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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
五月病と初夏の日々
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五月病と初夏の日々 6

 翌日の放課後、真穂は昨日の言葉通り、部室棟の空き部屋の鍵をはるかに渡してくれた。

「はい、これ。無くさないでくれれば、返すのは体育祭が終わってからで構わないから」

「ありがとうございます」

「それじゃ、私はこれで」

 はるかが鍵を受け取ると、真穂はすぐに廊下を歩き去ってしまった。

 頭を下げて真穂を見送り、はるかは教室へ戻った。


「どうだった?」

「ばっちりだったよ」

 そう答えて、教室で待っていてくれた飛鳥達に鍵を掲げて見せる。

「そっか。今日から使うの?」

「うん。折角だから行ってこようかな。部屋の下見もしておきたいし」

「じゃあ、途中まで一緒に行きましょうか」

 飛鳥達と一緒に校舎を出て、部室棟の傍で別れた。真穂から貰った鍵は『ノワール』とは別の部室棟のものだったが、建物自体が隣接しているためそう距離は離れていない。

 部室棟に入る。入り口から伸びる廊下はがらんとして人気がなかった。建物内には人の気配がするので、単に利用者が皆、部屋に籠っているだけか。

 鍵に貼られた番号シールによると、該当の部屋は二階のようだった。


 階段を上がって問題の部屋に辿りつく。鍵を開けると、中にはがらんとした空間が広がっていた。

 広さは『ノワール』の部屋片側分と同じくらい。面積としては大したことはないが、床に何も置かれていないため案外広い。

 また、部屋には埃が殆ど積もっていなかった。空き部屋といっても定期的に掃除はされているらしい。

 これなら特に不都合はなさそうだ。広さも軽く身体を動かすには十分だろう。

 幸いカーテンは付けっぱなしだったので、窓は隠してから体操着に着替えた。二階なので覗かれる心配もそうないだろうが、念のためだ。

 体操着のうえからジャージを羽織ったら、カーテンを元に戻して練習を開始する。


 一応、何をするかはあらかじめ考えてあった。

 制服からスマートフォンを取り出し、動画アプリを立ち上げたら、あらかじめ登録しておいたムービーを再生する。すると軽快な音楽が鳴と共に、画面の中で二人組の女性がダンスを始めた。今人気の歌手ユニットのデビュー曲、そのライブ映像だった。

 この動画を見ながらダンスの練習をしようというのがはるかのアイデアだった。女性らしい身体運びを身に着けるには、綺麗な動きをトレースするのが一番、という発想だ。

 イヤホンを耳に装着し、スマホにプラグを挿入。端末自体はジャージのポケットに放り込んだ。

「よし、っと」

 この状態で動画を再生して、音楽を聴きながら踊るつもりだ。振り付けやステップがわからなくなったら都度、スマホを取り出して動画で確認する。

 本当はパソコンかテレビでも使って動画を見ながら踊れればいいのだろうが、それは我慢。


 一通りの準備を終えたところで深呼吸をひとつ。

 そうすると気持ちが落ち着く、気合いも入る。恥ずかしいとか余計な考えも頭から抜けていく。人に見せる訳じゃないので、格好つける必要もない。

 ポケット内のスマートフォンを操作し動画を頭出ししたら、それがスタートだ。

 とん。

 先程見た動画のイメージに従って最初のステップを踏む。

 と、ジャージのポケットからスマホが落ちた。幸い、ケーブルのおかげで床には落ちず、宙にぷらんとぶら下がる。

「あー……」

 どうやら端末をポケットに入れておくのは難しそうだった。

 かといって近くの床に置くと危ないし、遠くに置くと取りに行くのが面倒臭い。どうしようか考えて、仕方なく左手に保持することにした。イヤホンのコードはジャージの袖の中を通し、首元から出す。これならすっぽ抜けでもしない限り安全なはずだ。


 あらためてダンスを再開する。

 一歩、二歩。今度はスマホがどうにかなる心配もなさそうだった。

 しかし、今度は数回ステップを踏んだところで続きがわからなくなった。

 いったん中断して動画を確認し、また最初から。以降も、同じことを何度も繰り返した。

(やっぱり、地味かも)

 あらかじめ覚悟はしていたが、想像以上に先に進まなかった。はるかの動きがぎこちないうえ、動画の内容もいざ真似しようとするとうまくイメージできず、都度確かめる必要があった。

 試行錯誤の連続で、僅か数秒ずつ続けられる時間を伸ばしていく。

 開始して一時間が経ったところで、最長記録は三十秒ほどだった。もちろん、踊れた部分の振り付け自体もまだまだ怪しいし、動きもぎこちない。この調子ではまともに踊るまでにどれだけかかるか、という感じだが。

 それでも成果があるのはとても嬉しかった。


 一人だけの空間だということも集中の助けになっている。静かな部屋で、イヤホンから聞こえる音楽だけをBGMにステップを踏み続けていると、段々と夢中になってくる。

 こういう単調な作業もはるかは嫌いではなかった。

「ちょっと暑くなってきたかも……」

 更にしばらくすると体温が上がってきたので、ジャージを脱いだ。考えてみると、時期的にもそろそろジャージは必要ない時期だ。体育の時間も、ジャージを着るクラスメートはだいぶ少ない。なるべく露出は避けたいのだが、目立つのも考えものだ。

(そろそろ体操着だけにしないと駄目かぁ……)

 ちょっと憂鬱になりつつ、気分を切り替えるためにもいったん休憩を取った。トイレや水分補給のあと、またダンスを再開する。

 最終的に合計二時間半程度を、はるかはダンスに費やした。

 部室棟を出た時間は結局、普段の部活終わりと大差ない。

(飛鳥ちゃんに怒られちゃうかな)

 無理をするなと言われた矢先にこれだ。根を詰め過ぎと言われても反論はできない。


 ただ、なんというか一人だと止め時を見失うのだった。

 なまじ一回の演技が短いので「もう一回くらい」を何度も繰り返しているうちに、気づくと結構な時間が経ってしまう。

 それに正直、進捗が遅々としているせいでまだ物足りなかったりする。

(明日は土曜日だし、もうちょっと長く練習してもいいかな……)

 暗くなりはじめた道を歩きながら、はるかはそんなことを考えていた。

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