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出会いの季節 10

 身体測定の翌日からは授業も始まり、本格的に学校生活がスタートした。

 以後の数日間、はるかは学校での生活リズムを掴むのに四苦八苦して過ごした。そうなった主な原因は授業の難しさ。進学校だからか、初日からレクリエーションの類は少なく、まともな授業が展開されていた。当然内容も濃く、はるかは授業に置いて行かれないよう集中して授業を受けた。

 火曜日の授業スタートから約一週間は割と必死だったが、それでも土曜日の半日授業が終わる頃には大分慣れてきた。あとは身体測定のため授業が無かった月曜日を乗り切れば、一週間分のスケジュールを体験し終わるので、少しずつ楽になっていくはずだ。


 これだけ早く慣れることができたのは、飛鳥のおかげでもあった。寮でも学校でも殆ど一緒の彼女は何かとはるかを気にかけてくれて、精神的な負担をぐっと軽くしてくれた。学力自体もはるかよりは高いようで、早速授業で課題が出た際は相談にも乗ってもらったりもした。

「とりあえずひと段落できそう。飛鳥ちゃんのおかげだよ」

「あたしは大したことしてないよ。はるか、頑張ってたもん」

「そんなことないよ。飛鳥ちゃんがいなかったら、もっと苦労してた」

 放課後、飛鳥や昴と『ノワール』に向かうのもだんだん恒例になりつつある。

 今日は土曜日なので、はるか達は久しぶりに早い時間からカフェへと向かっていた。


「数日前は大分顔色も悪そうでしたが……もう大丈夫そうですね」

「はい。間宮さんにもご心配かけてすみません」

 あれから、昴とは一緒にいる時間が格段に増えた。寮での朝晩の食事の際もお互いを見かけたら大抵一緒に座るようになったし、学食で一緒に昼食を食べることも多くなった。クラスメートとは相変わらず距離を置いているみたいだったが、はるか達といる時は幾分かリラックスしてくれているように見えた。

 昴は『ノワール』に部員として入るつもりはないようだが、ほぼ毎日のようにカフェへ顔を出している。圭一や由貴からは時にからかわれているが、それで行動を変えるつもりはないらしかった。

「いらっしゃい、三人とも」

「やあ。早かったね」

「こんにちは、香坂先輩、由貴先輩」

 『ノワール』入り口のドアを開くと、この日も圭一と由貴が笑顔で出迎えてくれた。授業終了から多少間を置いて来るようにしてはいるが、今のところ二人は常にはるか達より先にやってきていた。

「それじゃあ私、とりあえず着替えて来ちゃいますね」

 部室に来てすぐ、隣の部屋で着替えるのも恒例になりつつある。

 メイド服に着替えるのも六度目ともなれば大分慣れ、着替えの時間もだんだんと短縮されていた。とはいえせっかくの衣装を汚したり、傷つけたりしないように着替え方には注意を払う。


「お待たせしました」

「お帰り、はるか」

 着替えを終えて戻ると、飛鳥は当然のように指定席に座り、くつろいでいた。彼女はやはりメイド服を着るつもりはないようで、専ら席に着いたまま雑談に耽っていることが多かった。圭一達も特に苦言などを呈してはいなかったが、由貴によれば現在、飛鳥に合った別の衣装を考え中だとか。

「今日は何日か振りにお昼からですね。……三人とも、お昼はまだですよね?」

「ええ、言われた通り食事は取らずに参りました」

 今日は事前に由貴から連絡があり、昼食は取らずに『ノワール』に来るよう言われていた。

 なので三人とも学食や購買には寄らずにここまで来たのだが。

「何かするんですか?」

「ええ。折角時間があるのでお料理をしようかと」

「あ、なるほど」

 以前の会話で、料理の練習をしようとアイデアが出たのを思い出す。

 授業が始まってからは放課後のみの活動になったので、あれからまだ料理の練習は行っていなかった。紅茶の淹れ方は由貴に教わり何度か練習していたが、料理となると時間の関係もあってなかなか出来なかったのだ。

