もう少し
空気読めないヘタレが書きたかっただけなんです。
「結婚しよう!」
「だが断る」
いつものように告げた愛の言葉を、これもまたいつものようにアッサリと断られた。でも、悪態を吐きながらも必死に赤くなった顔を隠そうとする彼女の姿に思わず悶える。
僕の名前は藤堂 豊。目の前にいる愛しい彼女、大野 優香里にアプローチを始めて5年になる。
僕が初めて彼女に出会ったのは中学の入学式。新しい制服に身を包み、友人達と話していた彼女の笑顔に一目惚れした。
直ぐに悪友に頼んで彼女のことを調べてもらった。彼女の名前をにやけながら反芻したら気持ち悪がられたが、そんなことはどうでもよかった。
どうにか彼女に近付けないかと頑張ってみたが、クラスも違い、あまり交友関係の広くない彼女とは接点が全然無かった。
それでもどうにか彼女に意識してもらいたくて、漏れ聞いた彼女の理想の男に成るべく、特訓した。運動は元々得意だったから問題は無かった。あとは穏やかな佇まいと話し方を意識し、これまでは苦手だった勉強も彼女に釣り合う男に成るためだと頑張った。が、関係無い女子達に囲まれるようになってしまい、ますます身動きがとれなくなった。
1年をそんな風に悶々と過ごしてしまったから、2年で彼女と同じクラスになったとわかったときは嬉しさのあまり、思わず隣にいた悪友に抱きついてしまい殴られた。
だけど、なかなか彼女に近付くことが出来なくて、これも同じクラスだった悪友に相談したら文化祭の出し物で劇をやれと言われた。
それがどうして彼女に近付くことになるのかわからなかったが、やればわかると押し切られた。
僕を置き去りにして話はどんどん進んでいき、劇の内容は恋愛物に決まった。そして当然のように僕は主役となり、相手役を誰がするかで問題になった。
そこで名乗りを挙げたのは、女子の中でも特に馴れ馴れしく話し掛けてくる2人だった。
大論争の末に疲れた顔の委員長がくじを提案して、どちらが相手になっても面倒臭そうだなぁと思って見ていると、悪友がこっそりとクラスの女子全員でくじを引くように提案しろと言ってきた。
「え、何で?」
「良いから言えよ」
「やだよ。この状況でそんなん言ったらただの空気読めない人になるだけだろ」
「言いさえすれば大野が相手になれるようにしてやるよ」
迷いなく僕は手を挙げた。空気?そんなの知ったことじゃない。
くじ引きは悪友主導で行われた。彼が何をどうしたのか僕にはわからなかったが、無事に彼女が相手役に決まった。これで堂々と彼女に話し掛けることが出来ると、僕は浮かれきっていた。
だけど中々彼女との距離は縮まらないまま、文化祭は終わってしまった。悪友にはこのヘタレと罵られた。
それでも僕は頑張った。彼女との共通の話題は劇の事しか思い浮かばなかったので、とにかく劇関連のことを話し続けたが、彼女は困ったように笑うだけだった。あの入学式の時みたいな笑顔で僕に笑いかけてくれないかなぁ。
そんな微妙な関係のまま年度は変わり、僕らは3年になった。幸いにもまた彼女と同じクラスになれたので積極的に話し掛けた。悪友は人前でそんなセリフを恥ずかしげもなく話せるなら普通に告白しろと言われたが、そこまで恥ずかしいセリフだっただろうか?
3年になれば受験を嫌でも意識する。当たり前のように彼女も地元の公立を受けると思っていたのに、少し離れた高校を受けると悪友から聞いて慌てて志望校を替えた。その時、悪友に本気で追い掛けるならもっと周りをよく見ろと言われたが、僕は言われた言葉の意味を全くわかっていなかった。
その言葉の意味を理解したのは高校の入学式の帰り道、彼女に言われてからだった。
新入生代表になどなってしまったからか、式の直後からやたらと囲まれてしまった。その人垣の向こうに見えた彼女に声を掛けたが逃げられてしまい、慌てて追い掛けようとしたら隣にいた女子に腕を掴まれた。
「あんな子気にしないで、うちらと遊びに行こうよ」
やたらと体を密着させてくるその女に嫌悪する。僕の好きな彼女をあんな子呼ばわりするな!
「邪魔するな!」
強引に腕を引き剥がし、群がる女共には目もくれずに彼女を追いかけた。後ろで何か喚いているが知ったことじゃない。
ようやく追い付いた彼女に一緒に帰ることを了承してもらい、僕は天にも昇る気持ちになった。だけど、浮かれた僕とは裏腹に、彼女はどこか怯えているようだった。
そんなに怯えるほど僕は怖いのだろうかと考え込んだ僕に告げられたのは予想外の言葉。あの劇の後から、卒業まで彼女は女子達からいじめを受けていたらしい。僕のせいで。
そこでやっと僕は悪友の言葉の意味を知った。自分の行動がどういう影響を与えるのか、少し考えればわかったはずなのに、初恋に浮かれた僕は自分の事ばかりで、彼女のことを何も考えていなかった。
何も考えれないままただ機械的に歩いていたら、いつの間にか分かれ道に差し掛かっていたらしい。そこで改めて彼女にもう関わるなと言われてしまった。
わかっている。彼女の為を思うなら自分はもう彼女に近付くべきじゃない。わかっているけどこのまま思いを伝えずに終わるのは嫌で、考えるよりも先に言葉が口から飛び出ていった。
「好きなんだ。君が、大野さんが好きなんだ」
一度堰を切った言葉は止まることはなく、真っ赤になった彼女が止めるまで僕の口から吐き出され続けた。
もうここまで言ったのなら何も怖くないと、僕は改めて彼女に告白した。
「大野 優香里さん。僕と付き合って下さい」
「無理です。ごめんなさい」
間髪入れずに断られて、逃げられた。呆然と後ろ姿を見送ってしまったが、我にかえって追いかけた。
詳しく理由を聞くと、やっぱり僕の周りの女達が問題らしかったので、翌日から僕の女子に嫌われるための努力が始まった。
悪友からもアドバイスを受けて、彼女一筋をアピールしつつ、他の女子に愛想を尽かされる作戦は思ったよりもうまく行き、他のクラスの奴等や教師にも応援して貰えるようになった。今度こそ彼女を傷付ける事がないように、彼女の友人になった子達にも注意して見てもらえるように土下座してお願いすることも忘れなかった。
そして今日も僕は真っ赤な顔でにやけた口元を隠しながら悪態を吐く彼女に愛を囁く。
「愛してるよ、優香里!」
君に許してもらえるなら、僕は誰に馬鹿にされてもかまわない。
僕が一目惚れしたあの笑顔を君がもう一度見せてくれるまで、きっとあともう少し。