出会いの季節 12
寮に戻り、二階の階段を上がったところで昴と別れた。
部屋に帰ってからも、はるかはどこか心ここにあらずといった様子だった。
そんなはるかを見ていると、飛鳥の胸を鈍い痛みが襲った。
それが嫉妬だと、飛鳥にはすぐにわかった。
少し前、ハンバーガーショップでの出来事があってから胸の痛みが治まらない。
はるかと仲良くする昴へ、急に猛烈な嫉妬心が湧き上がっていた。
(どうして、急に?)
昴への嫉妬自体はここ数日、ずっと心のどこかにあった。
寮の食堂で昴と会って、一緒に食事をしている時。
昼休み、三人でお昼を食べる時。
『ノワール』で雑談をしている時。
昴と会話し、笑顔を浮かべるはるか度に小さな嫉妬が胸に浮かんだ。
だけど、それはごく小さなものだった。
そう。親しい友人が、他の子と楽しそうに遊んでいるのを見た時のような。
(なのに、どうして?)
昴のことは嫌いじゃない。むしろ仲良くなりたいと思っている。
けれど全く別のところで、昴への嫉妬が渦巻いている。
今までこんな気持ちを感じたことはなかった。
(苦しい。苦しい)
何もする気になれず、ただ部屋の床に座り込んだままぼんやりとする。
やがて、心配したはるかにそっと顔を覗き込まれた。
「飛鳥ちゃん……大丈夫?」
彼女――いや、彼の顔をぼんやりと見上げる。
整った、可愛らしい顔が。はるかの瞳がすぐ近くにある。
思わずそこに手を伸ばしかけて、慌てて止める。
それからふと、悪戯めいた思いが頭に浮かぶ。
「ね、はるか」
自然と口元へ笑みが浮かぶ。
怪訝そうな表情を浮かべるはるかに、特大の爆弾を叩きつける。
「一緒に、シャワー浴びよっか?」
* * *
何を言われたのか理解するのに数秒の時間がかかった。
理解すると、今度はその『意味』にパニックになった。
「な、ななな」
まるで漫画の一コマのように呂律が回らない。
「何、言ってるの。突然」
必死に思考を落ち着けて、はるかはようやくそれだけを口にする。
すると飛鳥はくすりと楽しげに吐息を漏らした。
悪戯めいた笑顔。そんな顔は今までにも何度か見た。大抵は今みたいに、はるかにセクハラ――逆セクハラ? めいた誘いをかけて来た時だった。
けれど。
これまでに見た飛鳥の表情とはどこかが違うと、はるかは本能的に感じた。
「駄目?」
「駄目だよ。もちろん」
「どうして?」
問われて答えると、更に聞かれる。
艶めいた声が至近距離からはるかをくすぐる。
艶。そう、飛鳥の声や表情には、いつにない艶があった。
「あたしたちは女の子同士でしょ?」
からかうように。誘うように。
虚偽の事実を飛鳥が口にする。
「女の子同士、じゃないでしょ」
はるか自身に認めさせようと、意識させようとするかのように。
「そうだっけ」
飛鳥の手が伸びる。彼女の指がはるかの頬をそっと撫でる。
「そうだよ」
「そっか。じゃあさ」
かすかに潤んだ瞳が、更に少しだけ近づいてくる。
「だとしたら、何か問題ある?」
女の子の甘い匂いを感じた。
普段は意識しないそれが飛鳥の態度と相まって、逃れようのない誘惑となる。
僅かずつ、着実に意識が蝕まれていく。
――はるかに問題を起こすつもりがないなら、シャワーくらい問題ないでしょ?
そんな挑発を跳ね除ける気力を奪われる。
「わかった。入ろう、一緒に」
はるかが頷くと。
「……ありがと、はるか」
自らも頬を真っ赤に染めた飛鳥が、そっとそう呟いた。