出会いの季節 2.5 (幕間)
夜、十一時過ぎ。
一ノ瀬飛鳥は二段ベッドの上段で横になったまま、部屋の天井を見上げていた。ベッドの下段では、既にパートナー――小鳥遊はるかが規則正しい寝息を立てていた。色々あって疲れたせいか熟睡している様子で、いびきをかいたり、騒々しい寝息を立てたりはしていなかった。
らしいというか、なんというか。
(そんなところまで女の子みたい)
小さく、くすりと笑う。けれど彼が確かに男の子だということを飛鳥は知っていた。
自分の目で確認したのだから、それは間違いない。
(あれは本当にびっくりしたよ)
あの衝撃はしばらく忘れられないだろう。
実際、直前までは本当に女の子だと思っていたから、発覚時のインパクトは大きかった。
けれど飛鳥には、不思議と不快感はないのだった。
いや、不思議でもないのか。
「なんか、ラッキーかも」
数時間前にはるかへ言った台詞をもう一度呟く。
小鳥遊はるか。彼のことを飛鳥は気に入ってしまった。
今まで、ああいう男の子は飛鳥の周りにはいなかったからだ。
放っておけない感じの可愛い男の子。意識してないと本当に女の子にしか見えないのがアレだけど、それはそれで新鮮ともいえる。
何よりはるかの『事情』は、彼に伝えなかった飛鳥自身の『事情』にもぴったりと合う。
(『女の子が好き』って設定、やりづらくて困ってたんだよね)
きっと飛鳥自身も特待生だなんて、はるかは思いもしないだろう。
飛鳥本人が、はるかに対して疑念を持っていなかったように。
(女の子と恋愛するとか、考えたこともなかったし)
飛鳥に与えられた設定は「同性愛者」。男の子より女の子が好き、という性嗜好。
けれど「特待生に与えられる設定は本人とはかけ離れたもの」という原則通り、飛鳥は本当は根っからの異性愛者だった。
中学時代も何度か男子と付き合ったし、高校でもそのつもりだった。残念ながら中学では碌な相手がおらず、まだキスすら経験はないのだが。だからこそ高校では素敵な恋愛をするつもりだった。
そこへこんな設定を貰ったことで、少し難儀していたのだった。
はるかと違い、飛鳥に学園への特別な思い入れはない。
受かれば儲け程度の気持ちで特待生に応募したら合格したので、面白半分で入学を決めただけだ。
だから演技の練習なんてしていないし、ぶっつけ本番で適当になんとかするつもりだった。
結果、はるかに無理矢理迫ってああなった。そんな彼女にはるかのことは笑えない。
むしろ飛鳥にとって、はるかとの出会いは降って湧いた幸運だった。
(これ、はるかといちゃいちゃする分には問題ないもんね)
表面上、飛鳥とはるかは女の子同士。なら、はるかと仲良くしていればそれで特待生としての対面を保てる。飛鳥としても中身が男の子ならそれだけで大分気が楽だし、はるかが悪い子でないのも良くわかった。彼に冷たくする理由が、飛鳥には何もなかったのだ。
だから飛鳥は、はるかの秘密を受け入れた。
はるかの事情に同情したのも、それはそれで嘘ではないのだけれど。
まあ、なんにせよ。
(これから、どんなことがあるか楽しみ)
布団にくるまりそんなことを考えながら、飛鳥はゆっくり眠りに落ちていった。