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出会いの季節 11

 昴とは十時に校門の前で待ち合わせということになった。


 寮の食堂は休日ということで、営業時間が平日よりゆっくりになっている。そのため普段より長く寝ていても問題なかったが、はるかはなんとなく普段と同じ時刻に起床した。

 まだ眠っている飛鳥を起こさないようベッドを降りたら、シャワールームで汗を流した。昨晩もシャワーを浴びて眠ったが、寝汗で汗臭くなっていたら飛鳥や昴に申し訳ないと思った。

(ここでシャワーを浴びるのは、何回目だっけ)

 熱いお湯を全身に浴びながらぼんやり考える。

 入学以来、はるかは毎日の入浴をシャワーで済ませていた。飛鳥は気分次第で寮の大浴場も使っていたが、さすがにお風呂ばかりは彼女に付いていく訳にもいかない。ゆっくり湯船につかれる飛鳥が少しだけ羨ましいが、もともと風呂にはさほど執着しないので、そこまで気にしてはいなかった。


(でも、女装するようになってからは結構、シャワーに長居しちゃってるかも)

 思えば、飛鳥に正体がバレたのもそれが原因だった。それに関しては反省だが、とはいえシャワーの時間が伸びたのは髪の手入れや体臭をきちんと消すためでもあるので、単純に時間を短くするのも難しい。

 そんなわけで今回も、はるかはたっぷり時間をかけて髪や身体を綺麗にした。また、せっかく身体を洗ったので、下着も就寝時に着けていたのとは別の清潔なものに交換した。簡易更衣室で下着を着けたら、部屋に戻って私服に着替える。

(下着で歩き回るのも、慣れてきちゃったなあ……)

 むしろ飛鳥のおかげで慣らされた、という方が正確か。


 そうしてはるかが着替えを終えた頃、ちょうど飛鳥が起きてきた。

 ベッドから身を起こした飛鳥は、朝の挨拶より先にはるかの服装について言及した。

「あれ。はるか、最初に会った日と同じ服着るんだ」

「う、うん。これが一番しっくりくるから。駄目かな?」

 飛鳥が指摘した通り、はるかの選んだ服装は島にやってきた日にと同じ装いだった。さすがに下着は違うが、あとは靴下まで同じ。口にした通り一番しっくりくるのと、後は他の着こなしにあまり自信がなかったからだ。

 後者の理由は敢えて言わなかったが、はるかの反応から飛鳥にはしっかり見抜かれたようだった。

「そっか。じゃあ今日、たっぷり服選びに付き合ってあげるね」

 にっこり笑って、そう宣言される。

「う、お手柔らかにお願いします……」


 それから二人は寮の食堂で朝食をとり、部屋に戻って時間を潰してから校門へ向かった。

 校門前に辿り着いたのは待ち合わせの五分前、九時五十五分。余裕を持ったつもりだったが、昴はもう既に待ち合わせ場所に来ていた。校門近くの木陰にそっと立ち、静かに前を向いている。

「間宮さん。ごめんなさい、待たせちゃいましたか?」

 駆け寄って声をかけると、昴が振り返り、笑顔で首を振った。

「いいえ、私も今来たところです。おはようございます、小鳥遊さん」

「おはようございます、間宮さん」

 昴と挨拶を交わしていると、追いついた飛鳥がぼそっと呟く。

「付き合いたてのカップルか!」

「な、なんでそうなるの」

 聞こえるか聞こえないかといった感じの台詞に、はるかは思わず突っ込みを言れる。

 と、昴の方は聞こえなかったようで、不思議そうに首を傾げていた。

「? 何の話ですか?」

「いえ、大した話じゃないんです」

 特に聞かなくていい話なので、はるかは笑って誤魔化した。


「それはさておき。間宮さん、何で制服なの?」

 先の突っ込みにはそれ以上触れず、飛鳥が話題を変える。

 彼女が指摘した通り、休日だというのに昴は何故か制服姿だった。

「? 学生の外出時は制服が普通ではないのですか?」

 何か用事でもあるのかと思えば、きょとんとした顔で逆に問われる。単にそれが普通だと思っていたらしい。いったいいつの時代の話だろう。

「ないない。少なくとも校則では決まってないよ」

「あ、そうなんだ? 私はそこまで細かく見なかったけど」

「そうだよ。あたし、そこは真っ先にチェックしたもん」

「さすが……」

 校則の服装規定なんてしっかりチェックするものでもないと思っていたけれど、そうでもないらしい。

「でも、間宮さんは制服似合ってるし、別に問題ないんじゃ?」

 長い黒髪も相まって、清楚なお嬢様といった雰囲気が出ていて素敵だはるかは思う。

「だーめ。もっとお洒落しないと勿体ないってば。はるかもだけど、間宮さんも今日はたっぷり服見ようね」

(なんか飛鳥ちゃんが厳しい……)

