ピグマリオンコンプレックス【完結】
どうして山道を歩くのに、ピンヒールなんて履いてきたんだろう?
泣きたくなりながら、ひざに両手をあてる。
都会育ちでインドア派なあたしは、旅行雑誌や動画で見るような、きれいな自然風景をのぞめると大喜びした。
愛らしいリスやムササビを撮れば、SNSでバズること間違いなしと心を弾ませていたのだ。
でも、それは人が多く行き交う観光地のみ。
よっぽどの心霊マニアしか訪れず、「クマがよく出没するから危ねえぞ」と村の人々も恐れる山の奥は違う。
暗い森を連想させる杉の木の大群がそこかしこに控え、地球温暖化のせいか蚊やコバエがブンブンと元気よく飛びまわっている。足もとの舗装されていない道を野生のゴキブリ(親指ほどの特大サイズ!)が渋滞を起こしている車みたいなスピードで、ゆっくり横切っていった。
「なんで、こんなところに住むの? 理解に苦しむんだけど」
愚痴を言いながらも足を前に動かす。
じゃないと夕方やってくるバスに乗り遅れ、この山奥あkら脱出できなくなる。
大好きな雪ちゃんを作ってくれる人に会うためなら、これくらい屁でもない。
手を使い、這って上りたくなる、急勾配の坂を上る。
――二次元の女の子しか愛せないあたしは、鬱屈した子ども時代を送り、大学以降は「普通の女」を人前で演じ続けた。
「マリアー、合コン、行こう!?」
「形代さんも飲み会に行きません?」
人と関わるのは嫌いじゃない。むしろ好きなほう。
男とも、女ともお試しで付き合った結果、生身の人間を好きになれない事実に気づかされた。
人として好きでも心臓が鼓動を激しく打つことは一度もない。漫画やアニメの女の子を前にしたときのような胸のときめきも、身体の内側をほとばしる情熱も感じられないので。
「好きだ」「愛している」
愛情表現を身体でも、言葉でも、心でも示してもらえて恵まれている。
「あたしもだよ」
彼らの前で笑顔の仮面をかぶり、嘘をつく。そのたびに、冷たい雪が降り積もっていくようなむなしさと申し訳なさ、苦々しさを味わった。
この間、わかれた女の子は、そんなあたしの醜さを見事に見抜いた。
「マリアって事務員をやっている私じゃなく『雪』そっくりにコスプレをしている私が好きなんでしょ」と。
過去のできごとに思いを馳せていれば、目の前に手入れの行き届いた日本家屋が現れる。
玄関のどこにもチャイムが見あたらない。
「ごめんくださーい」
声をあげても返事はなし。
もう一度同じ言葉をさけんだ。
「うるさいですね。なんの用ですか?」
あわてて振り向けば、長く黒い前髪で顔を覆った自動販売機のように背が高く、みずみずしい野菜が入ったかごを持つ男がいた。
「ぼうっと突っ立ってないでください。邪魔です」とあたしの肩を押しのける。
なんだ、こいつ。
こめかみに青筋が立つのを感じながら、営業スマイルを顔に貼りつけた。
その間も男は、素知らぬ顔で玄関の戸に鍵を差し回す。
「すみません。こちらに人形職人の冬木保与さんがいらっしゃると伺いったのですが。私、先日お電話いたしました形代と申します。冬木さんは今、どちらに……」
「僕が、その冬木です」と男は一言告げ、家の中へ入っていった。「上がらないんですか?」
「では、お邪魔いたします」
苦笑しつつ、戸を閉め、窮屈なヒールを脱いだ。
「どうぞ」
愛想笑いひとつせず、冬木さんは、あたしの前に薄茶色の液体が入った湯呑みをぞんざいに置いた。
「ありがとうございます。いただきます」
ザラザラとした質感の陶器を手に、勢いよくあおる。
そばの香りがする、ひんやりとした液体がのどを過ぎ、胃へと落ちていく。
クーラーの冷風を扇風機が拡散しているものの全身は煮えたぎる鍋のようだった。
「秘書から形代さんが今日、うちへ来る話は聞いてましたが、こんな時間に来るとは思いませんでした」
「あまり車の運転が好きではないので途中からバスに乗ってきたんです」
