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01ミア

 ミアに出会ったのはアリカが川辺を散歩しているときであった。

上流から流れ着いた小舟を見つけたアリカ。小舟の中には毛布にくるまれた羊の獣人ミアが気を失い横たわっていた。

「たいへんだったわね」

そう言って、アリカは毛布ごとミアを抱き上げた。小さな身体は女性のアリカでも軽々もちあげられるほどだ。まだ幼すぎる顔は灰に汚れ、長く伸びた巻髪は所々を焦がしている。

 これから起きるすべてを知っているかのように、アリカは微笑みながらミアを自宅へと連れていったのだった。

 


 パチパチと弾ける音が遠くに聞こえる。

それは町を焼き尽くす炎、今まで目にしていた大切なものを残酷にも焼き尽くす炎。

『やめて、誰か助けて』

ミアの声は炎にかき消され誰にも聞こえない。声が聞こえたところで誰も助けられるものはいない。

『誰か、誰か、マ……』


 遠くに聞こえていた炎の音がすぐそばに聞こえる。

ゆっくりと目を開ければそこは知らぬ天井。炎燃える音のほうを見れば、暖炉の中で炎が静かに揺れると部屋をオレンジ色に照らしている。

目覚めたミアの目に映ったのはなにも天井や炎だけではない、暖炉の傍にはロッキングチェアに腰掛ける腰まで伸びた長い金髪の女性が同じように静かに本を読んでいる。

 その女性が誰なのかミアには検討もつかない。

今いるこの場所がどこなのか、どうしてここにいるのか、そして。

「誰?」

ミアの声に女性が振り返る。その顔は知らぬ仲のはずなのに娘をみる母親のように穏やかなものだった。

本を閉じ、ゆっくりと立ち上がるとミアの傍にしゃがみこんで頭を撫でた。

「怪我は大丈夫そうね。でも、まだ無理はしちゃだめよ」

「あなたは誰なの?」

「私はアリカ。最近この森に引っ越してきたの。ふふ、怪しいものじゃないわ」

「アリカ……さん、あの、私……私……」

 何がどうなってしまったのか思い出そうとするが、思い出そうとすると頭がズキズキじんわりと痛みだしやがて全体を痛みで支配していく。

頭を抱え込むミアに、アリカはそっと手のひらを頭に乗せた。

ただ頭を撫でるだけ、だがどうしてかその手からは母親の愛情にも似た温かさと言い表せぬ癒される力を感じた。

「覚えていない? 無理に思い出そうとしなくてもいいの」

「……うん」

 頭全体を支配していた頭痛が引いていく。

痛みのすべてが消え去るとミアはそれでも頭を撫でるアリカの手を握った。

「今のは魔法? アリカさんは魔女?」

「ふふ、そんなところかしら? あなたは?」

「私は……私は……誰なんだろう?」

 ミアと呼ばれたが、その名前にはピンとくるものがない。

なんとなく自身がミアという名前なのはわかるのだが、それ以上のことは自分自身知りえなかった。

なぜ自分のことがわからないのか、何故自分がここにいるのか。また頭痛がしてきそうになって、ミアはアリカの手のひらを頭に導いた。

「もう一回撫でてください」

「えぇ、もちろん」


 窓の向こうはすっかり日が落ちていて暗闇が広がっている。

明かり一つない暗い森は見ていると何かが恐ろしいものが出てきそうな気配がする。

しかし、視線を上に向ければ星が空いっぱいに輝きまるで絨毯に宝石をちりばめたようにも感じられた。

「ミアちゃん、おなかは空いていない?」

 窓から外を見ていたミアにアリカが声をかける。

「どうだろう……」

 今は食欲なんて感じられなかった。

頭の中に濃い霧が立ち込めているようで何か考えようとしても霧に阻まれてしまう。

自分自身のことが何もわからなさすぎて、何をしたいのかさえわからない。

「じゃぁ私の食事につきあってくれない? 今日収穫した果物でパイを作ったの」

 言われてから気づいたが室内には甘い果実の香りが充満していた。

鼻をひくひくさせて確かめれば甘い香りに誘われて、少しばかりお腹が空いた気がする。


 席について、ミアは出されたパイを食べた。

それ以外にも野菜のスープや大きなパン、果肉がたっぷりと使われたジャムも。

「アリカさん、私、ミアっていうの?」

「えぇ、あなたが乗っていた船にこんな紙があったの」

 そういってアリカが紙切れを手渡す。

焦げて一部が灰になった紙にはミアとだけ書かれている。

「誰が書いたんだろう……」

「誰かしらね? でも……きっとミアちゃんのことを護ろうと思った人、ミアちゃんを大切に思っていた人が書いたんじゃないかしら?」

「……」

 考えてはみるがその筆跡に思い当たるものはない。

「アリカさん、私はどこから来たのかな?」

「上流から流れてきたっていうことだけしかわからないわ」

「お日様がのぼったら、私帰る」

「……そうね。それがいいわ」

「一晩だけ泊まっていいですか?」

「えぇ、もちろん」


 ◇


 翌日になり、ミアとアリカの二人は川沿いを上流へと向かって歩いていた。

時折鼻をひくひくさせて周囲の様子を伺うミア。

羊の獣人であるミアはほかの種族よりも鼻の効きがいい。それだけでなく匂いで周囲になにがあるのか、また何があったのかまで知ることができた。

「水と緑の匂いばっかり」

「ミアちゃんはお鼻がよく効くのね。頭には巻き角も生えているし羊の獣人さんよね?」

「うん、たぶん。アリカさんは?」

「どう見える?」

 先を歩いていたミアが振り返る。

見た目はエルフにも似ているが耳は尖ってはいない。

長い金髪に赤い瞳が特徴的ではあるが、それ以外に種族的な特徴は見当たらない。

「んー、人間?」

「うふふ」

「当たり?」

「さ、先を行きましょう」

「えー、答えてくれないの?」


 上流へと二人は歩く。

上流に昇るにつれて道は舗装され周囲に建物なども見てくると人の気配を感じられる。

しかしそれと同時に川辺には焦げた木材や破れた衣類などが岸に流れ着いているのも見られる。

「なんだか嫌な臭いがする……」

先を歩いていたミアの足がゆっくりとしたものになる。獣人の本能がそれ以上先へ進むのを拒んでいるのだ。

本能を拒否して歩く。先ほどよりペースを落として歩いてさらに上流へと足を進めた。

 川辺に一足の焼け焦げた靴が流れ着いていた。

「あ……」

先を歩いていたミアの足が完全に止まる。

その先にあった異臭の正体に気づいて、ミアはその場にしゃがみこんでしまった。

「アリカさん、ミアこれ以上歩けない」

しゃがみこんだミアを、アリカは後ろから抱きしめた。

「歩かなくていいの」

「なんで、どうしてこんな……ひど過ぎる」


 川の流れをいくつもの瓦礫が塞ぐと隙間からちょろちょろと水が流れている。

焼け焦げた木材、朽ち果てたレンガ、そして夥しい数のハエ。

ミアは両手で鼻を塞ぐとぎゅっと目を閉じてあふれる涙を抑えられなかった。

「戻りましょうミアちゃん」


 二人の目の前には羊の獣人たちの躯がいくつも横たわるとその体にウジが沸いてハエが群がっていた。

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