勇者爆誕
辺境の村、エルデン。
人口三百人ほどの小さな村だ。麦畑が広がり、牧場があり、小さな教会がある。どこにでもある平和な村。
だが俺の目的地は、ここだ。
夜明け前。村の外れの丘に馬を繋ぎ、俺は村を見下ろしていた。
背負った黒弓を手に取る。全長二メートルを超える、対魔王用に開発された「竜殺し」の弓だ。かつては竜の血を引く魔王を射殺すために作られた。今は人間を射殺すために使っている。
「勇者、か」
呟きながら、俺は村の中心部を観察する。
魔力の流れが見える。俺の左目——魔族の血が濃く出ている方の目には、生物の持つ魔力が色として見える。
そして村の中心、おそらく村長の家だろう、そこから異常な光が放たれていた。
金色の、眩いばかりの光。
「あれが勇者の魔力か」
人間としては異常だ。生まれたばかりの赤子が、あれほどの魔力を持っているはずがない。
神の祝福——いや、神の「兵器」。
俺と同じだ。
「笑えるな」
俺は弓に矢をつがえた。
勇者も俺も、結局は「道具」だ。神に作られた対魔王兵器と、人間に作られた対魔王兵器。
違いがあるとすれば、俺は既に作った奴らを裏切ったということだけ。
「さて、仕事を始めるか」
村に入る。
夜明け前の静けさ。誰も起きていない。
俺は音もなく村の中を進んだ。目指すは村長の家。
だが、村の入口に差し掛かった時、違和感を覚えた。
「……結界?」
足元に魔法陣が刻まれている。侵入者を検知する初歩的な結界だ。
「まさか、既に勇者の護衛が?」
ありえるか?神が勇者を誕生させたのなら、当然護衛の騎士や神官も国々が派遣しているはずだ。
だとすれば、厄介な話だ。
俺は結界を無視して村の中に踏み込んだ。
瞬間、けたたましい警鐘が鳴り響く。
「侵入者だ!」
「村を守れ!」
村中から人が飛び出してくる。だが村人ではない。全員が武装した兵士だ。
「なるほど、見事に騙された。」
俺は笑った。
ただの村人に見せかけた熟練の兵士を多数配置し、勇者を隠している。賢いやり方だ。
だが無意味だ。
「全員、殺す」
俺は腰の剣を抜いた。
最初に襲ってきたのは五人の騎士。
「魔族め!」
「勇者様をお守りする!」
剣を振りかざして突進してくる。
俺は動かない。ただ剣を横に払った。
「——魔力遮断・円月」
剣から放たれた斬撃が、五人を両断する。
鎧ごと、盾ごと、全てを切り裂いた。
「ぐあああ!」
「化け物……めっ!」
次に現れたのは魔法使い達だ。
「遍くものを焼き尽くせ、炎燕」
「形あるものを閉ざせ、氷河」
「天より裁きを下せ、雷帝」
三方向から魔法が飛んでくる。
俺は剣を鞘に収め、弓を構えた。
矢を番え、三本同時に放つ。
「——射殺し、誘え」
矢は魔法を貫通し、魔法使いたちの額を正確に射抜いた。
三人が同時に倒れる。
「魔法が効かない……?」
「あれは対魔法用の矢だ!」
残った兵士たちが怯む。
だが俺は止まらない。
村の中を走りながら、次々と兵士を射殺していく。
逃げようとする者。抵抗しようとする者。命乞いをする者。
全員を、等しく殺した。
感情はない。ただ淡々と「作業」をこなすだけ。
これが俺その者だ。人を殺すために作られた道具。
やがて村の中心部に辿り着いた。
村長の家の前には、最後の防衛線が張られていた。
二十人ほどの騎士と、その中心に立つ一人の神官。
「……魔王軍の殲滅卿、アーシェ・ヴァルトハイム」
神官が俺の名を呼んだ。
白髪の老人。だがその目には強い意志が宿っている。
「まさか貴様が直々に来るとはな」
「魔王の命により、勇者を殺しに来た。邪魔をするな」
「させるか!」
神官が杖を掲げる。
「父が与えし偉大なる光よ、聖なる力をもって魔を祓え!!」
村長の家を中心に、巨大な光の結界が展開された。
「この結界の中では、魔族は力を大きく失う! 貴様も例外ではない!」
確かに、体が重い。魔力が削られていく。
だが——
「クッハハハハハ!!残念。俺は半分、人間だ」
俺は大いに笑ったさ。
この時ほど父と神とやらに感謝した日はないだろうな。
「魔族としての力が削られても、人間としての力は変わらずに残る」
弓を構え、矢をつがえる。
「そして俺の弓は、魔力を使わなくても別に良いんだよ」
純粋な膂力と技術だけで引き絞る。
「——竜殺し・一矢」
放たれた矢は、結界を突き破り、神官の心臓を貫いた。
「が……」
神官が倒れる。同時に結界が消えた。
「神官様!」
「くそ、突撃しろ!」
残った騎士たちが一斉に襲いかかってくる。
俺は弓を捨て、両手の剣を抜いた。
「—— 輾転反側」
回転しながら、全方位に斬撃を放つ。
騎士たちが次々と倒れていく。
十秒もかからなかった。
村長の家のドアを蹴破る。
中には、一人の女性が赤ん坊を抱いて震えていた。
「ひっ……」
女性が後ずさる。
俺は女性を無視し、赤ん坊を見た。
金色の瞳。
生まれたばかりだと言うのに、その目には確かな意志が宿っている。
「……お前が勇者か」
赤ん坊は泣かなかった。ただ、じっと俺を見つめている。
まるで、全てを理解しているかのように。
「悪いが、ここで死んでもらう」
俺は剣を振り上げた。
その瞬間——
「【転移魔法陣・起動】!」
女性が床に手をついた。途端、赤ん坊の下に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「しまった!」
俺は剣を振り下ろす。
だが、刃が届く直前に、赤ん坊は光の中に消えた。
「……転移魔法、か」
俺は舌打ちした。
女性が安堵の表情を浮かべる。
「勇者は……守られた……」
「どこに転移させた」
「言う……わけ、ない……」
女性は震えながらも、俺を睨みつけた。
「貴様のような……化け物に……」
俺は剣を振るった。
女性の首が、静かに転がり落ちる。
「はぁ……逃がしたか」
村の中を見渡す。全員、死んでいる。
だが肝心の勇者を取り逃がした。
「魔王様に、報告しないとな」
俺は村に火を放った。
証拠を消すためではない。ただ、「魔王軍が来た」という恐怖を人族に植え付けるため。
燃え盛る村を背に、俺は馬に乗った。
「勇者よ」
夜空を見上げながら、俺は呟いた。
「せいぜい足掻き、早く強くなれ。お前が希望の頂点に立った時——俺がその希望ごと、撃ち殺してくれる」




