情を浮かべていた。


 やがて前の競技が終わり、女子の400メートルリレーの番がやってくる。

 この競技は同学年での対抗戦だ。一クラスごとに四人の代表者を選出し、100メートル×4=400メートルのリレー形式で勝敗を決める。最初は一年生からのようなので、さっそくはるか達のクラスの出番だった。

 グラウンドに選手たちがそれぞれ配置につく。200メートルのトラックなので、はるか達の席から遠い側と近い側に二人ずつで、他の学年の選手もその後ろに付いている。どうやら昴はアンカーのようで、席から近い側のトラック内に立っていた。

「あれ、由貴先輩?」

 少しだけ視線を動かすと、昴の後ろ、すぐ近くに由貴が立っていた。第二レースのアンカーの位置だ。

「由貴先輩もリレーの選手だったんだ……」

「あれ、はるかは知らなかったんだっけ」

「飛鳥ちゃんは知ってたの?」

「うん。この前、『ノワール』で体育祭の話もしたから」

 はるかが不在だった時のことか。それならはるかが知らないのも無理はない。

「昴、由貴先輩には対抗意識燃やしてたのかな」

 今日は敵同士、という由貴の言葉が脳裏に甦る。学年ごとのレースなので直接対決にはならないが、ポジションも同じとなると昴が意識しても不思議はない。先程の様子がそのせいだとしたら、特に心配もない気がする。

「んー。まあ、それはわかんないけど」

 飛鳥は浮かない返事だった。何か心当たりでもあるのだろうか。

「ねえ、飛鳥ちゃん……」

「あ、始まるよ」

 再度飛鳥に話しかけようとしたはるかの声は、近くで上がった誰かの声に遮られた。


 直後、グラウンドからピストルの音が鳴り響いた。

 同時に第一レース、一年生組のスタート走者が一斉に走り出す。するとはるかの意識も自然にそちらへと引っ張られる。リレーは運動会の花形競技、午前の部最後の競技ということもあって観客の生徒達も注目している。

 各クラスとも運動の得意な生徒を出してきているのだろう。やはり三人とも速かった。女子とはいえ、はるかが走ってもきっと追いつけないだろう。

 順位はB組が先行、C組がそれを追い、A組はやや出遅れた形だった。ほぼその差を維持したまま第二走者へバトンが渡るが、バトンリレーでA組が盛り返し、C組に並んだ。

「やった!」

「皆、一杯練習してたもんね!」

 周囲の生徒達が歓声を上げた。練習によるチームワークの成果、しかも自分たちのチームのこととなると、やっぱり盛り上がる。

(昴も、何度か練習に参加してたっけ)

 その後、C組がB組に追いつき、第三走者へのバトンでA組がまた差を縮めた。これで三者は殆ど団子状態。

「これならアンカーで抜かせるんじゃない?」

「いい感じだねー」

 しかし、ここでA組の第三走者が少しずつ他の二組に離され始めた。

 クラス内が僅かにどよめくが、他の二クラスと大きな差はついていない。バトンワークがこのままうまくいけば、それだけで逆転可能な範囲だ。

 そして。

「あっ……」

 多くの生徒が注目する中、アンカーへのバトンパスが失敗した。A組の第三走者と昴のタイミングが合わず、うまく一度で受け渡せなかったのだ。当然、これにより前との差は広がる。

「駄目かあ……」

 落胆の声がどこからともなく上がった。

(昴……)

 二度目でバトンを受け取った昴は、しっかりと前を見つめて地を蹴る。

 見守るクラスメート達とは対照的に、その表情に焦りは見えない。

「あれ。間宮さん速くない?」

 やがて、クラスメートの誰かが言った。

 そう。一位、二位との差が目に見えて縮まり始めていた。

 昴のスピードも速いが、どうやら他の走者のスピードがそれ程でもないようだ。もしかすると相手クラスは速い生徒を前の方に並べていたのかもしれない。となれば大きな差を作れなかった時点で、苦しいのは相手の方だ。

