魔王軍の「影の支配者(マスター)」
───あれから三年の月日が経った。
俺は今、魔王城の軍議室にいる。円卓を囲んでいるのは魔王軍の最高幹部たち——四天王と呼ばれる古参の魔族と、そして俺だ。
「なんだ、アイツは欠席かよ……で、改めて聞く。なぜこの『人間』が俺たちと同じ席に座ってるんだ?それも魔王様の右腕として」
重厚な鎧を纏った魔族、鉄鎧公ガルムが露骨に不快そうな声を上げる。
それに応えたのは妖艶な女性の姿をした魔族、幻惑妃メリュジーヌだ。
「ガルム、それは陛下の御意志よ」
「御意志であろうとなかろうと納得できん。たかが人間の小僧一人、三年で俺たちと同格だと? 笑止」
ガルムが俺を睨みつける。
「小僧で結構」
俺は淡々と言った。
「だがこの三年で、俺が落とした人族の都市は十二。殺した兵士は五万を優に超える。お前の戦果はどうなんだ?」
ガルムの顔が怒りで歪んだ。
「貴様ァ……!」
「落ち着け、ガルム」
低く重い声が響いた。四天王No.2、竜王バハムート。人の姿をしているが、その正体は太古を知る竜、生きる化石。
「アーシェの言う通りだ。戦果で言えば、この三年で最も魔王様に貢献したのは彼だろ」
「ですがバハムート様! こいつはハーフです。しかも元は人族! 信用できるはずが……」
「信用など必要ない」
俺は立ち上がった。
「俺が魔王に忠誠を誓っているのは、人族への憎悪があるからだ。その憎悪が消えない限り、俺は魔王軍にとって最も効率的な『駒』であり続ける」
「駒だと? 貴様、自分を何だと……」
「ただの道具だよ」
俺は笑った。
「俺は最初から道具だ。ただ使う主が変わっただけ。そして今の主の方が、俺を正しく『使って』くれる」
ガルムは激昂し、席を蹴って立ち上がった。
「許せん! 今すぐ貴様を八つ裂きにしてくれる!」
巨体が突進してくる。だが俺は動かない。ただ腰に差した細身の剣に手をかけた。
「——魔力遮断・一閃」
抜刀の瞬間、ガルムの動きが止まる。彼の鎧が音を立てて崩れ落ちた。
「な、何を……?」
ガルムが呆然としている。
「お前の鎧は魔力で強化されていた。俺の剣技はその魔力の流れを『切断』する。人族を殺すために磨いた技術だが、元は対魔族の技術。
無論、魔族にも有効だ」
ガルムは裸同然になり、その場に膝をついた。
「く、くそ……!」
「次は首を落とす。大人しく座れ」
俺の声に、ガルムは屈辱に顔を歪めながらも黙って席に戻った。
「……見事だ、アーシェ。素晴らしい」
バハムートが静かに拍手をする。
「やはりお前は『殺す』ことにかけては、俺たち魔族以上だ」
「当然だ」
俺は剣を鞘に収めた。
「俺は魔王を殺すために生まれた。その技術を今は魔王のために使っている。それだけだ」
その時、軍議室の扉が開いた。魔王自らが入室してくる。
「陛下!」
全員が跪く。
俺もまた、迷いなく膝をついた。
「やめろ、楽にしてくれ。それよりアーシェ」
「はい」
「人界で『勇者』が誕生したそうだ」
その言葉に室内の空気が張り詰めた。
勇者——人族が魔王に対抗出来るように、バランサーとして神が遣わす絶対的な希望。
「場所は?」
「辺境の村だ。まだ覚醒前段階、おそらく赤子か幼子だろうな」
「なるほど」
俺は立ち上がった。
「では芽のうちに摘んでおきます」
「ああ、任せた」
魔王は笑った。
「お前なら確実に仕留めるだろう。信頼している」
その夜、俺は一人で魔王城を発った。
背には巨大な黒弓。腰には二振りの細剣。顔には漆黒の布。
かつての「王子」の面影など、もうどこにもない。
目指すは辺境の村。勇者の生まれた場所。
「神の希望か。笑わせる」
馬を走らせながら、俺は呟いた。
「その希望ごと、俺が撃ち滅ぼしてくれる」
夜空に冷たく乾いた笑い声が響いた。
怪物の笑い声が。