 はるかも昴も一般的な女子からはかけ離れているため、この三人ならそういう話題は飛鳥の独壇場のようだ。はるか自身、そういうのに疎い自覚はあるので反対はしづらい。

「ええと……」

 困ったようにこちらを見てくる昴にも、苦笑を返すことしかできなかった。

「……お手柔らかにお願いしますね?」

 そして、昴もまた十数分前のはるかと同じ台詞を紡いだのだった。


 *  *  *


「へえ。あらためて歩いてみると、結構お店色々あるね」

「島に来た日はもう暗くなりかけてたし、そこまで色々歩き回らなかったもんね」

 清華学園分校がある島は、離島の中では大きめの部類に入る。学校の建設をきっかけに再開発も進み、少しずつ島への移住者なども増え、人口も増加しているという。何より分校の生徒や学校関係者に需要が見込めるため、案外若者向けの店は充実していた。

 スーパー、コンビニ、ドラッグストア、雑貨屋、洋服屋……ざっと歩いて見て回ると、生活に必要な物が一通り揃うのはもちろん、カラオケやファーストフード店なども出店している。すれ違う人は分校の生徒らしき同世代の若者が目立ったが、小中学生から年配まで様々な年齢の人の姿があった。

「じゃ、さっそく見てまわろっか」

 先程スーパーの位置は確認したので、さっそくショッピングを開始することに。先に食材を買ってしまうと傷んでしまうし、一度『ノワール』まで戻って再度出かけるのは手間になるので、食材の調達は後回しにする。

 幸い、服飾店も島内に数件存在した。手近な一店にまず入ってみると、中々品ぞろえも良さそうだ。分校の生徒向けに、若者用の服は多めに用意しているのかもしれない。


「へぇ……」

 きょろきょろとあちこちを見回しつつ足を進める。

 と、うっかりメンズのコーナーに目と足を向けそうになり、慌てて立ち止まった。

(危ない。買っても着られないし、怪しまれるだけだよね)

 男物を着る女の子もいないわけではないだろうが、わざわざ自分から正体をバラす要素を増やす必要もない。気を取り直して、レディースのコーナーを回ることに。

 飛鳥は店内に入るや奥に突撃していったので、のんびり入り口付近から物色しつつ昴に話しかけてみる。

「間宮さんはこういう所、よく来ますか?」

「いえ、正直あまり経験はありません」

 答えながら、昴は物珍しげに視線を周囲に向けていた。

「特に、お友達と来るのはこれが初めてです」

「そうなんですか。……私も、ちょっと久しぶりです」

 女装したまま女物の服を見に来るのは初めてではなかった。女装に慣れる一環として、以前姉に連れまわされた経験があったからだ。けれど友人とこうして買い物に来るのは、はるかにとっても新鮮な経験だ。

