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出会いの季節 エピローグ・裏

「……ええ、ご心配なく。万事順調です。お心を煩わせるようなことは何もありません」

 薄暗い部屋に少女の声だけが響いていた。

 穏やかに、上品に。そう心がけつつも、少女は自身の声に僅かな苛立ちが混じっているのを感じていた。

 無理もない。もう何分も、くだらない電話を続けているのだから。

 もっとも、相手はおそらく少女の苛立に微塵も気づいてはいないのだろうが。

「ええ、わざわざご連絡ありがとうございます。……では、また」

 ようやく会話が終わった。電話の相手に丁寧に挨拶し、少女はスマートフォンの終話ボタンを押した。

 通話が途切れたのを確認して深くため息をつき、端末をエプロンの胸ポケットへと無造作に放り込む。


「……全くもう。突然連絡して来られても、こちらにも都合があるんだけど」

 口から思わず愚痴がこぼれた。通話中ずっと我慢していたのだから、それくらいしないと収まらない。

 苛立ちついでに手近にあった椅子を引きそこへ腰かける。つい癖で足を組むと長スカートが乱れたが、直すのも面倒なのでそのままにした。ここまで来たらもういいか、とエプロンの紐も解いて、その辺りの床に放り投げた。

 ふわりと落下したエプロンは、横手から伸びた手によって落ち切る前にすくい取られた。

「その口調、ずいぶん久しぶりですね」

 傍らに立った少年が穏やかに呟き、手にしたエプロンをそっと折りたたむ。彼はそれをテーブルの上に載せ、少女の右斜め後ろ――自身の定位置へ戻った。

 そんな彼の働きに満足しつつ、少女は苦笑混じりに答える。

「そうね。私も久しぶりに使ったわ。……だからかしら、気分を切り替えるのに時間がかかりそう」

「彼女達が出て言ってからもうしばらく経ちます。戻ってくることもないかと」

 以心伝心。少女が皆まで言わずとも少年は意図を汲み、彼女の心配事を潰してくれた。

「こんな所、あの子達に見られたら大変だものね」


 少女の父から電話があったのは数分前のこと。『あの子達』を見送った後、片付けと簡単な食事をして、自分たちも帰ろうかと思っていた時だった。そんなタイミングだったので、端末に表示された名前を見たときは無駄に腹が立った。結局、無視してやりたいのを我慢して電話に出たのだが。

「そうしたら長々と話してくれて。折角、余計なことを忘れてたっていうのに」

「……旦那様は何と?」

 やはり、そこは少年も気になるか。まあ、彼になら隠す必要もないので、素直に答えてやる。

「基本的にはいつもの通りよ。最近の様子とか成績のこと。いつもと違ったのは――」

 ふう、ともう一度ため息をつき、続けた。

「『あの子達』のことも言われたわ。特待生だから何かと煩わしさや扱い辛さもあるだろう。面倒なら遠ざけたらどうだ、とかね」

「……物好きなことですね」

「今の、あの人に聞かれたら減点よ。言わないけど」

 そう言って少女が笑うと、少年もまた苦笑を浮かべたのがわかった。少女の位置から彼の表情は見えないが、それくらい見なくてもわかる。もう長い付き合いだ。


「まあでも、本当にね。物好きも物好き。わざわざ娘の部活に入った新入部員の身辺調査までするんだから」

「数日前に送られてきた調査資料、ですか」

「そ。それ」

 数日前、少女の父から送られてきた資料には、しっかりと少女の貯まり場に出入りしている新入生、全員の個人データが記されていた。学園の内部資料までご丁寧に添付されていたあたりは流石、といったところか。

「せめて送るにしても二人分でいいと思うけどね。今更あの子のプロフィールまで見せられても」

「それだけ心配されているのでしょう」

「そりゃね。気持ちはわかるわよ。部員全員、『特待生』だもの」

 私達も含めてね、と少女は小さく続けた。

 父親には万事順調だ、と告げた。嘘を言ったつもりはない。実際、『彼女達』は学園の実験という観点から見れば成功例のはずだ。与えられた設定に従って役割を果たし、特殊な関係性、人格形成を成し遂げているのだから。

 だが、それでも。否、だからこそ外野から見れば不安なこともあるのだろう。それも理解できなくはない。学園の行っている実験は、極めて特殊なものなのだから。


「でも、どうこうするつもりなんてないのでしょう?」

「当然でしょ? あんな可愛い子達、手放すわけないじゃない」

 ふん、と少女は笑った。そう、当然だ。今の段階でどうこうする理由なんて何もない。

「では、今後も今まで通り、ということで」

「ええ。貴方にも苦労かけるわね。――圭一」

「いいえ。貴方のお心のままに。――由貴お嬢様」

 月明かりの照らす暗い部屋の中で、一組の主従はそっと笑顔を交わし合った。


「続けましょう。この、演技だらけの学園生活を、ね」

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