出会いの季節 エピローグ
思った通り、翌日には飛鳥も完全に復活していた。
一人だけの登校が一日限りで済み、はるかはほっとした。日曜、月曜を挟んだ二人での登校は、不思議と落ち着く感じがした。……照れくさいので、直接、本人には言わなかったけれど。
あれから、飛鳥と昴はより仲良くなったようだった。
「昴も『ノワール』に入ればいいのに」
「いえ、私に接客は向いていませんから。……こうして飛鳥さんや皆さんと一緒に過ごせれば十分です」
いつの間にか互いの呼び方も名前に変わっていて、時折妙な連帯感を発揮することもあった。
「ね、はるかはどう思う?」
「はるかさんはどう思いますか?」
「え、えっと。あはは……」
二人から息ぴったりに話しかけられると、ついたじろいでしまったり。
「飛鳥ちゃん、昴。紅茶のお代わりはいる?」
「ううん、まだ大丈夫」
「ええ、私も結構です」
「そっか。欲しくなったらいつでも言ってね」
『ノワール』では相変わらず緩い雰囲気の中、由貴の指導で少しずつ料理やお茶の淹れ方を勉強している。なにせ先生が本職のメイドさんなので、教わることはそれこそいくらでもあって、一朝一夕で形になりそうにはない。
「小鳥遊さんも少しずつメイドが様になってきたんじゃない?」
「え、そうですか?」
「うん。服の生地がこなれてきたせいかもしれないけど」
「先輩、落とすの早すぎませんか……」
圭一はいつも通りというか何というか。主に由貴の給仕で紅茶を飲んで座っているだけで、なんだか不思議な人だ。女の子ばかり(見た目は)の中で平然としているだけでなく時々妙な愛嬌を見せたりと、色んな意味で大物なのは間違いない。
由貴も相変わらず。笑顔を絶やさず、皆の話に相槌を打っては時折、突拍子もない提案やらを披露していた。
例えば、四月が終わりに近づいたある日のこと。
「今日は飛鳥さんに素敵なプレゼントがありますよー」
「え? プレゼントですか?」
かねてから由貴が言っていた、飛鳥のために用意していた衣装が届いた。ちょうど忘れかけていた頃だったので、飛鳥と一緒にはるかも驚いた。
「はい。気に入っていただけるといいんですけど」
「ありがとうございます! 開けてもいいですか?」
紙袋に入ったそれを見て飛鳥が嬉しげに声を弾ませた。
圭一達の許可を得て包みから中身を取り出すと、出て来たのは、
「タキシード?」
飛鳥が呟いた通り、タキシードと呼ばれる衣装だった。白いシャツに黒のジャケット、同色のズボンやネクタイ等のセット。新品らしく、各パーツごとに透明のビニールに包まれている。
「若干、略式ですけどね」
由貴がそう補足する。と、はるかはそれとは別のところが気になった。
「あれ、タキシードって確か男性用の衣装ですよね?」
「ええ、本来はそうですが、飛鳥さんにはこういうのも似合うと思いまして」
「なるほど……」
確かに。飛鳥は胸も小さめなので、男性向けのタイトな衣装でも左程無理なく着られるだろうし、そういう意味では似あいそうな気もする。
当の飛鳥の反応は、と顔を向けると気に入ったらしく、嬉しそうに笑顔を見せていた。
「格好いいかも。ありがとうございます、由貴先輩」
「いいえ。お気に召していただけたなら何よりです」
それから飛鳥は「早速着てみます!」と言い残して荷物を持つ、隣の部屋に消えていった。
「着替え、一人で大丈夫かな?」
「そんなに複雑ではないので多分大丈夫だと思いますよ」
由貴もにこにこしながらその場を動かないので、はるかも大人しく飛鳥の帰りを待つことに。
「でも、男装とはまた思い切ったものですね」
「飛鳥さんはメイド服にあまり乗り気ではないようでしたので。思い切って逆方向に攻めてみました。ああいう衣装ならはるかちゃんと並んでも絵になりますし」
「わ、私とですか?」
名前を出され、あらためて自分の服装を見下ろす。言われてみれば、タキシードというと執事の服装もそんな感じだったか。ならばメイド服との相性はばっちりだろう。
