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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
五月病と初夏の日々
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五月病と初夏の日々 16

 中間テストも終わったので、テスト休みの二日間、はるかはダンスの練習に集中することにした。

 体育祭までの日数も残り少ないので、この期間に満足のいくところまでやりたい。

 そう思って取り組んだ結果、木曜日の午後に初めて、通しで踊りきることができた。

「やった」

 嬉しくてつい、誰も居ない部屋で一人、笑みを浮かべてしてしまう。

(なら、もう少し……)

 ここまで来れば、あとは何度も練習するだけだった。

 それからもおさらいを繰り返し、夕方には自分なりに納得のいく程度には仕上がった。


 これなら、明日はゆっくり休んでもいいかもしれない。

 そう考えたはるかは、練習の仕上げとして一つ、アイデアを思い付いた。

 そのアイデアを、さっそくその日の夕食で飛鳥達に伝える。

「飛鳥ちゃん、昴。明日、ちょっとだけ時間取れないかな?」

「明日? いいけど、何かするの?」

「うん。最後にダンスを二人に見てほしいなって」

 ダンスの練習には満足したが、かといってただ終わらせるのは少し勿体ない。そこで、二人に一度見て貰えたらと思ったのだ。殆ど自己満足だが、協力してくれたお礼という気持ちもある。

「ん、もちろんいいよ」

「そういうことでしたら、私も喜んで」

「ありがとう、二人とも」

 幸い二人とも快諾してくれたので、翌日の午前中に三人で部室棟へ向かった。早い時間にしたのは、そんなに時間はかからないと思ったから。休日ということで『ノワール』もお休みなので、軽く用事を済ませたらお昼を食べて明日に備えて休めばいい。


「飛鳥ちゃんたちはここ、初めて……じゃ、ないんだっけ」

 建物の入り口あたりで振り返ったはるかは、言葉の途中でこの間の出来事を思い出した。真穂と話をした日、着替えて建物を出ようとしたところを二人に見つかったのだ。

「あー、うん。まあね」

 尋ねると微妙な表情で頷かれた。二人としてもちょっと思う所があったらしい。

 そういえば、二人はどうしてあそこにいたのだろう。わざわざ激励に来てくれたのだろうか。それにしては反応が微妙な気もするけれど。

(まあ、それはいいか)

 大したことではないだろうと、あまり気にしないことにした。

 飛鳥達を空き部屋へ招き入れると、二人は物珍しそうに室内を見回した。

「何もないね」

「でも、綺麗ですね」

 最初に来た時の自分と同じような感想に思わずくすりとした。


「それではるか、どうするの?」

「あ、うん。一回通して踊るから、それを見てくれる?」

「ん、了解」

 まずは制服から体操服に着替えて、スマートフォンを準備する。

 準備を終えて後は踊るだけというところで、はたと気づいた。

「そういえば、このスマホで音、聞こえるかな」

 普段はイヤホンで曲を聴いていたが、今日はギャラリーがいるのでそうもいかない。特に音響機器も持ってこなかったので、そうするとスピーカーから再生しなければならないのだが。

「最大音量なら、おそらく大丈夫じゃないでしょうか。他に騒音もないことですし」

 確かに。この建物にも複数の部活動が部室を持っているはずだが、騒音はほとんど感じない。演劇部や吹奏楽部は主に視聴覚室、音楽室を使っているし、運動系の部活はおそらく練習中。となれば騒がしい部がいないのも頷ける。

 試しに音量最大で動画を再生してみると、室内で聞く分には問題なさそうだった。

「じゃあ、これでいくね」

 スマートフォンは飛鳥に渡し、合図で再生して貰えるようお願いした。

 そうして、はるかは部屋の中央に立つ。飛鳥達には廊下側の壁際に座ってもらった。

 二人の視線がはるかに集まる。他に人がいると勝手が違うが、深呼吸をして気持ちを落ち着けた。


「……うん。準備できたよ」

「じゃ、始めるね」

 合図と共に、飛鳥が動画の開始ボタンを押す。すると室内に軽快な音楽と歌声が流れ始めた。その音楽に合わせてはるかもステップを踏む。もう何度繰り返したのかも覚えていない行程をもう一度再現する。