「私もお手伝いしていいんですか?」

「もちろんです。むしろはるかちゃんに覚えていただくのがメインですね」

「が、頑張ります」

 料理は得意じゃないが、だからこそ覚えるべきだろう。そう思って気合を入れた。

「はるか、頑張ってね」

「うん。って、飛鳥ちゃんはやらないの?」

「とりあえず、あたしは遠慮しとくよ」

「そうですね。スペース的に三人は厳しいので、飛鳥さんはまた今度で」

 由貴もそう言うので、ひとまずはるかが由貴から調理を教わることになった。飛鳥や圭一達は実験台というか、後で試食を兼ねてはるかの料理を食べてもらうことになる。

(でも、そうなるとあんまり変な物は作れないよね)


「はるかさんは、どのくらい料理の経験がありますか?」

 由貴と二人で隣室に移動した後、はるかはまずそう聞かれた。

「えっと、十回くらい……でしょうか。卵焼きとか、簡単なのばっかりです」

 これまでに料理をした経験を指折り数えて答える。ちなみに回数の多くは小中学校の調理実習で、家で母の料理を手伝った経験なんて本当に何回もなかった。まあ、年頃の男の子なんて大概そんなものじゃないだろうか。

「それじゃあ、やっぱり初めは基本的な料理を試してみましょうか」

 明らかにはるかは経験不足だったが、由貴は特にそれを茶化したりはしなかった。

 ただ頷いて、はるかにそう提案してくる。

「わかりました」

 そうして由貴が提示した料理はオムレツだった。言葉通り、簡単な料理だ。

(オムレツくらいなら、なんとかなるかな)

 調理器具や食材などは一通り揃っているので、それを使わせてもらうことに。由貴は手順の説明や簡単なアドバイスだけをして、実際の調理ははるかに任された。

 オムレツの作り方はいたってシンプルだ。まずはボウルなどに卵を割り、そこへ塩胡椒を入れてかき混ぜる。かき混ぜた卵は、バターを落とし熱したフライパンへ注いで焼く。後は焼きながら形を整えたら完成だ。調理工程に複雑な内容は存在しない。

 しかし、実際に一食分を試しに焼いてみたところで、はるかは「簡単そうだ」という自分の印象が間違いだったことに気づいた。


「結構……難しいんですね」

「そうでしょう? シンプルですけど、案外やってみると難しいんですよ」

 由貴の言う通り、オムレツのシンプルな調理工程も初心者のはるかには中々に困難だった。

 調味料の量や火加減、フライパンへの注ぎ方、整形するタイミングや方法……いざやろうとして「これでいいのかな?」と気になったポイントがいくつもあった。

 実際、出来上がったオムレツも生地の厚さや火の通り方にムラがあった。また、整形もうまくいかず形がいびつになっていた。一口味見をしてみると、ふっくらした卵の食感が殺されてしまっているうえ、塩の入れ過ぎでしょっぱかった。このままではとても人様に出せない。