すると冬木さんが「今夜は、どうするんです?」と不思議そうに尋ねた。
思わず首をかしげる。
「ここ、一日二本しかバスが通りませんよ」
「えっ? 一時間に一本の間違いじゃ……」
「それは向こう山のバスです」
そんなバカなとスマホで確認をしたら本当だ。頭が真っ白になる。
「……送りますよ。今日の打ち合わせが終わったら車を出します」
「あっ、はい……ありがとうございます」
意外な言動に戸惑いを覚えながらも礼を言う。
「それでは詳しくお話を聞かせてください」
前髪は顔の前で垂れたままだが、冬木さんの雰囲気がピリリと引き締まった。
夕方になると急に肌寒くなり、あたりが暗くなって雨が降り始めた。
今後の日程調整や前払金を払い終え、冬木さんの車に乗せてもらう。
足もとは山道を歩きにくいピンヒールからローヒルのレインブーツへと変わった。
雪ちゃんの出ているアイドルアニメ『こころのゆくえ』とコラボ商品を彼からいただいたのだ。
『恋人……のようなのが人からもらったんです。安心してください。足を通した人間は誰もいません。サイズが合えば履いてください。そのほうが、あのバカも喜びます』
「冬木さんも『millky white』の白井雪推しですか!? すごいですね、雪ちゃんのブーツ、全サイズそろってる!」と興奮できる雰囲気ではなかったけど……。
あれから、ずっと彼は貝のように口をかたく閉ざしている。
表情はわからなくても隣にいるこちらの肌までヒリヒリしてくる。
仕事でもないから、あれこれインタビューするわけにもいかず、のどもとまで上がってきた言葉を呑み込んだ。
「まずいな」
車が止まり、目線を上げる。
アスファルトの道の真ん中には、細く長い木が橋のようにかかり、茶色い水が小川みたいに崖に向かって流れていた。
村と冬木さんのいる山を唯一つなぐ道が土砂崩れで通れなくなり、東京へ帰れなくなったあたしは、彼の家でお世話になることになった。
日帰り予定で、お泊りグッズも持っていない。
なぜか『こころのゆくえ』の限定コラボグッズである パジャマやタオル、化粧品をだ。
「姉妹もいなければ、恋人や伴侶もいない」と言っていた。女装やメイクでもするのだろうか?
「まあ、関係ないけどね」
のどが渇き、水をもらいに行こうとキッチンへ足を運ぶ。
冬木さんは今夜、離れのアトリエで寝るそうだ。慣れぬ土地の知りもしない男と同じ屋根の下で、一晩過ごすのは、いやだろうと気をつかってくれた。
「家の中のものは自由に使っていい」と許可はもらっている。
水を飲み干し、水切りかごの中にあるカップへ目を向ける。
温かいお湯をカップにそそいでインスタントコーヒーを作り、電子レンジでふくらませたカップケーキとともにトレーへ載せた。
傘を差し、レインブーツで水たまりを避けて歩く。
アトリエのドアをノックする。
仕事に集中しているのか、雨音がひどいせいか返事はない。
かといって泥と化した地面へ置くのは気が引ける。
引き返そう。
きびすを返したとき、カーテンの引かれていない窓越しに、冬木さんが屈託ない顔をして、誰かに笑いかけているところを見かけた。
翌日も雨はやまなかった。
朝食どき、彼に「昨日、話していたのは恋人ですか? それとも友人?」と訊いた。
「何を言ってるんです? ここには僕とあなたしかいません」
返答に眉をひそめる。
「でも昨日アトリエで話していたでしょう? すごく親密そうに」
怪訝な顔つきをして、その後、彼は何もしゃべらなくなってしまった。
変な人と思いながら朝ご飯を終える。
ざんざん降りの雨の中、山奥ですることなど何もない。
手持ち無沙汰で、もらった充電器を使って一日中、電子書籍やサイトを眺めた。『こころのゆくえ』の公式SNSには、原作漫画の最終巻が発売されると書かれていた。
「最後か……」
『こころのゆくえ』のアニメは大ブレイクし、原作も増刷され、版を重ねている。