 この曲は夢や希望を題材にした明るい作品だ。曲調はそれほど速くないので、一つ一つ、しっかりとステップを踏んでいく。

 とん、とん、とん。

 靴が床を叩くたびに小さく音が鳴る。そのリズムと音楽だけが頭に響く。

 繰り返し踊ってきたので、次にどう動けばいいかは身体に染みついていた。

 お陰で、意識しなくても身体が動く。途中でターンやジャンプも挟むが、これもややゆったりとした動作だ。それでも練習中は何度も失敗したものだが、今回はうまくいってくれた。

 調子が良い。それから、なんだか楽しかった。

 自然と口元から笑みがこぼれる。

 浅く息を吐きながら踊り続け、やがて曲が止まった。

 最後のポーズを取ったまま、はるかはほっと息を吐いた。

(うまくいった……)

 ところどころ小さなミスはいくつもあったが、大きなミスなく最後まで踊りきれた。うまく集中できたおかげか、もしかすると今までで一番いい出来だったかもしれない。

 そう思いながら意識を戻すと。

 ぱちぱちぱち、と拍手の音が聞こえてきた。


「すごいすごい。はるか、頑張ったね!」

「ええ、努力されたのが伝わってきました」

 飛鳥と昴が笑顔で拍手をしてくれていた。その言葉がとても嬉しかった。

 二人にそう言ってもらえると、頑張った甲斐があったと思えた。

「ありがとう、二人とも。お陰で気が済んだよ」

「もういいの?」

「うん」

 ダンスも最後まで踊りきれたし、これで十分だ。

 そう思って笑顔で頷くと、そこで飛鳥が思わぬ提案をしてきた。

「じゃあさ。ちょっとあたしもやってみていい?」

「え? やってみるって?」

「はるかが踊ってるの見てたら、あたしもやってみたくなっちゃって」

 にっこり笑ってそんな風に言う。どうやら今のダンスを自分も踊ってみたい、ということらしい。

「それはいいけど、大丈夫?」

 さすがにそれは無茶ではないだろうか。もし万が一、転んで頭を打ったりしたら大変だ。

 けれど、飛鳥は大して気にした様子もなく気軽に答える。

「大丈夫大丈夫、駄目でもともとだし」

「……うん、わかった」

 そういうことならまあ、それ以上は何も言えない。

 それに、この場所ならそう大きなアクシデントも起こらないだろうし。

 はるかはそう納得し、飛鳥からスマホを返してもらった。飛鳥が踊るのなら、入れ替わりにスターターを務めよう。

「あ、待ったはるか」

 そうして端の壁に移動すると、そこを飛鳥に呼び止められた。

「体操着貸してくれない? 制服だとちょっと動きづらいし」

「え」

 思わぬ要求に、はるかは一瞬、フリーズした。


 そして。

「ん、良かった。サイズは大丈夫そう」

 制服に戻ったはるかは、体操着に着替えた飛鳥を尻目に、今度こそ壁際に移動した。

「飛鳥さんもまた、突拍子もないことを言い出しましたね」

 隣に腰を下ろしたはるかに、昴がそっと囁く。

「あはは。本当だよね」

 ダンスがしたいという申し出もそうだが、体操着の件にも驚かされた。他人が着た体操着を着るなんて嫌じゃないだろうか。見ると平然とした様子なので、おそらく気にしていないのだろうけれど。

(私は気になる……)

 自分の汗が染みこんだ体操着を女の子に着せるなんてどうにも恥ずかしい。特殊な性癖の人ならむしろ興奮するのかもしれないが、生憎はるかにそういう趣味はない。

 そんなはるかの葛藤を知ってか知らずか、飛鳥が部屋の真ん中で明るく声を上げた。

「オッケーだよー」

「じゃあ、行くね」

 飛鳥に告げて、動画をスタート。それに合わせて飛鳥も踊り出す。


「……あら」

 飛鳥のダンスが始まると、すぐに昴が声を漏らした。その理由ははるかにもわかる。一度見ただけとは思えないほどスムーズな出だしだったからだ。

 驚きながら様子を見守り、数十秒が経ったところで今度ははるかが声を上げる。

「……あれ?」

 いつの間にかステップや振り付けが違っていた。タイミングがズレている、とかそういうレベルではなく、そもそもの振り付けが違う。なのにすぐ気づかなかったのは、飛鳥が堂々と踊り続けていたからだ。まるでそれで正しいダンスなのではと、錯覚してしまうくらいに。