 オムレツ一つでこれなら、まともに料理ができるようになるには、いったいどれくらいかかるのか。


「まあ、極めるまでにはそれこそ一生かかるかと」

 すると由貴はさらりとそう言ってのけた。

 衝撃的な発言だったが、考えてみればその通りだ。プロの料理人はそれこそ毎日料理に励み、研鑽を積んでいるのだから。

「そこまで極端な話でなくとも、例えば主婦の方は毎日が試行錯誤の繰り替えしでしょう」

「……そっか。そうですよね」

 これまで碌に考えたことも無かったが、料理の世界が奥深いことを思い知らされる。

 しかしそうなると、ちょっと練習したくらいでどうにかなるものか、と思ってしまう。

「大丈夫。基礎的なことさえ覚えれば、すぐに上達できますよ」

「そうなんですか?」

「基礎が出来れば応用も利きますから。オムレツが上手に作れるようになれば、他の卵料理やフライパンを使った料理にも、経験が活かせるようになりますよ」

 それに、と言葉を切って由貴はさらに続ける。

「初めてにしては上出来です。このままでも例えば、自分用に料理するだけなら十分かと」

 そう言って微笑んだ由貴に、はるかはお礼を言った。

「はい、ありがとうございます」

 由貴の言葉は、裏を返せば他人に提供するにはまだまだ、ということでもあるだろうが。それでもやる気を引き出す源になった。

 とにかくやって覚えろ、ということを直感で理解した。

「それじゃあ、あと何回か練習してみましょうか。今、やってみて気になった点を直したり、変えてみたりして試してみるといいと思いますよ」

「はい。やってみます」


 それから、はるかは更に二、三度、卵やフライパンとの格闘を繰り返した。

 その結果、最初に作ったオムレツよりは後のものの方が良くなった……ように思う。少なくとも塩胡椒やバターの量は調節したので、味は前のものよりマシになった。

 なお、はるかの調理中、由貴からのアドバイスは殆どなかった。はるかの様子には気を配ってくれていたし、危なっかしいところは指摘してくれたが、基本は習うより慣れろというスタンスらしい。

 ならその間、由貴が何をしていたかといえば、彼女ははるかの横でレタスや人参、玉葱などを使って簡単なサラダを用意していた。それから買い置きのバゲットをトースターで軽く温め、食べやすい大きさにカットしてくれた。つまり、オムレツ以外の昼食メニューを作ってくれていたのだ。


「お疲れ様です、はるかちゃん。それじゃあ、ちょっとフライパン、貸して頂けますか?」

「あ、はい」

 何作目かの調理を終えたところで声をかけられて、はるかはフライパンやコンロ前のスペースを明け渡した。何かと思えば、新たに一人前だけオムレツを焼いていた。簡単な料理とはいえ、さすがにはるかとは手際からして全然違う。

「それって、香坂先輩の分ですか?」

 感心しながら尋ねると、由貴は微笑んで頷いた。

「はい。やっぱり主人の分は自分で用意したいので。ごめんなさい、特に他意はないんですよ」

 彼女の言葉にはるかは頷く。もとよりその程度で意趣返しなどとは思わない。

 むしろ、圭一への好意が伝わってきて微笑ましい。

「なんかいいですね。そういうの」

「ふふっ。ありがとうございます」


 出来上がった料理は皿に盛り付け、この間のワゴンに載せてカフェへ運んだ。飲み物はいつも通り、由貴が紅茶を淹れてくれる。由貴と手分けして皿をテーブルに並べたら、みんなで席に着いた。

 ちなみに、さすがに今回は由貴も一緒にテーブルに着いた。隣のテーブルから椅子を一脚借りて、星形に座る。

 いただきますの声が唱和して、ささやかな昼食が始まった。

「このオムレツははるかが作ったの?」

「うん、あんまり上手にできなかったから申し訳ないけど……」

「そう? 結構綺麗に出来てるけど……うん、美味しい」

 気になっていたオムレツの出来もそう悪くはなかったようで、飛鳥や昴も笑顔で口に運んでくれた。

「ええ、美味しいです。由貴のようにいかないのは当然ですから、その子と比較するのは止めた方がいいかと」

「ありがとう、飛鳥ちゃん。間宮さん」

 そうして料理はあっという間に全部無くなった。昼食というよりは朝食っぽい、軽めのメニューだったせいだろうが、自分の料理が人に食べて貰えたのは嬉しかった。

 そっと一人で微笑んでいると、同じようににっこり笑う由貴がはるかに言った。

「はるかちゃんは案外、メイドの素質があるかもしれませんね」

「そう……なんでしょうか?」

 褒められたのだろうか。なんと解釈していいか迷い、首を傾げた。

「はい。私がご主人様ならこんな可愛い子、放っておかないでしょうね」

 すると圭一と、それから昴が口々に言う。

「小鳥遊さん、万が一そんな機会が来ても契約しない方がいいと思うよ。きっと物凄く苦労するから」

「間違いないでしょうね。私もお勧めしません」

「圭一様、昴。どういう意味か後でじっくりお伺いしますね?」

「あはは……」

 そんな二人に由貴は笑顔のまま奇妙な威圧感を放っていて、それを見ると圭一達の言もあながち冗談ではないと思えてしまった。

 もっとも、はるかが由貴に仕えるなんてこと、間違ってもないだろうが。


「っていうか駄目ですよ、由貴先輩。はるかは私のなんですから!」

「あら。飛鳥さんはメイドよりご主人様の方がお好きですか?」

「そうですね。どっちかというとそっちの方がいいかも」

(これは突っ込まない方がいいのかなあ……)

