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お祭りとお別れ 12

 文化祭当日も登校時間はいつもと一緒だ。また、特に集合しての開会式もない。生徒達は校内放送により、思い思いの場所で開催の宣言を聞くことになる。

『これより私立清華学園分校の第五回、文化祭を開催いたします』

 午前九時半の開催アナウンスを、はるかは昴達や他のクラスメートと共に1-Aの教室で聞いた。すると自然に教室内で歓声が上がり、廊下や外からも同じような声が響いてきた。

「始まりましたね」

「うん」

 いよいよだと思うと、きゅっと胸が引き締まる。


 実行委員の指示で、裏方役の生徒達がビラ配りに散っていく。それを眺めながら、はるかは自分の胸にそっと手を当てた。

「じゃ、あたしも行ってくるね」

「頑張ってね」

 飛鳥もビラを持って立ち上がると、はるか達に手を振って教室を出て行った。

「ま、一発目はそんなに人来ないでしょ。朝の早い時間だし」

 去り際に彼女が言い残した通り、1-Aによる『ロミオとジュリエット』の初演は午前十時半からと早い時間に行われる。午前の上演、午後の上演と分かりやすくするのと、お昼ご飯までにお客さんを解放してあげるためだが、開場から一時間ではそんなに人も集まらないだろう。

 寂しい気もするが、雰囲気に慣れる意味ではむしろ有難い気もする。


「小鳥遊さんたちはしばらく待機ね。着替え始めるまで台本でも読んでて」

 そんな指示を受け、狭苦しい控え室内で椅子に座り台本を広げる。三十分もすれば着替えで慌ただしくなるので少しの辛抱だ。

 と、思っていたら。開場から十五分もしないうちに入り口の方が騒がしくなり始めた。

「どうしたんでしょう?」

 昴と顔を見合わせ、そっと教室内を覗いてみる。

「あ、やっほー、はるか」

「はーちゃん、久しぶりー」

 そこに、いるはずのない人物がいた。カジュアルな服装かつ、化粧も地味目にも関わらず人目を惹く雰囲気を持った二人組の女性。


「お姉ちゃん!? 藤枝先輩も!?」

 驚きすぎて、思わず大きな声で叫んでしまう。はっと口を押さえ、辺りを見回すと幸いまだ他のお客さんはいなかったが、代わりに教室に残っていたクラスメートがざわめく。

「え、お姉ちゃんって」

「小鳥遊さんのお姉さん? でも、この人達って」

 はるかと深空、詩香へと交互に視線が集中し、一瞬の沈黙。

「深空さんと詩香さん、ですよね? 歌手の」

 誰かが恐る恐る呟くと、深空はくすりと笑った。

 控え室から顔だけ出したはるかの方へ歩み寄ると教室内へ引っ張り出し、堂々と宣言して見せる。

「いつもがお世話になってます」

 一瞬で大騒ぎになった。

 男子も女子も歓声を上げ、何人もの生徒が深空達へ殺到した。慌ててスマートフォンのカメラを起動する者や、サイン色紙の代わりになるものを探し始める者もいた。

 深空に首根っこを掴まれたはるかは当然、その渦中にあるわけで。

(お姉ちゃん、なんてことを……!)

