9杯目 黒髪ロングミステリアスヒロインとの出会い
「「という訳で、貴女の能力をコピーしてボコボコにしたいので弱点とか好みのタイプとか教えてください!」」
開店直後のシモン・バーへ行き、ウメワリィと二人で思いっきり頭を下げた。
むちゃくちゃなことを言っている自覚は、ある。あるが。
それでも誠意があれば、人と人とは分かり合えるはず、そう信じて。
しかし、ミルティさんとシモン店長は呆れたように。
「コイツら頭がおかしいわ」
「あらあら困ったわねえ……」
伝わらなかった、そりゃそうだ。
二人の困ったような、それでいてゴミを見るかのような視線が突き刺さる。
しかし、冷たい視線程度では物怖じしない、頼れる我らがゴミ1号はおずおずと。
「裏垢を調べてみたり、SNSのフォロワーから友人っぽい人を辿って、うっかり個人情報を漏らしていないかネトストしてみたんですけど、ミルティさんってシモンさん以外に友達いないっぽくて、脅迫に使えそうな致命的な情報がなかなか見つからなくて……」
冷めた空気が流れ、我は懸命にフォローする。
「AIで証拠を捏造しようとするのはなんとしてでも止めたのでご安心ください!」
「本当に頭がおかしいわ!」
「アグレッシブな倫理観ねえ」
ウメワリィ慣れしていない二人の心の距離が着実に、加速度的に開いていく。
だが、こんなものは想定の範囲内。
ミルティさんの心を掴む方法はすでに考えてある。
古来より人の心を掴むのは──そう。
好物をプレゼントすることである。
「あ、これ手土産の茶葉です。三つ隣の町にあるお店のお茶にハマってるんですよね? SNSで見かけました」
「ネトストから物を貰いたくないのだけれど!」
おかしい、こんなはずでは。
……が、ミルティさんはなんだかんだで茶葉を受け取り、少し訝しげな顔で眺めた後、ふぅと小さくため息をついて、それをカバンの中へ丁寧にしまい込む。
その様子を見ていたシモン店長が、くすっと笑って言った。
「なんだかんだ言って受け取るのねぇ」
「せっかくいただいたものを突き返すほど人でなしじゃないわよ……」
なんとなくだが、この所作だけで悪い人ではないんだろうな、というのはわかった。まぁ我らがシモン店長のご友人が悪人であるわけがないので、それはもう当然の話なのだが。
ミルティさんは呆れたように肩をすくめ、
「なんでわざわざ私を狙うのよ。別格配信者を正面から倒したいなら9位のポヨヨンとか7位の満智院さんとか──もっと正面から戦った時の戦闘能力が低い人を狙った方がよっぽど楽でしょうに」
我は、わずかに口ごもりながら返す。
「いやぁ、その……」
「何よ」
「……憧れだったので」
言葉を選びながら、素直に告げる。
「せっかくたくさんの人に配信を見てもらって強くなれたんです。それならば──いつも同じ酒場にいて、ただ見上げることしか出来なかった貴女に挑んでみたいと、そう思ったのです」
そう、ずっとずっと憧れていた。
見る者を引き付ける華麗な戦闘、強さを追い求めるストイックな生活。
確かにもっと強い者はいるだろう、それこそきんぎょの様な。
しかし、ミルティさんは──なんとなく、自分と重なるところがあった。
恥ずかしくて言っていなかったが、彼女の真似をしたことは一度や二度じゃない。
それを聞いて複雑そうな表情を浮かべていたミルティさんは虚空に視線をさまよわせ――その視線が、ぴたりと我の腕に止まる。
「……それ、どうしたの」
訝しげに言われて、事態が呑み込めず、一瞬きょとんとする。
言われて初めて、自分のシャツの袖が少しずれて、生々しい傷跡が残った腕が露出していることに気が付いた。
「っ、すみません、お見苦しいものを!」
慌ててそれを隠す。未熟の証を見せるのには気恥ずかしさがあった。
「謝らなくてもいいわよ、貴方よく見たら動きがぎこちないもの。怪我人特有の庇うような動きよ。そこだけじゃないんでしょ?」
ミルティさんの声が、少しだけ低くなる。
二の腕。鎖骨の下。首筋のあたり。シャツの隙間から見える痕跡を、彼女の視線が辿っていく。
「お見苦しいところを、すいません……未熟で、その、つい無茶を」
「謝らなくてもいいって言ったでしょ」
ミルティさんは小さくため息をついた。