 やがて昴が二位を抜き、ゴール直前で一位を捉えた。そしてそのままゴールに滑り込む。

「やった!」

 クラスメートの歓声を聞きながら、はるかもまた飛鳥と微笑み合った。


 二年生のレースは由貴が一位で渡されたバトンを守りきってゴール。三年生ではA組が勝利し、結果的にA組に大きな点数が入った。

 アナウンスが点数の中間発表の後、一時間の昼休みを告げる。

 そんな中、帰ってきたリレーの面々は笑顔のクラスメート達に出迎えられた。

「皆、お疲れ―」

「やったじゃん、一位だよ一位!」

 もちろん、はるか達は昴に駆け寄る。

「昴、お疲れ様」

「おめでとう、頑張ったね!」

「二人とも、ありがとうございます」

 逆転の余韻のせいか、昼食が始まってもクラスの話題は先のリレーのことが中心だった。席に着いたままランチボックスを広げたはるか達を、学食に行かなかったクラスメートが取り囲む。彼女達のお目当てはもちろん昴だった。

「間宮さんって足、速いんだね」

「私、見てて興奮しちゃったよー」

「いえ、偶々調子が良かっただけです」

 次々に話しかけてくる生徒達に、昴は当たり障りのない笑顔で答えていた。時折、こちらに視線で助けを求めてくるのがわかったが、好意で集まってくれている子達の邪魔をするのも悪い。飛鳥と一緒に傍で暖かく見守った。


「小鳥遊さん達のお弁当、手作りなの? ちょっと交換しない?」

 などと、はるか達のお弁当へ言及する生徒もいたので、彼女達と談笑してみたり。

 と、不意に冷ややかな声がその場に届いた。

「あそこでバトンミスしてなきゃ、もっと楽に勝てたと思うけど」

 そちらを見ると、不満げな顔の女生徒が横目でこちらの方を睨んでいた。

(リレーで三番目に走ってた子……)

 はるかの他にも何人かが彼女の方に視線を向けると、彼女は顔を背ける。関係ない風を装ったようだが、態度からして彼女が先程の発言の主で間違いないだろう。

 昴を取り囲んでいた生徒達の笑顔が曇り、周囲に戸惑ったような雰囲気が流れる。

「まあ、そりゃそうだけどさ」

「勝ったんだから別にそれはいいじゃん」

 誰かの呟く声が聞こえた。聞く限り、心情的には第三走者の子の発言に共感する生徒も中にはいるようだ。それも無理はない。

 他の生徒が言ったのならともかく、バトンパスの当事者が言っていたから。彼女はきっと、あの失敗が悔しかったのだろうと容易に想像がついた。

 いったん水を打たれた場の雰囲気は戻らず、所在なさげに立ち尽くす生徒たち。


「私、飲み物を買ってきますね」

 そんな中、昴がそう言って立ち上がった。

「昴?」

「はるかさん達の分も買ってきます。何がいいですか?」

「え、と」

 そう聞かれたが、咄嗟には何と答えたらいいかわからない。

 迷っていると、はるかの代わりに飛鳥が答えた。

「ううん、あたし達は大丈夫」

「……そうですか、わかりました」

 小さく頷いて、昴はその場から歩き去っていく。

 はるかはその姿を見送るしかなかった。

「なんか、変な空気になっちゃったね」

 傍に座ってお弁当を食べていた女生徒が、そう言って離れていく。それをきっかけにしたように、他の生徒達も散らばっていく。

 あっという間に、一帯の空気だけが完全に落ち込んでしまっていた。

 再度、昴の歩いて行った方を見ると、彼女の姿はだいぶ小さくなっている。


(追いかけた方がいいのかな)

 思って、それを躊躇う。「はるか達の分も買ってくる」という昴の言葉は、はるか達が追いかけてくるのを先んじて制する意図があったような気がする。

 だとすれば、追いかけない方がいいのでは。

「はるか、行ってきなよ」

 もやもやした思いを抱えて思考を巡らせていると、飛鳥がにっこり笑ってそう言った。

「でも」

「何か聞かれたら、やっぱり何か飲みたくなったとか言えばいいでしょ」

 どうやら、はるかの考えまでお見通しだったらしい。もしかすると、昴に訊かれた時に飛鳥が答えたのも、後ではるかにこうさせるためだったのだろうか。

「……わかった。ちょっと行ってくるね」

 何にせよ、そうやって肩を押され、言い訳も出来たからには行かない理由もない。

 頷いて、はるかはそっと立ち上がった。

 時計を見れば、お昼休みももう半分くらいしか残っていない。

「飛鳥ちゃん。多分、私もうお弁当食べられないと思うから……」

「わかった。全部食べておくね」

 皆まで言わせず、はるかの台詞を引き継いだ飛鳥がにこりと笑う。残っている量的に一人じゃ辛い気もするけれど、場面的に突っ込まない方がいいか。

 軽く手を振って、はるかは昴の後を追った。

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