 クラスメートに他クラスの生徒、騒ぎを聞きつけた一般参加者まで大勢の人に囲まれ、目を回すことになった。


「深空さんとの関係は?」実の姉妹です。

「何で今まで黙ってたの?」言ったら自慢になるかと思って。

「詩香さんとも仲良いの?」大事な後輩です(と、これは詩香が答えた)。


 ……まあ、そんな感じで。

 騒動が一段落したところで、はるかは深空を隅っこの方へ引っ張った。

「どうしてここにいるの?」

「遊びに来たに決まってるでしょ?」

「ちょうど予定が空いてたからねー」

 少し強めの口調で詰問すると、二人はあっけらかんとそう答える。

「本校のライブは?」

「大盛況だったよ。終わったら急いでこっちに来たから、あんまり長居できなかったけどね」

 ライブの時間が開催直後だったので、昨日の午後便になんとか間に合ったらしい。ちゃんと仕事をこなしてきたのならいいのだけれど。


「びっくりさせないでよ、もう」

「ごめんごめん。びっくりさせたかったから」

 頬を膨らませて言うと優しく頭を撫でてくれた。

「あの、はるか?」

 そこで脇腹をつんつんと突つかれる。昴と、それから――いつの間に戻ってきたのか――飛鳥が遠慮がちに見つめていた。

「この方が、はるかのお姉さんなんですね」

「うん」

 頷いて、二人の方を振り返る。深空と詩香も昴達に向けてにっこりと微笑んだ。

「小鳥遊深空です。いつも妹がお世話になってます」

「藤枝詩香です。はーちゃんと仲良しの子だよね、よろしく」

 先程の挨拶と大して変わらない台詞。けれど、どこか含みがあるように感じるのは二人の視線がじっと昴達を射抜いているからか。

 昴達もプレッシャーを感じるのではないかと思ったが、案外二人は平気そうだった。


「初めまして、間宮昴と申します」

「一ノ瀬飛鳥です。会えて嬉しいです」

(もしかして、昴達と会うのが目的……だったりしないよね?)

 怖い想像が頭をよぎったが、本人達に確認する勇気はなかった。

それに、深空達のせいで教室には多くの人が詰めかけている。あまり込み入った話をする雰囲気でもない。

「小鳥遊さん、間宮さん。時間押してきてるからそろそろ……」

「あ、ごめんなさい。すぐ行くね」

 クラスメートから呼び掛けられた。姉の方を振り返ると、彼女は「じゃ、応援してるからね」と言って手を振った。なんとなく気恥ずかしくて、はるかはそれに軽く頷いただけで控え室に引っこんだ。

「お姉ちゃんのお陰で満員になっちゃった」

「いいお姉さんじゃないですか」

 くすりと昴が笑う。そう言われると、子供っぽい愚痴は言いづらい。深呼吸をして気持ちを切り替えると急いで着替え、劇に臨んだ。

 正直、劇の間は演技のことで頭がいっぱいで、他のことを考える余裕はなかった。気が付くと終わっていた感じだ。


 狭い会場いっぱいのお客さんの拍手で我に返ると深空を探す。

 姉は詩香と共に教室の後ろの方に立ち、笑顔で拍手をしていた。それを見た瞬間、ふっと胸が軽くなるのを感じた。なんとかうまくいったみたいだ。

 舞台の開始時間は五分ほど遅くなったものの、もともと上演時間は一時間に満たない。制服に着替え直して教室内に戻ってきても、時刻はまだ十二時前だった。

「あ、お仕事終わった?」

 教室内の人はだいぶ減っていたが、深空と詩香はまだそこにいた。何人かに囲まれていたが、ちょうど話が終わったところだったのか、はるか達を見ると歩み寄ってくる。

「うん。あと一時間ちょっとは暇だよ」

 お昼ご飯を兼ねて休憩したら、今度は『ノワール』で接客だ。昴も同じスケジュールなので隣で頷く。

「あたしは今から部活の方に行かないと。遊びに行くなら、はるか達だけで行ってきて」

「そっかー、残念」

 飛鳥の声に詩香が肩を落とすが、由貴と圭一にも休憩が必要なので仕方ない。

 いったん飛鳥と別れた後、残った四人で食べ物系の店を見て回ることになった。何か食べたい、と姉がうるさかったからだ。

(まあ、私達もお腹は空いてるし)


「お姉ちゃん達、そのまま出歩いて大丈夫なの?」

「ああ。一応、変装道具も持ってきてるから」

 そう言うと、深空は懐から伊達眼鏡を取り出して身に着けた。詩香は逆に眼鏡を外してキャスケット帽を被る。大した変装ではないが、それだけで大分印象が変わるのが凄い。プライベートの時によくやる変装らしい。詩香も眼鏡なしだと見えづらいが、全く見えないわけではないとのこと。また、自然と目を細めるせいで目つきが悪そうに見え、変装の効果があるのだとか。

「なら最初からそうすればいいのに」

「ほら、変装しててはるかに気づかれないと嫌だったから」

「それくらい気づくよ! 姉弟なんだから」

 食べ物系は流行りにくいという話だったが、回ってみると案外、出店しているクラスや部活もあった。焼きそばやたこ焼きといったスタンダードなお店から、タコスらしきものを売っている店もある。