「妹さん絡みで色々苦労しているのは聞いているわ、随分無茶してるっていうのもシモンから散々聞かされてる……どうやら聞いていたよりもひどい有様みたいだけど」
彼女はカウンターに背を預けて、ぽつりとこぼす。
「大変だったわね」
その言葉には、重い実感が籠っていた。
まるで、自分もかつて同じような痛みを抱えていたかのように。
「……ねえ、貴方。私と敵対するよりも……いっそ仲間になるってのはどうかしら?」
あまりに突然すぎて、思考が固まる。
「えっ?」
「どうせ断っても、貴方達はまた無茶なお願いをしに来るのでしょう? だったら最初からこうした方が手間が減るわ」
「えっ……ええ……?」
言葉の意味を一つ一つ拾っていくが、頭がまったく追いつかない。
「こっちはこっちで、メリットがあるもの。その……我執顕現をコピーするっていうか、キス、は……まだしたことないから、流石に無理だけど。一緒にパーティーを組むくらいなら」
彼女は肩をすくめ、すっとお茶を口に運ぶ。
「ただし、条件があるわ」
「じょ、条件……?」
「ひとつは金黒曜の騎士に挑まないこと」
彼女は右手を翳す。呪いで黄金と化した右手が、カウンターの明かりをぼんやりと弾いた。
「こうなってからでは取り返しがつかないもの。本気で妹さんに勝ちたいなら、あれに関わるのは避けるべきだわ」
言い切ったあと、しばしの間を置き。
お茶の湯気が静かに立ち上るその向こうで、ミルティさんが小さな決意と共に、口を開いた。
「そして、もうひとつ」
声が落ち着きすぎていて、逆に嫌な予感がした。
「……もうひとつ、なんですか?」
「私と付き合ってみるっていうのはどう?」
耳を疑った。ウメワリィは飲みかけの紅茶を噴きそうになり、シモン店長は岩の様に固まる。
「つ、つ、つき……? なぜ……?」
「好き好き、一目惚れしたわー、らぶらぶ」
「こんなに感情のこもってないラブがあってたまるか!」
思わずいつもの口調が出てしまう。
申し訳ないと同時に、仕方ないだろうという気持ちもある。
我が動揺している横で、ウメワリィは紅茶を飲み干し、空のティーカップを見つめながらぼそりとつぶやく。
「……なるほど。効率は確かにいいかもしれませんね、はい」
ウメワリィさん?
「ミルティさんにはミルティさんなりにしんゆーに近づきたい理由がある……十中八九きんぎょちゃん絡みでしょうが、あるのですよ。それで恋人関係を提案した、と」
ミルティさんの目が鋭くなる。
紅茶の香りに包まれた空間が、急にひんやりとした。
「――あの子には個人的に……思うところがあるのよ。一方的にだけどね」
ミルティさんは、黄金の右手に視線を落とす。
「彼女を倒すためには情報がいる。だから、彼女の兄に近づく。貴方たちが私にしようとしていることと同じよ」ま、それを差し置いても最近注目を集めている貴方たちと組むのはメリットが大きいしね」
「もちろん、ミルティさんとしんゆーが恋仲になる事は、こちらのメリットも大きいです。別格配信者の活動を間近で見られるだけでも得難い経験なのに、恋仲が深まればキスをして能力をコピーできる可能性も増えていきます」
「……そ、そうね。うん。いちおう、その、……ちゅー、するのも、考えてあげても、いいわ」
ミルティさんは視線を泳がせながら、何とか絞り出したように言った。
「な、なぁ、我が疎いだけで世間の恋というものはこんな風にメリットデメリットで始まるのか?」
「そうですよ、童貞」
「知らなかったのかしら、その……童貞、さん?」
二人から同時に切れ味鋭い言葉の刃が投擲される。シンプルに辛い。
「さ、どうするの? といっても貴方に選択肢なんてないでしょうけど」
そう言って、ミルティさんはこちらににじり寄り。
──夜の図書室みたいな匂いがした。
インクと革の混ざったような、でもどこか落ち着く香り。静かで知的、でもちょっと背徳的な。
ごくり、と息を飲み、彼女から視線が離せなくなった、その時。
──ばしんっ! と。
油断しきっていたミルティさんの横っ面に、石化から復活したシモン店長の平手が飛ぶ。
「あ、貴方ねぇ! ダメ! ダメじゃない! いくら恋人が出来ないからって立場を利用して若い子に手を出すなんて!」
「ハ、ハァ⁉ 違うわよ! 聞いてなかったの⁉ これには深い理由がねえ!」
