12to16
欠伸をかみ殺しながらコーヒーを啜って筆をすすめる。
三角関数を合成し、二重根号を外し、分数関数を積分し、増減表を書いてグラフを作る。
つまりは数学。いや、数が苦。もう、ユークリッドもソクラテスも憎たらしくて仕方ない。
オレンジ色の生徒会室で、俺は億千万にも及ぶ呪詛の言葉を並べ立てながら赤点の補填課題を解いていく。
いや、間違い。正確に言えば……いけない。口癖移ってしまった。
とにかく、解けなくても数字やα、β、∫、Σ、それにCを並べていく。
わからん。まったく。オレンジ色の生徒会室で苦悩し唸っていると、彼女がトコトコとやってきた。
12. Homework.
「コーヒー、ありがとうね」
「いえ。あのお弁当に比べれば。あんなもので申し訳ないです。ま」
「ま?」
「まー!」
視線を向けずに、言葉だけでそういう。お礼を返す態度じゃないって?
いいじゃないか、別に。
言いそうになって、恥ずかしいとかそういうことじゃない。
「ま、まー! 肴菜君、数学苦手なのかい?」
「ええ。これが嫌で生物専攻にしたんですから」
得意科目は英語と生物ですから。ああ、掛け声合わせてくれてありがとうございます。
「え、えと、保健体育の性教育は、生物には入らないと思う、よ?」
「やかましいんで黙っていてください」
健全な青少年だからって、そんな方向には暴発しません。
「あぅ」
だいたい物理選択がそんなところにかぎって興味持ってんじゃねえ。
「……た、正しい知識は必要だと思います!」
そう言って。 俺の下半身をチラ見して。
「…………」
顔真っ赤にしてそんな事言わないでください。ソッチの方で貴方には何も求めていないんで。
つーかただの変態じゃねえか!!
13.Thoughtless.
「つーかただの変態じゃねえか……」
思わず口をついて、 さっきの思考が漏れて出る。
呟きほどの声だけれど、魔女の地獄耳には捉えられたようで。
「へ、変態じゃないよ!」
覚めることなく、顔真っ赤っ赤。
「さっきの言動の端々から変態以外の答えがでないんですが」
この間のスカートとか、思い返すと、意外と大胆な発言も多い。
最近は性的にオープンな女性が多いと聞くけれど……
「まさか生徒会室以外でもそんな言動なんじゃないかと思うと……はぁ」
「ち、違うよっ!…………肴菜君に対してだけだよ、こんなふうに言えるのは」
なぜ、そうなる。
なぜ、うつむく。
14.Naive.
「……」
「……」
アレから時計の長針が少し進んだ。多少、いやかなり気まずい。
芒月先輩は何も話さず、うつむいたまま。
俺はどうにも手が進まず。
「……あの」
「……」
「……ええと、先輩?」
「……」
「……ぐすん」
口で言うな、と言いたいけれど。でも、やはり、これは。
ああ、間違いない。責められている。
失言は……ああ、まあ、有るといえば、在る。
「すみません、失言でした」
「……傷ついた」
「悪かったです」
「私そんな女の子じゃないよ」
「わかってます」
考えてみれば、彼女はここ以外では氷の王女なのだった。
そんなこと、他で言っているわけがない。
「ほんとに?」
「はい」
「じゃあ……一つお願いを聞いてくれるかな?」
そういった彼女は、まるで泣きそうな目でこっちを見て。
15.wish.
「小梅」
「はい?」
そう言った。なぜ自分お名前をおっしゃるのですか、先輩。
「今度から、小梅って」
「呼べと?」
「呼んでくれてら、許してあげる」
なんだその笑顔。まさか……謀ったな、シ○ア!!
「はぁ……」
ため息をついて、俺は自分の勉強机の下に視線を向けた。
ボケボケの天然さんでも、この人は魔女だということを忘れてた。
かなりの成績優秀者だということを忘れていた。
全国有数の、超高校級の頭脳の持ち主だったんだ。
間違いなく。
しかも天才型ではなく、秀才型の。
「これ以上遅れると死活問題ですので。もしまた似たようなことをしたら千切りますからね、小梅……先輩」
「……先輩はいらないよ?」
こういう線引きなんです。一応、けじめなんです。
16.help me.
「……そんなこと言ってたら、本当に間に合わなさそうじゃないですかこのやろう」
そう言って、俺はまたペンを走らせる。そんな俺の横にやってきて。
「手伝おう、か?」
ニッコリと笑う。久々に彼女が俺に対して優位なポジションを得たからだろう。
無論俺ではオトナモードには敵わないけれど、ドジっ子小梅たんぺろぺろには勝てるのだ。一応。
だから久々。
では、スーパー言い訳タイム。
ああ、もちろん負けた気がするとも。このドジっ子に教えを請うて、教えてもらうのは。
でも、提出期限は明日の昼まで。しかも、家に帰ったら攻略途中のゲームをこなさなくちゃならない。じゃあ、本当に、仕方ないじゃないか。
「お願いします」
すっげえ驚いてる。
悪かったな。本当に苦手なんだ。数学なんて死んでしまえ。
ゲームのアルゴリズムくらいなら暗算でできるんだけれど。
「……えっと、じゃあ、小う」
「じゃあ、ここからお願いします」
「あうう……意地悪だよ、肴菜君」
といいつつも、彼女は自分の筆箱を取り出して俺の隣りに座った。
少しイイ匂いがした、などとは微塵も思っていない。本当に。全く。これっポッチも。
意地悪だとか、酷いだとか、散々に悪態をつきながらも。
彼女は懇切丁寧に解説してくれた。時折大人モードになって揶揄ってきたりと何だかんだで飽きずに楽しくやれた。俺が数学を楽しむ日が来るなんて、ありえないと思っていたから。
目からウロコだった。
答えを直接教えたりしないのは、俺の学力向上を思ってくれてのことだろう。
オレンジ色が遠く黒紫に変わり始めた頃、やっと終わった宿題を鞄にしまい込んで。
途中まで彼女を送って、家に帰った。
その道中の終始、俺の右手袖を握っていたのは、俺が両手をポケットに突っ込んだままだったからだろう。
家のすぐ近くの交差点。横断歩道越しに住宅地の自宅の辺りをぼーっと眺めていたら。
そういえば学校の外での彼女のことを何も知らないことに気がついた。