「少し意外です。小鳥遊さんは、こういうことにもっと慣れていらっしゃるのかと」

「そんなことないですよ。私はこういうの、結構苦手なんです」

「じゃあ、私と同じですね」

 はるかの方に顔を向けた昴がそっと微笑む。

 それを見たはるかは、とくん、と胸が高鳴るのを感じた。

「……?」

 感じて、その意味が良くわからず戸惑う。

 これまでにも何度か昴の仕草にどきっとすることはあったが、その時の気持ちとはどこか違うような。

 けれど何が違うのか、よくわからない。


「どうかしましたか?」

「あ、いえ」

 なんだろう。なんだか妙にむず痒い。

 と、そこで不意に右腕をぐいっと誰かに引かれた。

「はるか、あたし放ったまま何ぼうっとしてるの?」

 いつの間にか傍まで戻ってきたらしい飛鳥が、ふくれっ面ではるかを睨んでいた。

「あ、ごめんね」

 じーっと見つめられるので、見つめ返す。

 何秒間か目があったままでいると、不意に顔を逸らされた。

「ん、まあ、許してあげる。じゃ、再開しよっか」

 良くわからないが機嫌は直ったらしく、そのまま手を引かれあちこち連れ回された。昴もそれに付いてきて、それからは自然と三人で見て回ることになった。

「でも、ファッションって難しいよね……考えるだけで目が回りそう」

「そんなに難しく考えなくても平気だよ。着たい服着るのも大事だし」

「一ノ瀬さんは簡単に仰いますね……」


 着るだけならともかく、チョイスや組み合わせには自信がないはるか。

 そもそもファッションに疎そうな昴。

 二人は飛鳥に色々な服を薦められ、たまに試着を挟みつつ試行錯誤を繰り返した。

「はるかはもうちょっと可愛い系の着てみようよ。ユニセックスな感じのも似合うけどさ」

「あ。でしたらこういうのは如何ですか?」

「間宮さん、このゴスロリっぽいのどこから持ってきたんですか……」

 店をはしごしつつ、あれこれ見ているうちにだんだんと楽しくなってきて、気づけば結構な時間をショッピングに使っていた。

「間宮さんは何着ても似合いそうだよねー。着る服でがらっと雰囲気変えられそう」

「間宮さん、すごくスタイルいいもんね」

「恥ずかしいので、あまりからかわないで下さい……」

 主に、他の子の服を見繕うほうに興味を費やしていたような気もするけれど。女の子の買い物が長い理由や意味が、ほんの少しだけわかったような気がした。


「なんか、結構疲れた……」

 それぞれ何着か購入し、一段落する頃にはお昼をとっくに回っていたので、本土でも見慣れたファーストフード店で昼食を取ることにした。

「そうですね。でも、楽しかったです」

「あはは。なら良かった」

 談笑しつつ、購入したハンバーガーを口にすると、いつもの食べなれた味。まさか島内で食べられるとは思っていなかった。

「島に来る前に食べ収めしてきたんだけど、必要なかったかも」

「あ、あたしもやった! ほんと、意外に便利だよね」

 島に存在する店舗までは事前に調べなかったので、来る前はしばらくジャンクフードの類は食べられないと思っていたのだ。飛鳥も同じだったようで、変なところで意気投合する。

 一方、昴は今時珍しく、ハンバーガーも初体験だったらしい。はるか達の仕草を真似しつつ戸惑いがちにバーガーを口に運ぶと、笑顔を浮かべて感想を漏らした。

「美味しい……」

「間宮さんって、やっぱりお嬢様だったりするの?」

「そうですね、由貴達の家程ではありませんが、平均的な家庭よりは裕福かもしれません。どちらかというと、父が厳格な人だったのが大きいでしょうか」

 何気なく飛鳥が尋ねると、昴はそんな風に答えた。

「習い事などで忙しかったので、放課後遊びに出かける暇もありませんでした。この学校に入って親元を離れてからはむしろ、時間が余るようになった気がします」

 他の生徒達と同様、寮で生活を送っている。実家暮らしでなくなったことで、逆に煩わしさから解放されたらしい。

「じゃあ、これからは色々できますね」

「そうですね。そうできたら嬉しいです」

「できるよ。まだ始まったばかりなんだし」

「はい。ありがとうございます、お二人とも」

 昴はそう言って微笑んだ。


「私、お二人とお友達になれて良かったです」

 それから彼女ははるか達を見つめたまま言葉を切った。

 躊躇うような少しの間の後、再び口を開く。

「……それで、よろしければ小鳥遊さんにお願いがあるのですが」

「私に、ですか?」

「はい。出来たら私のことも一ノ瀬さんと同じように接していただけたらな、と」

「あ……」

 その言葉にまた、かすかに胸が疼いた。

「駄目、でしょうか?」

 不安げな顔でこちらを見ている昴に、慌てて首を振った。

「あ、いいえ。駄目なんて全然」

 ただ少し驚いただけだ。昴が自分からそんなことを言うなんて思わなかったから。

 思えば、昴と友達になってからも、はるかは彼女を苗字で呼んでいた。それだけでなく、口調も敬語のままだった。

 何故かと言われればよくわからない。飛鳥とはもっと自然に会話していたし、最近は他のクラスメートとも敬語なしで会話しているから、昴だけ特別扱いはおかしいのだが。

(なんとなく照れ臭かった、のかな)

「じゃあ、昴……って、呼んでもいい?」

 実際そうやって口に出すと、物凄いむず痒さが身体を巡った。それは、はるかが女装を初めた頃や、口調を女の子っぽく直し始めた頃に感じた感覚に似ていた。


「はい、ありがとうございます。小鳥遊さん」

 正面で見つめた昴が顔を綻ばせるのを見ると、それは一層強くなったが、決して不快な感覚ではなかった。

「あ……えっと、良かったら私のことも名前で呼んで」

「……はい。わかりました、はるかさん」

 答えた昴の顔は真っ赤になっていた。きっとはるか自身も同じような状態だろう。

 そういえば、少し前にも由貴と同じようなやりとりをした。あの時は今ほど緊張しなかったけれど。

(ああ、そっか)

 由貴とは先輩後輩だから、昴とは関係が全然違うのだ。上下の差があれば、男女間でも同性同士でも、それはそんなに変わらない。

 飛鳥はもう、はるかの正体を知っている。知ったうえで友達になってくれた女の子だ。

だから昴は、はるかにとって初めて純粋な『女の子としての同性の友達』なのだ。

(……ぁ)

 自覚したら急に胸が熱くなった。痒みに過ぎなかった感覚が、はっきりとした熱へと変わる。

その熱はしばらく消えることはなく、ファーストフード店を出てスーパーで食材を買い、『ノワール』の冷蔵庫にそれを保存する間も、はるかはどこか上の空だった。

「………」

 そんなはるかを、飛鳥が複雑そうな表情で見つめていたが、はるかはそれに気づかなかった。

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