続・しょうがないさん
「しょうがないさん」の続きです。
この駅に来てから7ヶ月経って5月になった頃、約1ヶ月の研修を終えた新入社員がうちの駅にも1人配属された。
佐々木くんという男の子で最初は少し大人しそうな印象だったが、打ち解けると案外好奇心が強いというか、窓口に来たいつものクレーマーを睨み付けるくらい気の強い子だった。
「そんなにイライラしてたら命が何個あっても足りないよ。」
そう諭すと「皆さんよく冷静でいられますね。俺、向いてないのかも。何でもおかしいと思ったら我慢できない。」と言っていて少々心配だったが意外にも他の業務には勤勉で正義感が強いという印象でもあった。
問題の宿舎の方は毎日声が聞こえるというわけでもなく、聞こえてもボソボソと何を言ってるか分からない時の方が多い。怖かったが他に害がないことを理解してくると春先には完全に私も慣れてきていた。何か言っているな、今日は笑っているな、と思うことはあれど、ただ一言「しょうがない」だけを聞き逃さないようにだけしているくらいには全く気付かない。日を追うごとにいつのまにかただの人身事故アラームとして扱っている自分に気付き、当初は他の社員たちが平然としょうがないさんを受け入れて仕事をしていることが信じられなかったのが嘘のように私もまた平然と毎日仕事をしていた。
佐々木くんが配属されてから数日後、終電間際に彼がそわそわしていて気になった私は声をかけた。
「どうした?具合悪い?」
そう聞くと彼は何か言うのを戸惑うような素振りを見せてから「やっぱりいいです。」と話すのをやめた。
無事に終電が来て窓口を閉める作業をしていると佐々木くんが言いづらそうに「あの、宿舎のことなんですけど。」と話し始めた。
またしょうがないさんの話か、そう思いつつ話を聞く。
「あのしょうがないさん?ってやつ、何で皆気にしてないんですか?どう考えてもおかしいですよ。」
「うん、そうなんだけどね。まあ何してくるわけでもないしカメラにも写ってないから気にしなくてもいいんじゃない?」
「…この続きは明日の朝、またしてもいいですか。」
急に話が終わり不思議に思ったが、これから宿舎で6時まで仮眠休憩をするのに佐々木くんが何か怖いことを言い出したらどうしようかと不安になったので話が中断されて少し安心した自分がいた。
作業を終えて事務所に行くと佐伯助役が暇そうにしている。
「暇そうですね。」
「暇じゃないよう〜。僕夜勤嫌い。皆が寝た後ちょっと怖いんだもん〜。」
いい歳したおじさんがおどけていてなんとなく和む。
笑いながら佐々木くんを横目でちらと見ると全く和んでいなそうだった。
午前2時頃、仮眠室に入ると今日は静かだ。
そう思いいつも通りシャワーを浴びて就寝した。
翌朝5時50分。
身支度を終えて改札裏の休憩室に行くと既に佐々木くんがいる。
「おはよう。早いね。」
「おはようございます。いや、よく寝れますねあそこで。本当に無理で林田さんとこっち来ました。」
今日始発前に改札窓口を開けるのは林田くんだったので3時頃には佐々木くんはここにいたということになる。
「え、全然寝てないじゃん。大丈夫?」と聞くと彼は「こっちでちょっと寝ました。普通に宿舎で寝る方が無理ですよ。」としんどそうにしている。
窓口の方を見ると林田くんが私に「ちょっとちょっと。」と手招きしているので近づくと「佐々木くんちょっと霊感強いみたいで、多分俺らに聞こえてないのも聞こえててしんどいみたいっす。」と小声で言われてなるほど。と思った。
きっと私たちが感じていない時も彼は何か聞こえているのかもしれない。そう思うと気の毒だ。
浮かない顔をしている佐々木くんに仮眠前に話していた話の続きを聞くと、「もう、いいです。話すのちょっと怖いので。」と話してくれなかった。気になったがそれ以上は聞かないことにした。
それからというもの、彼は勤務日に宿舎で寝れないにも関わらず毎回仮眠休憩にはシャワーを浴びてから一度は仮眠室に入って始発番の社員と一緒に改札に戻っているようで、そんなに辛いなら、と私は次の勤務が一緒の時は同じ部屋で仮眠を取らないか彼に提案してみると彼は少し考えてから「じゃあ、一緒に、お願いします。」と答えた。
その3日後、私と佐々木くんは一緒に改札に立っていた。
終電時刻に近づいた時、彼が「今日は本当に、一緒の仮眠室で寝てくれますか?」と心配そうに聞いてきたので「こんなおじさんと同室でも良ければ。しょうがないさんよりも俺のイビキがうるさかったらごめんね。」と言うと安心したのか笑っていた。
終電後に仮眠室に二人で入る。助役に訳を話したら普段はあまり使わない二段ベッドの部屋を使って良いと許可を得たのでお言葉に甘えた。二段ベッドなんて子供の時以来だ。
各々シャワーを浴びて何かあったら起こして良いからねと声をかけると佐々木くんは上の段ですぐに就寝した。
「佐藤さん、佐藤さん、起きてください。」
佐々木くんの囁き声で起床した。部屋がまだ暗いところを見るとまだ3時くらいだろうか?