 妙な所で由貴に反論を始めた飛鳥を、生暖かい目で見守っていると、圭一が苦笑交じりに話を向けてきた。

「小鳥遊さんはモテモテだね」

「えっと……それを言うなら香坂先輩なんか凄くもてそうですけど」

 そう答えると昴がぷっと小さく吹き出した。ツボに入ったのか笑いをこらえながら呟く。

「確かに。両手に花どころか、女性に囲まれてばかりですものね」

「はは、そういえばそうだね。別に嬉しくないけど」

「……圭一様? 今、何か言いました?」

「なんでもないです」

(香坂先輩も結構変な性格してるんだなぁ……)

 自分から地雷を踏んでおいてしょげている。言葉で直接プレッシャーをかけたのは由貴だけだったが、見れば昴や飛鳥も無言で圭一を睨んでいた。発言からすれば自業自得だけれど、ちょっと可愛そうな気もした。


 そこで、はるかは由貴に声をかけた。

「あの、ところで由貴先輩。これからも時々、料理の練習させてもらってもいいですか?」

 話題を変える意味もあったが、純粋にもっと練習がしたくなったというのもあった。最終的に『ノワール』でお客に提供することを見据えるなら、そうしないと大変そうだ。

 これには由貴も同意してくれた。

「ええ、これからも時間を見つけて練習しましょう」

「ありがとうございます。……やるなら時間的に土曜日とかになるんでしょうか?」

 普段は午後も授業があるし、夕食は寮で食べるので料理はしづらい。となると半日授業の土曜日か、あるいは日曜などの休日ということになる。

 と。はるかの頭に根本的な疑問が浮かんだ。

「……そういえば、ここって活動日はいつなんでしょうか?」

「……随分、今更ですね」

 やや呆れ顔で呟いたのは昴だった。その通りなので、はるかとしては苦笑するしかない。

 言い訳するなら、今までは毎日来ていたので活動日を気にしていなかった。

 とはいえ部活という形式上、活動しない日があるのも普通だろうし、圭一達の都合がつかない日は休みだったりすると思うのだが。

「活動日は特に決めてないよ。放課後、僕らは用が無ければここに来るから、強いて言うなら毎日が活動日ってことになるかな」

「現状はこんな感じですし、お二人は来たい時だけ来ていただければ大丈夫ですよ」

 返ってきた答えは案の定、という感じだった。

「毎日ってことは、日曜日は?」

「ああ、日曜は基本的に来てないな。用事が無ければ、呼んでもらえれば出てくるけど」

「いえ、そこまではさすがに悪いです」

 となると、料理の練習をするならやっぱり土曜日がメインになるか。

「平日でもできなくはないですよ。寮の食堂はカウンターで受け取る形式ですから、食べたくない時も特に連絡は必要ないですし」

「あ、そういえばそうですね」

 由貴の言った通り、寮の食堂はカウンターでの受け取り制だ。時間も大雑把に決められた範囲内ならいつでも大丈夫だし、気が乗らない時は外食したり、買い置きの軽食を自室で食べても問題はない。

