自分へのご褒美
「疲れた…」
繁忙期が過ぎた。
いつもは穏やかな職場のみんながピリピリしていた日々がやっと終わった。
食事を摂る気にもなれず、さっとお風呂に入って布団に入る。
。。。
いつのまにか私は舞踏会に着ていくようなドレスを身につけ、山の中を歩いていた。
片手にティーカップと、もう一方には苺ジャム。
腰につけた熊よけの鈴が、チリンチリンと大きな音を鳴らしていた。
道なき道を、普段履くこともない9センチヒールで進む。
「もう歩けない…」
そう思った時、目の前がふわっと開け、紫陽花に囲まれたガゼボが現れた。
「大丈夫かい?」
その声に顔に振り向くと、見目麗しい王子様が私に手を差し伸べていた。
恐る恐るその手をとり、案内されるままガゼボの椅子に座ると、王子様が慣れた手つきでお茶を淹れてくれる。
「カップを貸してごらん」そう言って微笑む王子様。
琴美はドキドキしながら持ってきたカップを差し出す。そういえば苺ジャムを持っていたと思い出し、ジャムをテーブルにのせる。
苺ジャムと思っていたのは、よく見ると梅干しだった。
そんなことはお構いなしで、王子様とのお茶会が始まった。
王子様の優しい眼差し。そこにはっきりとした琴美への愛情を感じられ、きゅーーん♡と胸が締め付けられる。
王子様とのお茶会は楽しく、琴美はふわふわとしたピンク色の幸せを感じていた。
色とりどりの紫陽花を見回し、視線を王子様に戻すと、王子様の隣に熊が座っていた。
「熊よ!」琴美は咄嗟に王子を庇うように前に出て、腰についた熊よけの鈴を思いっきり鳴らした。
チリン!チリン!チリン!!
熊と対峙する琴美のことを、ニコニコと王子様が見守ってくれている。
チリン!チリン!!
鳴り続ける鈴の音に耐えられなくなった熊がいなくなった時
「琴美お疲れ様。よく頑張ったね」
王子様が琴美をぎゅっと抱きしめてくれ、優しく頭を撫でてくれた。
。。。
ピピ…ピピ…ピピ…
アラームの音が朝をつげる。
くるくると不規則に動くサーキュレーターの風が、頭に当たって髪がそよいでいた。
「あなたが頭を撫でてくれたの?」
チリン。チリン。
夢から覚めても鳴り続ける熊よけの鈴の音。
音を辿り窓を開けると、お隣のベランダに南部鉄の風鈴がぶら下がっていた。
「あなたが熊から守ってくれたの?」
どちらかというと、この風鈴のせいで熊が出たとは思わない琴美。
「琴美お疲れ様。よく頑張ったね」
夢でも。
王子様が褒めてくれて、そのうえぎゅっと抱きしめてくれた。
なんという自分へのご褒美だろう。
夢から覚めても、しばらくふわふわと良い気分のまま幸せな琴美であった。
お隣の風鈴はその日のうちに外されていた。
こちらは『紅p』サマに頂いたお題になります。
紅pサマの作品『三途の川』N9447KF
お時間ありましたら、遊びに行ってみてくださいね。