Minus
「なあ、菊盃君。私と賭けをしないか? なあに、簡単なことさ。もし君が「お断りします、芒月会長候補」
「おや、悲しいね。いいじゃないか。君に有利な話だよ?」
「古今東西、魔女と「魔女じゃないよ?」とにかく契約してうまく言った例を聞いたことはないので」
「私は毒リンゴや糸巻きグルマを与えたり、鞘の主を取ったりはしないが?」
熱く断熱効果抜群の緞帳の裏、十人はいると思われた候補者ももうあと二人。他は「魔女が立候補する」という噂を聞いた時点でリタイアしていた。
その二人はパイプ椅子に腰掛けていた。
空調の届かないココはかび臭く蒸し暑い。
おまけに舞台用の証明の発する熱で、真夏の太陽のごとく。
菊盃肴菜は冬服の袖を捲り上げて、手で風を送り続けている。温度だけではなく、壇上という環境が、現状という状態が彼の発刊を促進していた。
汗ばむ肌に当たる微風は気持ちが良いが、それもほんの一瞬。
風の送れない背中や太ももなどに布が張り付く感触が、否応にも不快指数を押し上げる。
それだというのに、隣に座る会長候補は汗ひとつ書かずに涼しそうな顔をしていた。
流麗な顔に、意地悪な笑みを浮かべながら。
「だとしても、なにか嫌な予感がしますので。大体、俺から何を得ようってんですか。会長候補は」
「既に何でも持ってらっしゃるじゃないですか、かな?」
さっきの会話でかぶせられた腹いせか。タイミングよく、肴菜の発言を先読みして言い切る。それが間違いではないためか。
「空気は読めないようですね」
「うん、読まない。ところでどうかな?」
「何がですか?」
「ああ、話題の転換は無理だと思ってもいいよ。君がどうするかは、大体予想が付くんだ」
話題をそらそうとすることに失敗する。これが第二学年最強の才女と、髪の色以外に特色のない一塊の男子生徒との違いか。その実感と共に押し寄せる頭痛に肴菜はこめかみ辺りを抑えた。
「……内容だけは聞きましょう」
「聞いたら受けてもらうからね?」
「はあ? ちょっと待「この選挙、どちらが会長になるかの勝負だよ。じゃあ、受けてもらうからね?」
異論と耳を塞ぐ動作よりも早く、丹花の色をした唇が言ってのける。
笑みを絶やさないあたり、確信犯であることに違いはない。
会話のかぶせ方が無理やりで、いささか彼女らしくはなかったが。
「待った。俺が勝てるわけ無いじゃないですか」
全校生徒五千人超の八割弱が彼女のファンなのだ。そんな会長候補に対して、友達もいない肴菜が勝てる要素があるというのか。学年全体に名前も知られていない。人より目立つ要素など、髪の色ぐらいのものだ。
そんな彼がなぜこんなところにいるのか。
それは、ろくに口も聞いたことのないクラスの男子に推薦され、あれよあれよという間に書類やその他事務処理が済まされていたからだ。
今思えば、会長候補の差金だったか。
「まあ、もう降りるとか許さないけどね? さて、賞品を決めようか」
言外に圧力を込めて、有無をいわさぬ口調。彼女の二つ名の由来たる、その冷たい声。
従わなければ、等とすらも考えられないほどだ。
「そうだね……君が勝ったら、私を君の生徒会に入れてもらおうか。そして放課後、君は私が帰るまで生徒会室にいること。いいかな?」
「良くないですよ。なんで会長候補が僕のほうの賞品を決めるんですか」
とはいえ、彼女の持つ圧力の割には、驚くほど軽い物を欲しがっている。
「おや、君と相談するとも、君に選択権があるとも言っていないよ?」
高圧的な物言いにカチンと来る。だが、抵抗する手段もないし、ましてここで完全に敵にしては高校生活が「終わる」。
「では、会長候補がかった場合はどうするんですか?」
「そうだね……これを上げよう」
そういって、彼女は自らの唇を指さす。
それはどういう意味だ、と聞き返すほど野暮ではない。だが、それは、予想以上にひどい事になるのではないか。
「受け取りを拒否する方向で受けさせて頂きます」
「いいよ。それでも。私は面白そうだと思うからするのだし。さて、同意の言質は取ったからね?」
何処まで本気なのか分からない口調に戻って、彼女は笑いながら答える。
そして。
『それでは、新生徒会長の発表です!』
緞帳が上がり始め越しに歓声が響き渡る。全校生徒マイナス二人分の視線が注がれる。
『新生徒会長は、皆さんご存知のこの人!』
そう言ってしまっては、と肴菜は思ったが、元々誰の目にも明らかな勝負だろう。
自分がここにいることが場違いなんだ、と冷静に思っていた。
『芒月小梅さんです!』
そうアナウンスが告げた途端に、割れんばかりの大歓声。
出来レースのような結果だが、大半は彼女のことは知っていても肴菜のことを知らないのだから当たり前か。
『では新会長、校長先生からの会長証の授与の前にご挨拶をお願いします!』
すっくと立ち上がるその様ですら、絵になる。
壇上に居るのがいたたまれなくなってくるが、途中で抜け出すわけにも行かない。
ため気を吐いたところで、彼女は肴菜に向かって振り返る。
肴菜に注がれていた生徒らの視線が、一瞬一切消え去る。
「認知し許容することとは、自らのものとして消化するんだ。怖いことなんて無いんだよ。世界観なんて、自分の見える主観の中にしかない。だから、世界を受けいれるなんて、実は簡単なんだ。だから、どうかと惑わないで欲しい」
意味がわからない。言った言葉の意味をどうにか咀嚼しようと、肴菜は首を捻る。
故の彼女の行動を許してしまったのだ。力尽くででも阻止していれば……
『全校生徒の諸君。この度の選挙では私にその意志たる一票を投じてくれてありがとう。ここまで多くの支持を得られて、私は幸せに思う。』
オオオオオオオオぉぉぉぉぉッ!
野太い歓声。と黄色い歓声の入り乱れた祝福の声。
『だからどうか、この度の私のワガママを許して欲しい。本当に、申し訳ない。私はいまから、君たちの意思を踏み躙るような事をしてしまう』
動揺が広がる。そして……
『私は生徒会長立候補を辞退する』