 それなら確かに、放課後料理を練習をして、『ノワール』で夕食をとることも可能だ。

「とはいえ、あまり頻繁に練習するのも疲れてしまうかもしれませんし、その辺りはおいおい決めましょうか」

「そうですね」

 この先、忙しくて疲れ切っている日なんかも出るかもしれないし、臨機応変にやっていく方がいいだろう。まだ学校生活は始まったばかりなわけだし。


「そうだ。日曜日に、はるかちゃん達にお願いしたいことがあったんです。聞いていただけますか?」

 そこで思い出したように由貴が言った。

「お願い、ですか?」

「はい。島内のスーパーで食材を買ってきて欲しいんです」

 野菜や肉類、卵など、傷みやすい食材を補充しておきたいのだという。こういった食材は普段から週に一、二回、スーパーで少量を買って冷蔵庫で保存しているらしい。

「これからお料理をする機会も増えるでしょうし。明日、スーパーの場所を確認がてら行ってきていただければと思うんですが、どうでしょうか?」

 特に断る理由もないかな、とはるかは思った。大した作業じゃないし、確かにスーパーの場所くらいは覚えておいた方がいい。

 一応、飛鳥の方に視線を向けてみると、彼女もこちらに向けて頷いた。

「はい。わかりました、任せてください」

「ありがとうございます。それじゃあ、欲しい物のリストをお渡ししますね」

 そう言って、由貴は買い出し用の簡単なリストを手渡してくれた。


「それから、これも」

 更に、一緒に小さな鍵を渡してくれる。

「これは?」

「ここの合鍵です。食材を冷蔵庫にしまうのに必要になるでしょうから」

 先程、日曜日は圭一達も『ノワール』には来ないことが多いという話だった。となれば合鍵が無いと部屋に入ることができず、折角食材を買ってきても冷蔵庫にしまうことができない。

「予備が一つしかないので、とりあえずはるかちゃんにお渡ししますね」

「はい、ありがとうございます」

 渡された鍵をぎゅっと握りしめ、はるかは頷いた。無くさないよう、後で紐か何かを付けておこうと思う。一つしかないが、飛鳥とは基本的に一緒に行動しているので特に不便はないだろう。

「合鍵かぁ……なんか、いいね」

 はるかの方へ身を寄せながら、飛鳥がそっと呟く。

「……うん」

 合鍵をもらったということは、圭一達がいない時に『ノワール』へ来ることを許されたということ。なら、それは彼らとの距離が縮まった証でもある。

 そんなはるか達を見て由貴はふっと微笑んだ。


「買い物自体はすぐ済むと思います。簡単に売り切れるような品でもないので、ついでに街でショッピングをしてくるのもいいと思いますよ」

「あ、なるほど」

 入学式の前日に島へ来て以来、まだ学校の敷地外には出ていない。いい機会なので、島内の街を散策して来るのはいい考えだろう。

「ショッピングかあ。うん、それいい!」

 特に飛鳥はその案が気に入ったようで、俄然やる気が出た様子だった。その勢いで、傍観していた昴にまで声をかけている。

「間宮さんも一緒に行くでしょ?」

「私ですか? ご一緒してもいいんでしょうか?」

「もちろん。人が多い方が楽しいよ!」

 そう言われた昴がちらりとこちらに視線を向けてくるので、はるかも微笑んで頷いた。

「でしたら、お言葉に甘えて」

「決まりですね。じゃあ、よろしくお願いします」

 変わらずにこにこしている由貴を何気なく見つめながら、はるかはふと思う。

 もしかして、昴と一緒に遊びに行かせる方が主目的だったりしたのだろうか、と。


 *  *  *


「そういえば、ショッピングって具体的に何をするの?」

 夕方前には解散して『ノワール』を出た。今日は昴も一緒で、飛鳥も併せて三人だ。

 寮への道を歩きながらはるかが言うと、すぐに飛鳥が答える。

「そりゃ、やっぱり服とかでしょ」

「あ、なんか女の子の買い物っぽい」

「でしょ? ね、せっかくだから見てみよ」

「そうだね……間宮さんも、それで大丈夫ですか?」

 一歩後ろを歩いている昴を振り返ると、何やら笑顔を浮かべていた彼女が、はっと気づいて顔を上げる。

「あ、はい。大丈夫です」

 笑顔だったのは何か良いことでもあったのだろうか。見当がつかず、はるかの脳内に疑問符が浮かんだ。

「でも、島の中に洋服屋さん、そんなにあるのかな?」

「あー。それは行ってみないとわからないよね」

 結局、寮に着くまでの間、主に話していたのは飛鳥とはるかで、昴は二人と一緒に歩きながら、専ら相槌を打っていた。

 けれど、そんな彼女が妙に楽しそうだったので、はるかは特に何も触れないことにした。

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