悪役令嬢
いつもと変わらない朝。
ベッドから起き上がりサイドテーブルに置かれたベルを鳴らす。
部屋の大きな扉が開いて、侍女のアンナとメイドたちが入ってきた。
「おはよう、アンナ」
「おはようございます。コトミお嬢様」
アンナとメイドたちは深々と私に頭を下げて挨拶すると、それぞれの仕事を始めた。
ドレッサーの前に座る私。私の黄緑色の髪を梳かしながらアンナが言う。
「お嬢様、今日は絶好の婚約破棄日和でございますよ」
「……本当に上手く行くのかしら…」
アンナから「大丈夫」との言葉を聞きたくて、何度も確認してしまう。
「ええ、大丈夫です。お嬢様の寝言は百発百中ですから」
。。。
ここはコロン王国。
私はシーナ公爵家の長女、コトミ。
幼い頃から寝言で予言をしている…らしい。
私は寝ているからわからないのだけれど。
あれは5歳の誕生日の時。
それまで家族のみでパーティをしていたのだけど、5歳のお祝いは親しい人たちを呼んでガーデンパーティをした。
あちこちに飾られたリボンや、テーブルに乗った色とりどりのお菓子など、見るもの全てが夢のようだった。
はしゃぎ疲れてしまった私は、プレゼントされたくまのぬいぐるみを手に、お父様の膝の上ですやすやと眠ってしまう。
膝の上では危ないだろうと、ベッドに移動しようとしたその時。
「お父様!○月○日に隣国の使者が親書を届けに来ます!そしてその内容は…」
と、寝言を言ったのが始まり。
一カ月後に、隣国がコロン王国へなんだかんだと言いがかりをつけて、領地の一部を引き渡せと言ってくる。引き渡さないのであれば戦争も辞さない。との内容だった。
あまりにはっきりした事を言うので、その場にいた皆がその寝言を一字一句覚えていた。
そしてコトミの言う「なんだかんだ」は、確かに隣国につけ込まれそうな内容であった。
シーナ公爵はコトミの寝言を寝言と片付けず、しっかり下調べをして一カ月のうちに「なんだかんだ」を片付けた。
すると本当に、コトミが言った日に隣国から使者がきて、コトミの寝言通りなんだかんだと難癖を付けてきた。
しかしそのなんだかんだは既に解決済みであったため、使者は何も手にすることも出来ずに自国へ帰っていった。
コトミの寝言に大きな信頼が生まれた瞬間だった。
その後も幾度となく、コトミの寝言はさまざまな問題を解決していった。
「お父様、今年の冬は食料難になります。南の〇〇地方からたくさん食料を買い付けておいてくださいむにゃむにゃ…」
「この秋に生死に関わる病が流行ります。この病に効果がある薬草は…むにゃ…」
コトミの寝言は言ってから半年の間に本当になる。
そんな寝言を信じ、寝言通りに色々な物を備えた公爵家。公爵の評価は上がる一方で、領民から、また国からも一目置かれるようになった。
公爵はコトミを守るため「コトミの寝言」と公開せず、公爵が過去のデータを調べ直したからということにして、その偽造のための書類なども用意した。
しかしコトミが9才の時「私は…ライト殿下の婚約者になってしまう…むにゃむにゃ…」と寝言を言った。
国王はシーナ公爵との繋がりを強固な物にするため、第一王子のライト殿下とコトミを婚約させる事にしたのだろう。
コトミ自身の事についてはコトミに告げる事にしているシーナ公爵。
「コトミ。……まだ決まった事ではないのだが、もしかしたらライト第一王子と婚約になるかもしれない。コトミが嫌なら…なんとかしたいと思っている」
苦し紛れに言ってみたが、コトミは落ち着いた様子で
「お父様、王家からの申し出を断れない事くらい私にもわかります」そう言った。
そして寝言通り、コトミはライト殿下の婚約者となり、日々忙しく王妃教育をこなした。
月日は流れ、コトミとライト殿下はコロン学園に入学。
そこで貴族の身分を超えた交流をし、今後の治世に役立てるはずであった。
「むにゃ…ラベンダー色の髪色の…男爵令嬢がライト殿下と…その取り巻きの男性とあらぬ関係になる…その男爵令嬢の名前は…」
。。。
「シイナ・ココミでぇす♡」
入学早々、貴族という垣根を気にせず、病弱設定で自身のか弱さを振り翳し、ライト殿下他、その側近、宰相の令息、騎士団長の令息、クラスの一部の女子男子たちを取り込むように距離を縮めていく男爵令嬢のココミが現れた。
何故か皆が不思議なほどにココミを崇めていた。
「コトミさまぁ、これお願いしても良いですかぁ?」
「え?どうして私が…」
「コホ…コホコホ…だって私…そのお仕事出来る体力がないんです…」
「?これは計算してここに数字を書き込むだけよ?」
「コトミ様酷いです!私は手が…痛くて…コホコホ…」そう言って手をスリスリするココミ。