「と、言いつつ実際は殆ど私の趣味ですけど」
「……由貴、貴女って意外と馬鹿ですよね」
「あはは……」
ジト目になった昴の言葉に今回ばかりは同意だったが、口には出さず笑って誤魔化した。
「お待たせしましたー」
そこに飛鳥が帰ってくる。どうやら着替えは問題なく済んだようで、衣装が制服からタキシードへ変わっている。
「えへへ、どうかな?」
はるか達が座るテーブルの前に来て、タキシード姿を披露する飛鳥。
その視線が自分の方に向いたのを見て、はるかは答えた。
「格好いいよ。それに可愛い」
わざわざ買いに行くか注文するかした品なのだろう。サイズは飛鳥にぴったりだ。白と黒で構成されたシックな衣装が男性的な格好良さを発散しつつ、飛鳥の身体のラインを表すことで可愛らしさをプラスしている。
「ええ、思った通り、よくお似合いです」
「そうですね。素敵です」
「うん、いいじゃないかな」
他の三人も続けて、それぞれに飛鳥を褒めた。
「ありがとうございます。これ、タキシードだけど女の子用なんですね」
「ええ。ボタンとかの合わせは男性向けですが、ラインや縫製は女性向けにアレンジされています。なので無理なく着られるでしょう?」
「はい。思ったより全然楽です」
格好良さと可愛さが同居する不思議な魅力の秘密は、デザインにもあったらしい。飛鳥自身の魅力も相まって、執事のコスプレと言うよりは単に「少女執事」といった感じに仕上がっている。考えてみれば昨今、女の子の執事も漫画などでは珍しくもないか。
「どうですか、昴? これなら着てみたいと思います?」
そこで、由貴が何気なく昴に話を向けた。
すると昴は少しの逡巡のあと、微笑んで首を振る。
「いいえ。……でも、少し羨ましいかもしれませんね」
「ふふ、そうですか」
その答えに満足したのか、由貴は何やら嬉しそうに微笑んでいた。
和やかな光景に、はるかもつい口元に笑みを浮かべる。
そうしていたら、今度ははるかが由貴に声をかけられた。
「ほら。はるかちゃん。写真を撮りますから二人で並んでください」
「あ。ありがとうございます」
また写真か、と羞恥から拒否反応が出そうになるが、素直に席を立った。それから飛鳥の隣に並ぶ。
はるかが抵抗せず由貴の申し出を受ける気になったのは、記念的な意味と、それから。
「えーっと。いいですよ、写真とかは」
自分の番になると恥ずかしそうにする飛鳥への意趣返しだった。
「あら。はるかちゃんの時は楽しそうに撮ってたじゃないですか」
「そうだよ、飛鳥ちゃん」
由貴と一緒になって言うと、飛鳥もすぐに頷いてくれる。
「……ん、わかった」
きっと、彼女にしても本気で嫌がっていたわけではなかったのだろう。
「でも、何か変な感じ。これだとあべこべだよ」
二人で並んで笑顔を浮かべていると、不意に飛鳥が呟いた。
その小さな声はきっと、はるかにしか聞こえなかったはずだ。
「……うん、そうだね」
はるかもまた、小さな声で同意する。はるかがメイド服で飛鳥がタキシードでは、本来の性別からいうと完全にあべこべだ。成り行きとはいえ少し可笑しい。
(でも、これでいいのかも)
女装して高校へ通い続けるはるか。そして、そんなはるかを受け入れてくれた飛鳥。
二人の関係を思えば、こんな感じが丁度いいように思う。
私立清華学園の特待生制度が生んだ奇妙な状況。
そのせいで二人の関係は複雑になり、またそのせいでトラブルもあった。
きっと、これからも色々なことが起こるだろう。
けれど、おかげで今、はるかはこうして飛鳥達と学校生活を送れている。
飛鳥と。昴と。由貴や圭一と出会えたこと。
いくつも知らなかったことを知り、体験をしたこと。
そのどれもがここでなければできなかった経験だろう。
『今、楽しい?』
もし昔の自分にそう問われれば、胸を張って楽しいと答えられる。
だから。
「飛鳥ちゃん、これからもよろしくね」
「うん。こちらこそ」
これからもここで、様々な思い出を増やしていきたい。
そう、はるかはそう願った。