 駄目でもともと、とはこういう意味だったのか。ミスを恐れず、むしろ自由に動く。

 オリジナルの再現という観点では完全にアウトだけれど、これはこれで面白い。

 結局、飛鳥はそのままノリと勢いで最後まで踊り切り、笑顔でポーズを決めた。

「うん、なんか楽しいね、これ」

 戻ってきた飛鳥にはるかは昴と共に拍手を贈った。


「お疲れ様。うん、飛鳥ちゃん、すごく楽しそうだった」

「大胆な演技でしたね」

 殆ど初見で踊りきったのだからそれだけで見事だし、本人が楽しんでいることが見ている方に伝わってくる演技だった。はるかにはそもそも、ああいう風にしようという発想自体がない。

「えへへ、ありがと」

 にこりと笑った飛鳥は、何やら昴の方に顔を向けた。

「じゃあ、次は昴がやってみない?」

「え、私ですか?」

「うん。一人だけやらないのはずるいじゃない?」

「飛鳥さんは自分から希望しただけじゃないですか……」

 急に水を向けられた昴は困惑気味だ。困ったようにはるかの方へ視線を向けてくる。

「飛鳥ちゃん、無理言っちゃ駄目だよ」

「えー。はるかは昴が踊るところ見たくない?」

「……それは、見たいけど」

 本心を言うならもちろん、見てみたい。昴の踊る姿はきっと綺麗だろうし。

 でも、それとこれとは別だ。

 と、そう付け加えようと思ったのだが。

「わかりました。そういうことなら」

 その間に、昴が顔を赤らめつつも決然と頷いていた。

「いいの?」

「はい、やってみます」

 一応、尋ねてみたが、嫌々というわけではなさそうだ。

 なら、それ以上はるかが言うことは何もない。

「それで、はるかさん。お願いがあるんですが」

「え?」

「私にも体操着を貸して頂いていいですか?」


 はるかから飛鳥へ。飛鳥から昴へ。

 思うところはあるが、気にし始めるとキリがなさそうなので、はるかはあまり考えないことにした。

「一度、動画をしっかり見せていただいてもよろしいですか?」

「あ、うん」

 ダンスの前、昴は動画の確認を希望した。しっかりと見て貰い、彼女が納得したところで本番。

「それでは、いつでもどうぞ」

 部屋の中央に立った昴の瞳には真剣な色が宿っていた。

(そこまで気合を入れなくても……)

 そう思ったが、彼女の気合を削ぐような真似はしない。

「じゃあ、いくよー」

 再びはるかのスマホを握った飛鳥が、軽い声と共に再生ボタンに触れた。


 そうして。

 始まった昴の演技は、はるかの想像通りか、それ以上に見事なものだった。

 流れと勢いを重視していた飛鳥のそれとはまるで反対。

 先程覚え込んだらしい振り付けをかなりの精度でトレースしながらの、流麗な舞い。

 もちろん殆ど初見に近いダンスだ。細部を見れば誤りやズレはいくらでも見出せたが、指や足の伸ばし方など一つ一つの仕草が綺麗で、どこか気品を感じられた。

 そのせいか、今風のダンス自体を踊っているのに「舞い」と表現したくなる。

 昴の演技を、はるか達は固唾を飲んで見守った。


 やがて曲が終わり、最後のポーズを決めた昴が腕を下ろす。

「……いかがでしたか?」

 そうして不安げに視線を送ってくる彼女に、はるか達は大きな拍手をした。

「すごく綺麗だったよ」

「うん。なんか格好良かった!」

「……そうですか。良かったです」

 二人の言葉を聞いて、昴ははにかむように笑ってくれた。



(二人とも凄いな)

 はるかが何度も練習して覚えたダンスを、それぞれの形で魅せてくれた飛鳥達。

 その余韻を残しながら、はるかはぼんやり考える。

 先ほどの二人の演技は素晴らしかった。少しの憧れと劣等感を抱いてしまうほどに。だから。

(もっと、頑張らなくちゃ)

 ダンスはこれで終わりにするけれど、他のことでも。

 自分のやり方で。二人に負けないように頑張りたい。

 そんな小さな気持ちを、はるかはそっと胸に刻みこんだ。

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