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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
五月病と初夏の日々
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五月病と初夏の日々 1

 五月病。それは五月という時期に多発するある種の精神状態を表した言葉である。

 主な症状は倦怠感や不安感、不眠など。新入生や新入社員といった、四月頃に大きな環境の変化があった者が陥りやすい。つまりは新しい環境に馴染めず、「学校ダルイ」「この先やっていけるんだろうか……」などといった状態になり、元気に生活を送れなくなってしまう。

 基本的に症状は一過性で、時間が解決してくれることが多い。そのため、病と付いてはいても一般の病気といっしょくたにしていいかは微妙なところ。ただまあ心の問題なので、ある意味病と言って差し支えない。


 小鳥遊はるかがそんな五月病にかかったのは、ゴールデンウィークが終わりしばらく過ぎた頃、五月中旬のことだった。

「本当にこのままやっていけるのかな、私……」

 放課後、自身の所属する部活動、学園公認の私設カフェ『ノワール』の店内にて。

制服からロングタイプのメイド服に着替えたはるかは、そう言ってカフェのテーブルに突っ伏し、ため息をついた。四つあるテーブルのうち入り口から最も遠いテーブルの、いつもの席でのことだ。

 セミロングの髪に起伏に乏しい胸、身長は女子の平均よりはやや高い。また、顔立ちはそこそこ整っている。清楚で可憐な少女、といっても差し支えない容姿ではあるが、今はその顔に浮かんだ憂いのせいで、可愛らしさが損なわれている。


(駄目だなあ、私……)

 せっかくメイド服に着替えたのに、こういうお行儀の悪い仕草は良くない。わかっていながらどうしても憂鬱な気分に勝てない自分に、再度ため息が漏れた。

「小鳥遊さん、何か心配事かな?」

 そんなはるかに尋ねたのは、二年生の香坂圭一だった。彼ははるかと同じテーブルの窓際の席に背筋を伸ばして座っている。その手には紅茶の入ったティーカップ。

 資産家の息子である(らしい)彼は、学内でも専属のメイドを従えている物好きな少年だ。この『ノワール』を学校内の部室棟に作った張本人でもあり、一応部長ということになっている。セレブということで金銭感覚やユーモアのセンスは若干、庶民とはズレていたが、気遣いや場を和ませることに長けた好人物だった。


「はるか、今日の授業でちょっと失敗しちゃったんですよ」

 同じテーブルに座ったタキシード姿の少女が、圭一の問いに短く答えた。はるかのクラスメート兼ルームメイトでもある一ノ瀬飛鳥だ。普段は明るく快活な表情の多い少女だが、今はやや困ったような顔を浮かべている。


「と、言いますと?」

 続けて、圭一の斜め後ろに控えて立つ少女が首を傾げた。はるかと同じメイド服を纏っているが、彼女のそれはコスプレではなく仕事着。はるか達が通う私立清華学園分校の二年生にして、圭一に仕えるメイドの姫宮由貴だ。『ノワール』での調理や給仕を一手に引き受け、更にはるかや飛鳥へのレクチャーまで行う凄い人だが、愛嬌のある発言が多く、あまり他人に気負いを感じさせない。


「体育の時間に、短距離走で派手に転んでしまって……」

 最後に、四人掛けのテーブルについた残りの一人、均整の取れたプロポーションの少女が由貴の疑問に答えた。はるか達と同じクラスに所属している少女で、名前は間宮昴という。彼女は他の四人と違い『ノワール』のメンバーではないが、圭一や由貴とは旧知かつ、はるかや飛鳥と仲が良いこともあって頻繁にカフェへと通っている。


「そうだったんですか。怪我はありませんでした?」

「はい。怪我は少しすりむいたくらいです」

 由貴に問われて、はるかは身を起こすと笑顔を作った。答えた通り、派手に転んだ割に怪我は大したものではなかった。グラウンドがきちんと整備されていたおかげだ。

 ただ、はるかが意気消沈しているのは怪我が理由ではなかった。なので、大きな怪我にならなかったとはいえ気分は晴れない。

 なら何が原因かというと、自分でも説明が難しいのだが、


「はるか、スランプっぽいんですよね」

 と、はるかの代わりに飛鳥が端的な説明をしてくれた。

「スランプ?」

 その単語が意外だったのか、聞き返してくる圭一に、今度ははるかが答える。

「って、言っていいのかわかりませんが。なんだか身体が上手く動かなくて」

 はるかの授業での失敗は、具体的に言うと短距離走でのスタート直後の転倒だった。スタート時に一歩出遅れ、それが原因で足をもつれた。なんとか立て直そうとしたが、結局殆ど進まないうちにバランスを崩し、転倒してしまった。

 先程も言った通り怪我は問題なかったのが、前を走っていたクラスメートが足を止め、助け起こしてくれたことで、結果的に数分間、授業を中断させてしまった。


「小鳥遊さんは体育、苦手なんだ?」

「中学の頃はそこまで苦手なつもりなかったんですけど……」

 中学時代、はるかの体育の成績はごく平凡だった。運動は得意でもないし不得意でもない、といったところ。

 ただ高校に入ってからはスランプというか、不調が続いていた。不調が原因となって問題が起こったのはこれが初めてだが、入学当初から体育のたびに「動きにくさ」のようなものは感じていた。それが今日の授業でたまたま形として表れたというわけだ。

「でしたら、環境の変化したせいかもしれませんね」

 すると由貴が何やら頷き、そう言った。

「結構、環境の変化って大きいものなんですよ。グラウンドの土の感じや、体操着の着心地が変わったせいで、変に意識してしまっているとか」

「はるかさんは一時期、他の授業でも苦労されていましたものね」

 由貴の仮説に昴が同意した。確かに以前、はるかは一時期、体育以外の座学に関しても慣れない授業環境に四苦八苦した経験がある。そちらは入学から一週間程度で自然に解消したが、状況としては似通っているように思える。

 高校生にもなると、本格的に身体を動かす機会なんて体育授業くらいなので、その分慣れるのに時間がかかっていると考えれば説得力もある。


「そうですね。慣れればそのうち、楽になるとは思うんですけど」

 そこで、飛鳥が黙ったまま、はるかにそっと目配せしてきた。彼女が何を言いたいのかはわかっていたので、こちらも何も言わずアイコンタクトを返す。

(大丈夫。これ以上、詳しいことは言わないから)

 実を言うと、二人にははるかの不調の原因が予想できていた。ただし、それは圭一達の知らないはるかの秘密が関わっているため、口にすることができないのだった。

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