五月病と初夏の日々 17
「さて、それじゃあ始めましょうか」
翌日、はるか達は少し早起きをして、朝の六時半時に『ノワール』へ集合した。集まったメンバーは、はるかに飛鳥、昴と由貴の四人だ。調理に参加しない圭一は顔を出さないそうなので、珍しく女子だけ(約一名除く)の集まりだ。
食材や道具などは昨日、由貴が用意してくれているので、後は調理するだけ。
ということで、まずは着替えを済ませてしまうことに。由貴は既にメイド服に着替えていたので、一年生三人で隣の部屋に移動した。
今日は体育祭ということで、珍しく最初から体操着での登校が許されている。料理をするだけならその上にエプロンを着けてもいいのだが、はるかと飛鳥は由貴に倣い、いつもの衣装に着替えることにした。
「はるかさん達がその衣装に着替える所は、初めて見ますね」
はるか達がクローゼットからいつもの衣装を取り出していると、早々にエプロンを身に着け終えた昴がふと呟いた。そういえばそうだったか。昴はコスプレの類を嫌がっているので、普段はこちらの部屋に立ち入らない。
物珍しげに昴に見つめられて、はるかは少し戸惑った。
「でも、体育の時はいつも同じ部屋で着替えてるし」
「そうはそうですが。……少し、新鮮な気がします」
(そんなこと言われると、着替えにくいよ)
見られていることを意識させられると、はるかも緊張してしまう。とはいえ着替えに時間をかけるのもまずいので、仕方なくそのまま着替えを続けた。
数分程度で着替えを終えた。飛鳥の方も着替え終わったようなので、お互いに相手の仕上がりをチェックしあう。飛鳥のネクタイが少し曲がっていたので調整してあげて、代わりにエプロンの結び目を直してもらった。
「お二人とも手慣れてますね」
「うん。もう何回もやってるしねー」
その様子を見ていた昴がそっと呟くと、飛鳥がそう答える。実際、二人で着替える時はこうするのが恒例だった。
「お待たせしました」
着替えを終えたらカフェへ戻った。
「お帰りなさい。一応、ある程度準備はしておきましたので」
由貴の言った通り、テーブルの上にはまな板や野菜などが既に準備されていた。
「こっちの部屋を使うんですか?」
「ええ。四人で向こうを使うと手狭なので、はるかちゃん達のサンドイッチ作りはこちらでやっていただこうかと」
「あ、確かにそうですね」
キッチンがあるのは隣の部屋だが、あちらで四人一緒に作業するにはスペースが足りない。今回の具材は火を使わないものばかりなので、サンドイッチならこちらの部屋でも十分だろう。
「というわけで、飛鳥さんは私と向こうに行きましょうか」
「了解です!」
と、さっそく由貴達は荷物を持って隣の部屋に移動していった。
それを見送って、はるかは昴に声をかける。
「じゃ、私達も始めよっか」
「そうですね」
こちらの部屋には水道も無いが、テーブルの上に消毒用アルコールとウェットティッシュもあったので、それで手を綺麗にした。流石というべきか、由貴の準備は万全だった。
「昴、料理の経験は?」
「あまり得意ではないのですが、心得は一通り学んでいるので問題はないかと」
「そっか。それなら心配ないかな」
耳を切り落とした食パンにマーガリンを塗り、具材を挟んでカットしていく。
昴と相談して、パンを三等分にカットすることにした。一組のパンから長方形のサンドイッチが三つできることになる。サンドイッチというとパンを斜めに切った三角形のイメージがあったが、このくらいのサイズの方が食べやすいだろう、ということだ。
「それに、四角い方がランチボックスにも詰めやすいと思いますよ」
「なるほど」
三つに切ったサンドイッチは少し小さめで、ちょっと可愛らしい感じがした。
あっという間に八枚切りの食パン一袋分のサンドイッチが出来上がったが、まだこれだと足りない気がする。
「せっかくだから、具材の組み合わせ違うのも作ってみる?」
「いいですね。目先が変わって楽しそうです」
思いつきで別の組み合わせのサンドイッチにも用意してみることにした。レタスとトマト、ハムとチーズ等、当初の予定とは違うバリエーションでもう一袋を消費した。
そうしたら、今度は出来上がったサンドイッチをランチボックスに詰め込む。ランチボックスは大き目のものが二つで、どちらもサイズは同じ。これはそれぞれはるか、飛鳥、昴三人の分と、圭一、由貴の分だ。人数には差があるが、圭一が多く食べるだろうから量に差は設けない。
(私は最近、そんなに食べてないしね)
進学してからは周囲の目と栄養バランスを気にして、食事量を前より減らしているのだ。たまにお腹が空くこともあるけれど、慣れればそんなに問題はない。
「こんなところですね。……少し作りすぎてしまったでしょうか」
一袋分だと少ないが、二袋分全部だとさすがに多すぎるので、サンドイッチが少し余ってしまった。ランチボックスにはまだスペースがあるが、それはおかず用に残しておかないといけないし。
「二袋、全部使わない方が良かったかな?」
そんな時、ちょうど隣室のドアが開いて由貴達がやってきた。
「唐揚げと卵焼き、出来上がったから持って来たよー」
「そちらの具合はどうですか?」
「あれ、もう終わったんですか!?」
なんと由貴達ももう終わったらしい。味付けや焼き、揚げの工程がある分だけ時間がかかると思うのだが、手際がいいとそんなものかとびっくりした。
「あ、大丈夫そうですね。ありがとうございます」
はるか達の様子を見た由貴が微笑む。どうやらはるか達の作業は問題なかったらしい。
「由貴先輩、サンドイッチがちょっと残っちゃったんですけど……」
「ああ、大丈夫ですよ。残りは朝ご飯にしちゃいましょう」
「あ、なるほど」
それは確かに無駄がない。時間的にも寮に戻って食べると慌ただしいし。
由貴達が作った卵焼きと唐揚げをランチボックスに詰め、余熱を取るためにしばらく蓋を閉めず、隣のテーブルに置いておく。その傍にはコンソメスープの詰まった魔法瓶が置かれた。
残ったサンドイッチとおかずは皿に盛り、スープカップに余ったコンソメスープを入れて、四人でテーブルを囲んだ。朝昼同じメニューになってしまうが、まあそれは仕方がない。
朝食を済ませたらランチボックスは蓋を閉め、清潔なクロスに包んだ。後はみんなで手分けをして後片付けそして、体操着に着替えてからカフェを出る。念のため荷物は持ってきていたので、このまま登校することになった。圭一は別で登校してくるらしい。
「ふふ。今日は皆さんとは敵同士ですね」
「あ、由貴先輩はA組じゃないんでしたっけ」
「ええ、私と圭一様は2-Bなので、別チームですね」
「そっか。でも負けませんよ、由貴先輩!」
「まあ、直接由貴と対峙する機会はないでしょうけどね」
和気藹々と、皆で会話を交わしながら校舎へと歩いていく。
いつもと違う服装に、いつもと違う登校ルート。メンバーに由貴が加わっていることも含め、色々なものが普段とは違った。
何気ない事だが、そんなあれこれがイベント事、という感じがして楽しかった。