原作者である山桜先生には、アニメ化記念のサイン会で「これからも、がんばってください」と応援の言葉を送り、最初で最後の握手をしてもらった。
順風満帆そのものであった先生は、サイン会の翌日に川で溺れ、亡くなったのだ。
あまりにも突然で一時は情報が錯綜し、彼を死に追いやった原因を突き止めようという動きが、ネットで巻き起こった。
冬木さんを知ったのは、それから一年後。
雪ちゃんのフィギュアのすばらしさを語り合う掲示板に、「白井雪の人形が出るなら絶対、人形師の冬木さんに作ってもらいたい」という書き込みを見つけ、ネット検索をし、彼のホームページにたどり着いた。
オーダーメイドの手作り人形は、どれも精巧な作りで、アニメキャラクターはアニメから、漫画キャラは漫画から飛び出してきたみたいだ。
創作活動をやらないあたしにはクリエイターの気持ちを推察したり、作品に感嘆することはあっても、ものを作る根っこの部分は理解できない。
器用貧乏で、そつなく料理や裁縫、メイク、インテリアや服のコーデ、写真撮影、文章を書く行為はできる。
だけど、どれひとつとっても、その道のプロや専門家になれる技量や芸術的センスは皆無だ。
ただ、人が内に秘めた情熱や、魂や感情を揺さぶる作品の訴える声だけは、ひしひしと伝わってくる。
まばたきも、呼吸も忘れ、一秒たりとも目が離せなくなるほどに魅了されるから。
スマホの画面をスワイプする手が止まった。
「ほんっと、みんな、あきないよね……」
フィギュアのよさを語るスレで、場違いにも先生を殺した犯人さがしへ話を持っていこうとする人の書き込みがあったからだ。
ほかの人の言葉を参考にしたり、返信しようとしたら、意外な言葉が目に飛び込んできた。
深夜、冬木先生はまた、アトリエで謎の人物と談笑している。
離れのアトリエにはトイレがないのか用を足す際は、一旦家へ戻るか、屋外にある昭和時代の和式トイレへ足を運ばなければならない。
彼が外へ出るタイミングを傘片手に茂みから見計らう。
あたしがここに来ると思っていないのか、それともいつものクセなのか、鍵はかかっていない。
ドアを開け、ろうそくのあかりがともされた部屋へ侵入する。
「誰かいませんか?」
返事はない。猿ぐつわでもされているのだろうか?
書き込みの内容は――冬木さんが学生時代に、山桜先生の知り合いで、彼の弱みを握って、長年ゆすっていたというもの。警察を呼んだ先生を冬木さんは逆恨みし、殺したそうだ。
普段なら、そんなバカな話と笑い飛ばした。
でも……「だから『こころのゆくえ』を好きな人間を家に呼んでは憂さ晴らしに監禁殺害してるんだって」
瞬間、さあっと血が引いた。
あんなタイミングよく、木が道端に倒れていることが、あるだろうか?
初対面の人間に『こころのゆくえ』のキャラクターグッズを無償で与え、衣食住を保証するなんて、話がうまくいきすぎだ。
朝のやりとりだって違和感がある。
狐につままれ、幻でも見ていない限り、この空間には、あたし以外の人間が必ずいる。
スマホのライト機能を使えば、窓から光が漏れ、暴挙がバレる。かといって、ろうそくのあかりだけでは周りが、よく見えない。
心臓が早鐘を打ち、今にも口から飛び出しそうだ。急いで目的の人物を見つけ、ここを離れないと。
推理やミステリードラマで出てくる人間を隠せる場所はないかとさがしていたら、太ももにかたいものがぶつかる。
音を立てて何かが床へ落ちていった。
「っ!?」
人だ。
ワイシャツにスラックス姿の金髪の人間が床に突っ伏している。
背格好と体つきからして男だ。
血は床に広がっていないし、腐敗臭もしない。だとしたら起き上がって、人と会話もできないほどに衰弱しているのだろう。
「大丈夫ですか? 立てます!?」
肩をかつごうと仰向けにして、あたしは息を呑んだ。
「山桜……先生?」
パッと部屋が明るくなる。
おもむろに顔を上げれば、不機嫌そうな様子の冬木さんが、こちらを凝視していた。