 それらの食品類を成人女子二人は片っ端から買いあさった。それはもう楽しそうに。お金は出してくれたし、四人なら食べられる量なので文句はないが。

 買い込んだ品を持って落ち着いた先は、はるかと飛鳥の部屋だった。


 自販機で買ったジュースと一緒に、四人で食べ物を囲む。そんな中、不意に昴が口を開いた。

「……でも、本当に良かったのですか? はるかとの関係を明かしてしまって」

 怒ってはいないが困惑した様子の彼女に、深空は首を傾げる。

「何かまずかった?」

「お二人は、本当は姉妹ではありませんよね? お姉さんの芸能活動や、はるかの生活に差し障りが出るのでは?」

 例えば深空が過去に発言した家族構成と矛盾が出たり、芸能人の妹ということではるかが不必要に注目されたり、ということだ。

 確かにそういった事はないとは言い切れない。現に先程はるかは大勢に囲まれたわけだし。

 しかし、深空はふっと笑顔を浮かべるだけだった。

「隠していてもどうせいつかバレるよ。なら、早い方がいいでしょ?」

「そのために分校まで?」

「さすがにそれだけのためじゃないよ。はるかに会いたかったのも本当」

 焼きそばのパックと割り箸が床に置かれた。


 深空の手が伸びてきて、はるかはぎゅっと抱きしめられた。

「残念ながら、はるかは私と一緒の世界には来てくれないみたいだし、ね」

 アイドルになる話については既にはるかから電話で断っている。昴の件が解決したため、無理にそうする必要なくなったからだ。

「お姉ちゃん……ごめんね。色々騒がせちゃって」

「ううん、頼ってくれて嬉しかった。ちょっと寂しいけどね」

「……お二人は本当に仲がいいんですね」

 昴が深々とため息をついた。そんな彼女は、

「大丈夫。あなた達からはるかを盗ったりしないから」

「っ、そんなことは心配していません」

 からかい半分といった深空の言葉に、真っ赤になって顔を逸らした。


 *  *  *


 食事を終えると、時刻は早くも一時を回ろうとしていた。

「片付けは私達に任せて、行ってらっしゃい」

「ありがとう、お姉ちゃん。また今度ね」

 交代の時間まであまり間もないので、昴達は深空の好意に甘えることにした。はるかが姉に笑顔を向けて立ち上がるのを見てそれに倣う。

(――あ)

