見上げる笑顔、変わらぬ笑顔
オリックスバファローズの宮崎キャンプでの出会いは2018年2月の話になる。父親に連れられて初めて行ったのがその始まりだった。
二月の宮崎。清武の空は、抜けるように青い。
海から吹き抜ける風が、少しだけ春の匂いを運んでくる。
二十一歳になった蓮は、父から譲り受けた一眼レフを首に下げ、SOKKENスタジアムのサブグラウンド横に立っていた。
人混みの向こう、ランニングを終えた一団がこちらへ歩いてくる。その中心に、ひときわ高く、見上げるような背中があった。
「……颯ちゃん」
小さく零した声は、周囲の歓声にかき消されたはずだった。
けれど、長い足を止めたその男は、ふいっとこちらを振り向いた。
彫りの深い顔。当時よりもぐっと鋭さを増した眼差し。
だが、その瞳が蓮を捉えた瞬間、ふにゃりと、記憶の底にあるのと同じ形に和らいだ。
「……あれ? もしかして、蓮ちゃん?」
信じられないものを見るような顔をして、男――山崎颯一郎が歩み寄ってくる。
かつての背番号「63」は、今や「21」となり、チームを支える大黒柱の一人だ。
「……お久しぶりです。覚えててくれたんですか」
「忘れるわけないじゃん。あの時、俺がサイン書くとき緊張してペン落としたの見て、笑ってた子でしょ」
颯一郎は蓮の前で立ち止まると、あえて大げさに膝を折って、彼女の顔を覗き込んだ。
「うわっ、大きくなったねぇ〜! あの時はまだ、俺の腰くらいまでしかなかったのに。今は……肩くらいまである?」
八年前、二〇一八年のキャンプ。
中学一年生だった蓮は、まだ育成から支配下になったばかりの彼にサインをねだった。
あの頃の彼は、背こそ高かったものの、どこか線が細く、自分の居場所を探しているような危うさがあった。
今の彼は違う。
Tシャツの袖から覗く腕は、丸太のように太い。
厳しい練習と、数多の修羅場を潜り抜けてきた男の肉体。
見上げる「山」は、八年前よりもずっと高く、険しく、そして誇り高くそびえ立っていた。
「蓮ちゃん、まだ野球見ててくれたんだ。嬉しいな」
「はい。ずっと……吹田の主婦の時も、マウンドで吠えてる時も、見てました」
蓮が少し照れながら答えると、颯一郎は「あはは、主婦の方は忘れていいよ」と笑い、それから少し真剣な顔をして、ブルペンの方を指差した。
「せっかく宮崎まで来たんだ。最高の『山脈』、見せてあげるよ。……山岡さんも、シュンペータも、山田さんも、今日はみんな並ぶから」
颯一郎は、大きな手で蓮の頭をぽん、と軽く叩いた。
その手のひらの熱さは、八年前の春と、少しも変わっていなかった。