おかしい。この前は足が痛かったはず。その前は腰が…
「コトミ。お前はまるで悪役令嬢のようだな。どうしてそう意地悪なんだ?」
割って入ってきたライト殿下は、ココミの手を取り、優しく包み込んでスリスリしている。
「ライト殿下ぁ♡コトミ様が意地悪するんですぅ…」スリスリ…
どうしても私を悪役令嬢にさせたいらしい。
「お前は黙ってココミの仕事を手伝ってやれば良いんだ」スリスリ…
二人はスリスリしながら、ココミに渡された書類より多い量の仕事を置いて部屋を出ていった。
去り際にココミがペロッと舌を出したのをコトミは見逃さなかった。
。。。
婚約者のはずのライト殿下はコトミの誕生日を忘れ、毎月の顔合わせも来ない。プレゼントはこの3年もらう事もなかった。
それでも落ち着いていられたのは、自分の寝言をアンナに教えてもらっていたから。
「お嬢様、ライト殿下は今日の顔合わせはすっぽかすそうですよ」
「本当?」
「ええ。お嬢様がそう言ったので」
「私が…」
「はい。絶対にライト殿下はすっぽかします。そしてお誕生日も忘れるそうです」
「そう…」
。。。
「私は…卒業パーティで殿下に…婚約破棄される…殿下は…ココミ嬢と真実の…愛を選び…」
半年前、自分が言った寝言である。
今、寝言通りに私は卒業パーティで殿下から、声高々に婚約破棄を宣言された。
「本当にそれで良いのですね?」
「くどいっっ!!何度もいわせるな!お前はさっさとここに署名すれば良いのだ」
私の前にあるのは婚約破棄の書類。王家の紋章入りでこれにサインしたら覆すことは出来ない。
私の両脇を固めるのは宰相の令息と、騎士団長の令息。
「さっさと書け」
そう言われて私はサラサラとサインした。
「これで殿下と私は婚約破棄になりました。良いですか?」
奪うように書類を手にして、ココミと見つめ合う殿下。
「いつまでここにいる。目障りだ。さっさと出て行け」
私は殿下にカーテシーで最後の挨拶をすると、ホールにいる人々に向けて声を上げた。
「今ここでシーナ公爵家と第一王子の婚約は破棄された!今後シーナ公爵家は第一王子を支持しないことを、そして第三王子の後継人になることを宣言する!」
「なっ!!」
。。。
実は、陛下には王家の薬師との間に第三王子となる子がいた。王妃がこれを認めず、第三王子を離れの塔に幽閉していた。
もちろんこれもコトミの寝言でわかった事である。
公爵が第三王子の身辺を調べるとかなり悪待遇されている事がわかって、シーナ公爵家が保護していたのだった。
力のあるシーナ公爵家が第一王子から手を引いた事で、第二王子が台頭したが…病弱な第二王子は王に向いていなかった。このままでは優秀な第三王子が王太子になってしまうと、なんとかライト王子を王太子にするべく動きがあったが、真実の愛で結ばれたココミは全く仕事が出来ない上にライト自身も自分の仕事をコトミにやらせていたこともあり全く使えなかった。
しばらくするとココミが他の令息と体の関係があったことがわかり、万が一でも誰かの子を孕っていたらいけないということで、寒さが厳しい北の修道院に送られた。
たぶん…ココミは冬を乗り切る事は出来ないだろう。
ライト王子は「病気療養のため」第三王子がいた塔に幽閉された。
。。。
「だから大丈夫って言ったじゃないですか」
アンナが笑う。
「ええ。アンナの言う通りだったわ」
「違いますよ。お嬢様の寝言の通りなんですよ」
「ふふ。そうね…」
「でもお嬢様、本当は寝言じゃないんですよね?」
「…え?…えっと…?」
「だって、第三王子の存在はお嬢様に関係ない寝言ですので、お嬢様には伝えてない事ですから」
コトミにはこの世に生を受ける前の記憶があった。
このコロン王国は、前世で読み込んだラノベの世界だと。このままではコトミは悪役令嬢として断罪される結末を迎える。しかしそれをそのまま伝えても信じてもらえないと思ったコトミは、寝言というかたちで皆に色々伝えていたのだった。そして、シーナ公爵家や、領民を守り、自分の婚約破棄からの断罪を回避した。
「……失敗…しちゃった?」
「はい。失敗しましたね」
私は悪役令嬢としては失敗したそうだ。
残念である。
★お題が「悪役令嬢」だったので、なろうっぽいものを書いてみました。当然ですが「ゆるゆる設定」です。激しいツッコミは無しでお願いします♡
琴美はここでも恋愛はナシで終わりました(´;Д;`)可哀想
いつか2つ年下の第三王子と、もしかして…
こちらは『かわかみれい』さまに頂いたお題になります。
かわかみさまの作品『ヤグルマギクの温かいお茶』N6948IM
お時間ありましたら遊びに行ってみてくださいね♡