シモン店長の平手が再度炸裂する。ビンタが往復ビンタになった。
「大体ねぇ、貴女もう24なのよ! それやって許されるのは学園ラブコメに出てくる黒髪ロングのミステリアスな先輩とかなのよ! 貴女がやったら単なるハラスメントなの!」
「ね、年齢のこと言うのは反則でしょ! ていうかたった3個下じゃない! ノーマルで純愛判定よ!」
「確かにあなた真面目そうな年下がタイプって言ってたし、そういう趣味なのは分かってたけど、現実にやったらお巡りさんが来ちゃうのよ!」
「違うって言ってるでしょ! たしかにコイツのオールバックはエロがりが過ぎると思うけど! 定期的にボロボロになって前髪が解けるのは流石にわいせつ物陳列罪だと思うけど! 『【切り抜き】キンミヤのセンシティブなまとめ』が10万再生されるのも納得だと思うけど! 私はまったく! 一切! 微塵も! そんな目で彼のことは見てないわ!」
「ほら、言い訳する時だけ言葉が多くなる!」
二人が何を言っているのか、途中から脳が理解を放棄し始めたが、なんとなく恥ずかしくなってオールバックの髪型を手で隠す。
「えろっ……そ、そうなのか?」
「はい、はっきり言ってしんゆーはエロすぎますね、エロエロです。いつの間にか自分の部屋に居座って勝手に漫画を読んでるギャルくらい性的です」
「F〇NZAで100万回見たことがあるヤツではないか……」
その様子を見て、ミルティさんは口を開きかけて……やめた。
小さく唸るような笑いが、彼女の口から漏れたのはその直後だった。
「……なんかもう、全部どうでもよくなってきたわ」
目の前で茶番が繰り広げられているのを眺めながら、肩の力を抜いたように彼女は笑った。
「付き合うってのは冗談ってことにしておいてあげるわ、そうじゃないとこの子がうるさいし」
シモン店長の目線がするどく光る。
シモン・バーには今日も清涼で健全な風紀が保たれていた。
「でもね、」
ミルティさんはそう前置いて、真剣な目つきになり。
「人類最強を倒したい、その気持ちは……少しくらいなら、わかるわ」
その言葉には、確かな重みがあった。
わかる、ではなく、知っている──そんな声音だった。
「それを独りで挑み続ける辛さも、ね」
ミルティさんはゆっくりと視線を落とす。
その目の奥にあるのは、共感でも、憐れみでもない。
もっと、冷たくて痛い、自分自身への悔いのようなものだった。
「だから、手を組んであげる……その、お友達から始めましょう」
「……いいのか?」
「ただし、約束して。おかしな手段は使わないこと。私の目が届くうちは脅迫とかそういうのは一切なし。あと面倒だから敬語もなし、ミルティでいいわよ」
「わかった、よろしく頼む……ミルティ」
我に続いてウメワリィも、素直に頷く。
「了解です。私たち、善良な一般人なので問題ないですね! 喋り方が敬語交じりなのは口癖なので許してほしいところですが……」
「変に気を使ってないならそれでいいわよ」
ふっと微笑む彼女の横で、シモン店長が少し寂しげに笑う。
「ミルティったら、結局お人好しなのよねぇ」
「うるさいわよ」
視線をそらすミルティの耳が、ほんの少し赤かった。
そしてその瞬間、テーブルの上に置いていたスマホが突然きらりと光り出した。
魔力のうねり。通知音が響く。それを聞いたシモン店長は自分のことのように喜びながら言う。
「あら、配信者ランキングの更新ねぇ」
「……ウメワリィ、まさか今のやりとりを配信していたのか」
「てへ♡」
「……ったく、次から配信する時は先に言いなさい」
我の端末に届いた通知。そこには、こう書かれていた。
配信者ランキング:第98位になりました!
次の瞬間、端末が震え、インプレッションとコメントが次々と流れ込んだ。
『ミルティ仲間キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』
『シモンさんビンタ強すぎwww』
『ミルティさんのプライベートとか……珍しすぎる……』
「……上がったな、順位」
「やっぱり、話題性は正義ですよ」
「やり方が汚くなければねぇ」
こうして。
やがて生涯の友となる三人の出会いは、酒場の片隅で騒がしく始まったのである。