 そこで昴は一つの用事を思い出した。

 時間はかからないが、きっと今でないと果たすのが難しい、そんな用事を。

「すみません、はるか。少し部屋に寄っていきたいので、先に行ってもらえますか?」

「そう? ……わかった、じゃあ、鍵を預かってもらっていい?」

 遅れて『ノワール』に向かう旨を伝えると、はるかは何も聞かず、部屋の鍵を預けてくれた。代わりに戸締りをして欲しい、ということだろう。

 昴は「自分の部屋に戻る」と言ったのだから、鍵は深空達に渡すのが自然だろうに。

 きっと気づかれているのだろうと察しつつも「わかりました」と頷いた。


 そうしてはるかを見送り――閉じたドアを確認すると、昴は部屋の中へ振り返った。

「手伝います」

 そう言ってしゃがみ込み、昼食のゴミを深空達と共に拾い集める。二人は昴の申し出を拒否せず「ありがとう」と微笑んだ。

 三人で手分けすれば片付けはあっという間に終わった。ゴミを放り込んだビニール袋は、申し訳ないが帰りがけに捨ててもらおう。

「さて。――間宮さん、私達に何か用事?」

「はい。私、お姉さんに謝りたくて」

 部屋に戻ると言ったのは嘘だ。本当は深空と話したい事があったから、はるかには先に行ってもらった。

 あまり聞かれたくない、聞かせたくない話だったから。


「私達の関係がどうなったかは、ご存じなんですよね?」

 尋ねると深空は微笑みを崩さないまま頷いた。

「はるかから聞いたよ。お別れしたんでしょ?」

「はい。せっかく、はるかが気持ちを伝えてくださったのに、こんなことになってしまいました」

 二人で決めた現在と未来に後悔はない。

 しかし、こうしなければならなくなった原因は昴にある。

 父親の干渉を薄々予感していながら、それでもはるかに告白したのは昴なのだから。

「申し訳ありません」

 深空に向けて深く頭を下げる。

 いいと言われるまで頭を上げるつもりはなかったが、深空はそんな昴の頭をぽんぽんと叩いてみせた。


「そんな事、謝らなくていいよ。あなた達が別れなくちゃいけなくなったのは、あなたのせいじゃないんだから」

「ですが……」

 驚いて顔を上げるとそのまま抱きしめられた。先程、はるかがされていたように。

「好き同士のまま別れなくちゃならない子に、酷いことなんて言えないよ」

 耳元から聞こえた声が震えているように思えたのは、気のせいだろうか。

 ただ、人の温もりに包まれていると自然に涙が溢れてきて、昴は深空の胸を借りてしばらく涙を流した。


 *  *  *


 由貴達によれば、開場から二時間を過ぎた辺りから『ノワール』は満員御礼だったらしい。お昼時が近づき、食事や座る場所を求めた客が増えたせいだ。

 文化祭期間中、学食と購買については営業を止めている。これは怠慢ではなく模擬店に入る客を奪ってしまわないための配慮で、そのため外のテラス席に関しては休憩場所として提供されている。

 とはいえ一般客も含めた参加者がこぞって利用すれば必然的に休憩場所は不足する。

 そこで『ノワール』を利用する人がいつもより増えた、というわけだ。外の模擬店で食べ物を買った人も考慮し「一人一品以上注文すれば持ち込みもOK」としたのも良い方向に働いたらしい。


(結構儲かるんじゃないかなあ、これ)

 フードメニューは割と手抜きだから原価は安いし、ドリンク類は文化祭仕様の特別価格。元を取るどころか、二日間でメイド服一着分くらいの収入は出るんじゃなかろうか。

 などと、かきいれ時の接客を手伝う飛鳥は忙しく働きつつ思う。午前の劇を見届けた彼女はすぐ『ノワール』にやってきて、圭一と由貴を手伝った。テーブル数が限られているおかげで忙しさには上限があるので、先輩方には交代で食事休憩を摂ってもらう。

 ちなみに昼食は牛丼カレーを五分でかきこんだ。ご飯に牛丼の具とカレーを自分で盛り付けただけの賄いだが、そのため店のメニューには載っていない。


「お待たせしました。すぐに着替えますね」

「お疲れ様です、はるかちゃん。劇はうまくいったみたいですね」

「はい、ばっちりです。あ、昴もすぐに来るようなので」

 メイド服に着替えたはるかが接客に入ると、由貴にはいったん上がってもらう。圭一は一足先に休憩を取っているはずなので、ここからはしばらく一年生の頑張り時だ。

「遅くなりました」

 はるかにやや遅れて昴もやってくる。いったん隣室に消えた彼女は、店内に戻ってきた時にはメイド服に着替えている。


(何、この完璧美人)

 昨日もちらっと見たが、やっぱり悔しくなるくらいに綺麗だった。

 まあ、当の昴は気にしているのかいないのか、すました顔ではるかに「着付けはこれで大丈夫でしょうか」などと尋ねていたが。

 そんな彼女はその後、飛鳥の方へやってきて。

「外にお客様がいるので、相手をして差し上げて下さい」

 と囁いた。一瞬、意味がわからず首を傾げたが、すぐに理解する。

 外に出ると案の定、待っていたのは深空と詩香だった。


「どうしたんですか?」

「せっかくだから一ノ瀬さんにも挨拶しておこうと思って」

「うわ、ありがとうございます」

 飛鳥にしてみれば有名人の二人が、わざわざ気にかけてくれたのだ。嬉しくないわけがなかった。

 深空はにっこり微笑むと、飛鳥に言った。

「間宮さんにも言ったんだけど、これからもはるかをよろしくね」

「はい」

 頷く。それは言われるまでもない。


 一方、詩香は『ノワール』の方をじっと見て、何やら考え込んでいる様子だった。

「ね、飛鳥ちゃんだっけ。ここの責任者ってなんて人?」

「へ? 香坂圭一先輩って人ですけど。あと、一応姫宮由貴先輩もかな」

 そういえば、顧問の先生が誰だかは未だに知らない。しかし幸い、詩香はそれで納得したようだった。

「姫宮、か。なるほどねー」

「何の話ですか?」

「ううん。ちらっと見えたメイド服が、うちの店と同じっぽかったから気になっただけ。多分、大本が一緒なんだね」

 そういえば、いつだったかはるかも似たようなことを言っていたか。

「ねー、飛鳥ちゃん。はーちゃんのこと守ってあげてね」

「……? はい、もちろんです」

 その詩香の言葉はなんだか意味ありげに聞こえたが、飛鳥には彼女の真意はわからなかった。

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