五月病と初夏の日々 0
「私は、先生のことが好きです」
放課後。夕暮れに染まる教室に響いた声は静かで、優しかった。
その言葉に、乃木坂真穂は大きな戸惑いと僅かな喜びを覚えた。
私立清華学園分校では部室棟などの設備が充実しているうえ、生徒ほぼ全員が寮生活ということもあって、わざわざ校舎に残る生徒は多くない。それゆえ周囲に人気はなく、先ほどの声を聞いたのも真穂と、声の主である生徒だけだった。
学校指定の女子制服を規定通りに身に付けた、黒髪の一年生。真穂が担任を受け持つクラスの一人でもある。その髪や肌には若者らしいきめ細やかさがあり、また全体的な佇まいからは清潔感が感じられる。
細く頼りなげな物腰は、学生時代から運動に明け暮れてきた体育会系の真穂には頼りないと感じてしまうが、今時の若者にありがちな軽薄さが無いのは好感が持てる。普通なら、こんな生徒から好意を向けられて喜びこそすれ、困惑することなんてないだろう。
けれど真穂は今、自分の胸に生まれた喜びの感情にひどく動揺していた。
ましてや、目の前の生徒の告白を気持ちよく受け止めるなど到底できなかった。
その理由は真穂が女で、相手もまた女子生徒だったから。では、なかった。
むしろ、その逆。
彼女、いや『彼』が女子に混じり生活する少年であると、知っていたからだった。
自分よりも身長の低い、可愛らしい教え子の少年を見つめ、真穂は口を開いた。
「そう。でも、私はあなたのことが嫌いよ。――小鳥遊はるかさん」
相手にとっては極めて残酷な、告白への返事を突きつけるために。