「どうしたの?」小声で返すと彼は「ごめんなさい。俺もう改札行きます。」となにか焦ったような涙声で言っている。
スマホで時間を見ると午前3時40分。
「どうした、どうした、分かった。俺も行くよ。」と部屋の明かりをつけると佐々木くんは少しだけ安堵した顔をして私の支度を待ってくれた。
事務所に行くと佐伯助役が険しい顔で監視カメラのモニターを見ていたがこちらに気付くと佐々木くんに「おー。今日は結構耐えたね。でも佐々木くんもう宿舎に行くのやめた方が良いかもね。」と話しかけた。
疑問に思ったがそこでは特に言及せず改札裏の休憩室に着いて椅子に腰を下ろしてから佐々木くんに何があったのか訪ねると彼は項垂れながら「しょうがないさん、俺が見えてるの、気付いてるんです。」と言う。
見えている?あれは声だけじゃないのか。そこで私と彼がしょうがないさんに感じているものが全く違うことに気付いた。
「それは怖いわ…。でもあそこの窓全部磨りガラスだから窓開けないと見えないんじゃない?毎日声がするわけでもないしいない時も多いから俺慣れちゃった。」と言うと佐々木くんは「いない時なんてないですよ。いつもいます。」と何やら怖いことを言い出した。
「あいつ、声を出してない時は仮眠室の窓ガラスにベッタリ顔をつけて中を見ようとしてるんです。」
それを聞いて想像したら急に寒気がする。
「初めてあいつの顔を見た時に夜勤の佐伯助役に線路に人がいるって相談してホームまで一人で見に行ったんです。助役はやめとけって止めてくれたんですけど、貨物列車通ったりするし危ないと思って。」
「そしたら、ホームのギリギリまで来てました。声を出してないのに確認しにきた俺が見えてるってそれで気付いたんでしょうね。」
既に聞きたくない気持ちになっている私をよそに、佐々木くんはまだ話を続ける。
「一人だとあの顔を思い出して怖いから毎回始発前に宿舎を出てました。今日、佐藤さんと一緒だしカーテンは閉まってるし、声も聞こえなかったから大丈夫だと思ってたんですけど、起こしてごめんなさい。」
「でも、」と言って少し佐々木くんが無言になる。
不思議に思い、何?続きは?と聞くと言いづらそうに
「佐藤さん、寝ながらずっと「見えてるのにねー見えてるのにねー」って言いながら左手でカーテン開け閉めしてたんです。窓にはずっと”あいつ”がベッタリ顔つけてて、」
「だから起こしました。ごめんなさい。」
私は心の底から起こしてくれた佐々木くんに感謝をした。
その次の勤務から彼は宿舎には行かず、事務所のソファーで寝るように佐伯助役がしてくれたようで仕事を続けられている。
私はまだ仮眠中に"あいつ"カーテンを開け閉めさせられているのか不安に思いながらも宿舎を利用しているのであった。




