五月病と初夏の日々 15
中間テストの最終日。すべてのテストを終えたはるか達は、昼食を摂った後『ノワール』へ顔を出した。テストの翌日と翌々日はテスト休みで、明けた土曜日は体育祭当日なので、ここで顔を見せないとまた来られるタイミングが開いてしまう。
「こんにちはー」
「あら。三人とも、いらっしゃい」
「やあ、みんな。その様子だとテストは無事に終わったみたいだね」
ドアを開いて挨拶すると、圭一と由貴がいつも通りの様子で三人を迎えてくれた。
「はい! ばっちりです」
「そうですか。それは良かったです」
代表して答えた飛鳥に由貴が柔らかい微笑みを贈る。
「ご無沙汰してしまってすみません」
「気にしなくていいよ。小鳥遊さんも元気そうで何よりだ」
はるかが最近の不参加を詫びると、こちらも何事もなく受け入れてもらえた。
「聞くまでもないでしょうが……二人はテストの方は?」
「まあ、可もなく不可もなく、といったところかな」
「……でしょうね」
昴との会話の様子からして、圭一達もテストは問題なかったらしい。可もなく不可もなく、というのがどこまで本当かはわからないが、彼らが赤点を取るイメージも無い。
挨拶のあと、はるかは久しぶりにメイド服へ袖を通した。同じく着替えた飛鳥と一緒にカフェへ戻ると、二人が席に着くのを待って由貴が口を開いた。
「三日後の体育祭の件で、皆さんに一つ提案があるんです」
「提案? 何ですか?」
「はい。実はですね、体育祭用にお弁当を作ろうと考えていまして」
由貴の言葉に、昴がなるほどと頷く。
「そういえば、昼食のことは気にしていませんでしたね」
「お昼……そっか、体育祭といえばお弁当ですよね」
体育祭はその性質上、大抵の学校では朝から夕方まで一日がかりで行われる。この分校でもそれは同じだ。となると当然、間には昼食が挟まるが、体育祭の昼食と言えばお弁当が定番だろう。はるかが通っていた中学でも体育祭は弁当持参だった。
「でも、お昼はこの学校って寮制ですよね?」
自宅通学の学校ならともかく、寮住まいの生徒がお弁当を用意するのは辛いものがある。となると同じようにはいかないだろう。
「だから、学食か購買を使うものだと思ってたんですけど……」
配布されたプログラムにその辺りが書いてあったような気もするが、あまり詳しくは読んでいなかった。
「特に決まりはないんだよ。購買や学食を使ってもいいし、他で買ったものを持参してもいい。もちろん、可能ならお弁当を持ち寄るのもね」
すると圭一がそう教えてくれた。なるほど、つまりは普段の昼休みと変わらないということか。
「ええ。ただ、購買と学食はかなり混み合うでしょうね。保護者や来賓も来られますので」
「そっか。入学式の時と一緒だね」
飛鳥が呟く。思えば、入学式の日も学食は大分混み合っていた。ならば体育祭も同じ理屈で混み合うことは十分に予測される。
となると、何かしら別に食事を調達した方が賢明だろう。
「それに、せっかくのイベントでいつも通りの食事というのも物足りなくありませんか?」
「あ、それわかります」
中学時代、雨のため体育祭が予備日に延期になったことがあった。その時は給食の手配の関係で昼食が給食だったが、あれは少し味気なかった。やっぱりイベント事では普段と違うことがしたい。
「でしょう? なので皆でお弁当を作って、それを持っていくのはどうでしょう?」
そう考えると、由貴の提案は願ってもない。幸い『ノワール』にはキッチンや調理道具が揃っているので、お弁当を作る環境もある。
「はい、賛成です」
「あたしも!」
「私も、いいと思います」
三人とも、相談するまでもなく即答だった。
「ありがとうございます、それじゃあ決まりですね」
由貴が嬉しそうに微笑み、胸の前で手を合わせた。
「では、ここからが本題なんですが。皆でお弁当の献立や、調理の分担を決めましょう」
自分たちでお弁当を作るなら、材料を前もって調達しておく必要がある。また、調理は『ノワール』で行うことになるので、分担も決めておかないと混乱してしまう。そのための相談、ということだった。
「なるほど。なんだか楽しそうですね」
昴が早速、そう感想を口にする。彼女も割と乗り気らしい。もちろん、はるかも彼女に同感だ。皆で何かをするのは、それだけで楽しい。
「それじゃあ、まずメニューを相談しましょうか」
そうして由貴が仕切り役となり、みんなで意見を出し合った。
メニューは簡単なものがいい、というのがまず最初に決まった。自分たちで作る以上、凝ったものは面倒だし体育祭本番に差支える。
となればおにぎりかサンドイッチをメインに据えるのが手軽だ。お米を炊く手間を考えて、これはサンドイッチに決定する。これなら食パンと挟む食材をいくつか用意しておけば事足りる。前日から仕込みをしたりしなくても間に合うだろう。
それから細かいメニューについては、
「一人一品くらいずつ、具かおかずを出し合えばいいんじゃない?」
飛鳥の提案が採用され、それぞれ好みの食べ物を言い合った結果。
・はるか……レタスとハムのサンドイッチ
・飛鳥………卵焼き(甘いの)
・昴…………トマトとチーズのサンドイッチ
・由貴………コンソメスープ
・圭一………鳥の唐揚げ
と、いった具合になった。
「うん、いいんじゃないでしょうか。そこまで手間のかかるメニューもありませんし」
「でも由貴先輩。私、まだ唐揚げとかは自信が……」
「あ、ならあたしが作るよ! 和食は割と得意なんだ」
「それじゃあ唐揚げは飛鳥さんに。スープは私が調理しますので、はるかちゃんと昴はサンドイッチをお願いしていいですか? 卵焼きは手の空いた人が作るということで」
「わかりました」
「……圭一は、何もしないのですか?」
「うん。ほら、こういうのは女の子に任せた方がいいだろうし」
「どういう理屈ですか」
などと、各々の得不得意を考え、調理の分担もとんどん拍子に決まった。圭一からは料理が不得手との自己申告があり、また由貴との関係性も考えて、調理には参加しないことに落ち着いた。
「昴も。参加種目が多いんですから、無理しなくてもいいですよ」
「いえ、私もお手伝いします」
リレーの選手にもなっている昴も無理に調理に参加しなくてもいい、というのが由貴やはるか達の見解だったが、これは当の昴が拒否した。そのため結局、由貴と飛鳥、はるかの三人がメインで調理し、昴はサポートに回ってもらうことになった。
「前日に仕込みをする必要はなさそうですし、食材は金曜あたりに私が買っておきますね」
「いいんですか?」
「ええ。そのくらい、どうということはありません」
買い出しは由貴が請け負ってくれ、調理は当日の朝に行うことも決まる。
集合時間など細かいところも決めたら、まだ少し早かったがその日は解散になった。
「楽しみだね」
「……ん、そだね」
寮への道を歩きながら呟くと、飛鳥が意味ありげに含み笑いを漏らした。その横で昴も同じような表情を浮かべている。
「私、何か変なこと言った?」
「ううん。体育祭、はるかも結構楽しみにしてるんだなあ、って」
「……あぅ」
確かに。しばらく前まであれだけ心配していたのに、今となっては楽しみが勝っている。スランプが解消したのとお弁当のおかげだろうが、あらためて指摘されると少し照れくさかった。
「いいでしょ? 楽しみなんだから」
「そだね。あたしも楽しみ」
「ええ。そうですね、皆で、一緒に」
少し拗ねたように言うと、昴達も茶化さずに頷いてくれた。