「何をしているんですか?」
静かに怒りのにじんだ声で問いかけられる。
刃物や鈍器を持って、こちらに近づいてくるわけでもないのに、声が出せず、身動きも取れない。
視線だけをさまよわせ、はっと気づく。
アトリエの片隅にあるカラーボックスやガラス張りのコレクションケース。その中には『こころのゆくえ』の漫画とDVD、特集記事雑誌やフィギュアを始めとしたグッズが入っていた。
その上には、幾分若い顔立ちをした冬木さんと、山桜先生がともに映った写真が所狭しに並べられている。
部屋中に先生をモデルにしたであろう人物画やスケッチ、イラストがコラージュされていたのだ。
大股でやってきた冬木さんは、先生の人形を丁寧に抱き起こし、彼を椅子へ座らせた。恋人に怪我がないかを確かめるように「大丈夫か?」と切羽詰まった声で話しかける。
そうして無言のまま、こちらを睨みつけてきたのだ。
最悪のシナリオが頭をよぎる。
「山桜先生を殺したのは、あなたなんですね」
「……そうですよ。よくわかりましたね」
まるでミステリーや推理物のドラマか映画みたいだ。
だけど、あたしは探偵でも、警察でもなければ、物語の主人公でもない。
頭はやけに冷静で、恐怖で身体は凍りついているのに舌だけは、仕事のときよりもよく回る。
「どうして殺したんですか?」
「憎かったからです」
無表情の冬木さんは、山桜先生にそっくりな人形のキラキラと光を受けて輝く金髪を指で、やさしくとかす。
「ずっと高校のときから憎かった。まるで、僕をいじめてきた一軍連中を平均化し、まとめてひとりにしたかのような性格や容姿も、口やかましい母親みたいに意見を言ってくるところも全部大嫌いだった。
一緒の空間で息をするのも、視界に入れるのも、いやだったんだ。学校を離れれば、それで終わりだと思っていたのに、僕の唯一の居場所だった創作界隈にまでズカズカ踏み込んできて、常連になりやがった」
「大嫌いだから山桜鶯先生を殺したんです? それとも、あなたの世界を踏みにじったと思ったから?」
今すぐ逃げても彼の車の鍵なしでは、土砂崩れの現場にすら、たどり着けない。追いかけられて殺されるのがオチ。
それなら未練を残さないよう、敬愛していた先生を――この先も、もっと生きて作品を残してほしかった人を、どうやって殺したのか冥土の土産に聞いてやろう。
もしも運よく生き残ったら、そのときは全部記事にして暴露してやると覚悟を決めた。
「山桜鶯じゃない」と冬木さんは、眼光鋭く、目線をやった。「こいつの名前は、大池櫻丞。僕の恋人だった男だ」
「それは、あなたが無理やり大池さんを脅し、つきまとって恋人になったんでしょう? それとも片思いをしているだけなのに、両思いだと思い違いをしたんですか?」
冬木さんは右の口の端を上げ、鼻を鳴らした。
「つきまとわれていたのも、脅されていたのも、僕のほうです。あいつから告白してきた。あきたら捨てようと思い、遊び半分でつきあったけど……頭がイカれてるのは誤算だった。すぐに異常だって気づいて離れても、『捨てないで』って、いつも追いかけてきて泣き縋る。で、もとサヤになるの繰り返しだ。
僕にほかの女や男ができたと思うと相手の家を特定して発狂する。相手を殴りつけんばかりの勢いで、『別れないなら目の前でこいつを殺して俺も死んでやる!』が決まり文句。ギャーギャーわめき散らすのが大好きで、わずらわしいこと、この上ない。警察を呼んだのも一度や二度じゃありません。そんな人間のクズがクリエイターとして成功するなんて世の中どうかしている」
「嘘よ! 先生は、そんな人じゃない……!」
女の子たちが芸能界でトップを取ろうと必死にがんばるストーリー。現実にある汚い話や難しい人間関係を、ものともせず、一歩ずつ着実に上りつめていく。
そんな作品を描いた先生が、冬木さんのストーカー? 人を傷つけようとして、警察のご厄介になりかけた?
