お父さん
チン!
トースターから出てきたのは、角が炭化したパン。
「……ちょっと焼き過ぎちゃった」
ちょっとどころではない。
悲しい気持ちを吹き飛ばすため、バターはいつもより多めに乗せる。
「これでプラマイゼロ」
朝食はウェルダントーストのパンと、コーヒーのみ。
「…やっぱり買い物行かないとダメかなぁ…」
数日前から同じ言葉を繰り返し言っているが、買い物のタイミングを逃し続けている琴美であった。
『…母の日が終わり、来月は父の日です…今年〇〇デパートでは…この…』
テレビから流れる父の日の話題。
この日が近づくと思い出す。
そう…あれは確か…
。。。
入社したて。配属された部署では皆、右も左もわからない琴美にとても優しかった。
特に部長。
毎朝必ず「もう仕事は慣れた?」と声を掛けてくれる。
「覚える事が多くて大変です」苦笑いをしながらそう答えると「頑張ってね」と笑顔で去って行く。
父親と同い年。それだけでなんとなく嬉しいのに、哀愁漂う後ろ姿や後頭部がまさに父親。
そっくりすぎる。
昔…
弟が夜店で買った、吸盤のついた矢が飛び出すおもちゃのピストル。
父の頭に狙いを定めて発射したのだが、タイミング悪く振り返った父親のおでこに命中。
矢が刺さった落武者のような父親に怒られたのが、一番好きな思い出。
そんな父と同じ頭を持つ部長。
口にこそ出さないが、部長に対して一方的に親近感を持っていた。
「椎名さん、これ部長に確認とってきて」
琴美を優しく指導してくれた先輩に託された見積もり書類。
「はい」
渡された書類を部長に持って行く。
パソコンに向き合う部長に声をかける。
「すみません。部長この見積もりですが…」
琴美が時々部長の事をお父さんと呼ぶ事に皆気づいていた。
琴美が自分の間違いに気づくのは、これから一ヶ月後である。
遅くなりました。
お待たせしてすみません。
明日も忙しく、投稿は夜になります。