冗談にもほどがある。
「何も知らないあなたに、何がわかる?」
悪魔みたいな顔をして彼は笑った。
「だったら、どうして憎むくらい嫌いな人と何度も復縁したの!?」
「他殺や殺人では僕の手が汚れる。こんなやつのために一生を棒に振りたくない。だから勝手に傷ついて自殺するように持っていったんです。これも一種の殺人計画ですかね?」
あまりの発言に頭が追いつかず、開いた口が塞がらなくなった。
冬木さんは、あたしを無視し、先生の服にほこりがついていないか、ほつれがないかを見分するかのように確認する。
「カーストの一番上にいるやつが、最下層にいる人間の気持ちを味わいながら苦しんで死ねば、気が済む話でした。だけど方法が思いつかなかった。でも創作界隈にやってきたこいつは、何もわかっていないくせに『あなたの才能に恋をしました』なんて、いけしゃあしゃあと告白してきた。カモがネギを背負ってきたので、さばいて鍋にして食ったんです」
「それで……先生を自殺させる目的を達成させるために、ほかの人も利用したの?」
「利用だなんて心外だ。みんなセフレだったり、デリヘルや風俗の人間です。勘違いしたのは櫻丞のほう」
なんてことのないように彼は答えた。
「『ほかの人間を好きになった。おまえは遊びだ』って伝えるたびに絶望して暴れる。で、僕がしつけと称して手ひどく抱き、その後仲直り。僕と、あいつのどちらが先にくたばるかの根比べですよ。創作は、あいつと違い、日の目を浴びませんでした。でも、やつの命の手綱を握っている僕に主導権がある。あいつの死をもって僕のほうが上だと証明したかったんです」
分別のない子どもだ。
先生の心や身体を、おもちゃのようにもてあそび、踏みにじっている自覚がまったくない。
「あなた、どうかしてるわよ! どうして先生なの……? どうして先生は、あなたなんかを……」
悔しくて堪らない。
なんで先生は、こんなやつがよかったんだろう……? 先生を死に追いやったやつに、一番好きな子を作ってほしいと頼むなんて、どれだけ人を見る目がないのかと自分が情けなくなる。
「邪魔したのに、結局、僕のなりたかった漫画家として着実に場数を踏み、大成したのがいけないんです。『白井雪は、俺とおまえが男と女で結婚していたら、生まれた子だ』なんて気持ちの悪いことまで言いやがって」
先生の笑顔と雪ちゃんの姿を思い出し、唇を噛みしめていると冬木さんは突然、涙をこぼし始めたのだ。
怒りと憎しみに満ちた醜い形相をしているのに、その目は親を亡くした子どもみたいに見えた。
「あいつが僕に執着した理由なんて知りませんよ。僕だって、僕をいじめたやつらや、櫻丞みたいな人間のクズになりたかったわけじゃない。人形づくり以外は点でダメ。駄作な絵を描き、人を傷つけ、江戸の仇を長崎で討とうとする僕が、いいなんて……頭がおかしいんだ。だから、気づかなかった」
唇や肩を震わせ、両目からいくつものしずくを落とし、人形である先生の肩へしがみつくかのように手でギュッと掴んだ。
「あいつも僕と同じ。ずっと、中学までいじめられていた。自殺して、たまたま運よく生き残っただけ……人に『好きだ』と言いながら大切なことは何ひとつ話さない。過去を隠し、一軍のふりをし続けるなんてズルだ!
ずっと追いかけてきたくせに糸でも切れたみたいに『もういい』って一言残して、家を出て、川へ身投げして……僕への恨みつらみを書いた遺書も、何もない! そんなの、そんなの絶対に許せるわけがないだろ……!」
泣き叫ぶかのように彼が大声を出した瞬間、携帯が鳴り響く。涙をぬぐい、淡々とした口調で電話に出た。
「木をどけられたそうです。タクシーを手配します。ここへは――二度と来ないでください」
そうして、あたしはタクシーで駅へ向かい、無事電車を乗り継いで家へ帰宅した。
数ヵ月後、アニメの中で動いた雪ちゃんと、寸分違わぬ等身大人形が届いた。
それが冬木さんの最後の作品。
彼は、山桜先生の後を追うかのように、先生が亡くなった川で同じように溺れ死んだのだ。




