犬
買い物から帰り、買ってきたものをそれぞれの場所へ仕舞う。
まだ17時。
あと少し押入れを片付けてから夕食の準備をしようと思う。
さっき観た従兄弟が映っている動画。
何度観ても笑える。
幼い頃はよく遊んだ記憶があるショウちゃん。
琴美が補助輪がついた自転車で練習をしていると、自分は補助輪ナシで自転車に乗れる事を自慢するかのように、琴美の周りをくるくると乗りまわしていた庄司。
「よそ見して土手下に転げ落ちて行ったっけ…」
楽しかった思い出とともに、嫌な思い出も思い出して身震いする。
嫌な思い出。それは「犬」
小学一年生。
図工の授業で作った、粘土細工の「キリン」
とても上手く出来ていて、早く母親に見せたかった。
キリンの胴体部を持ち、意気揚々と歩いていると、大きな犬を連れたおばさんに出会った。「あら可愛い……何かの動物かしら?」そう言って微笑む。
「キリンです!」と見せようとした瞬間、おばさんの犬が「ワフッ」と吠えて立ち上がり小さな琴美の肩に手を乗せた。
びっくりした琴美は尻もちをつく。
おばさんは「あら〜、ごろうちゃんだめよう」なんて言うだけで、その場から去って行った。
驚き過ぎてしばらくそのまま呆然としていた琴美。
ハッとし、手元にあるキリンを見ると首がもげて無くなっていた。
大きな犬に飛びかかられた恐怖と、キリンが壊れた悲しみに大泣きしながら帰ったのだった。
それから「犬」が嫌いになってしまった。
「今ならわかる。あれは犬が悪いんじゃなく、飼い主のおばさんが悪いのよ」
しかし幼い琴美にはそれがわからず、しばらく犬に怯える事になる。
道端で散歩中の犬を見かければ隠れ、避ける。
犬を飼っている友達の家には行かない。ムツゴロウ王国のテレビは観ないなど、徹底して犬を避けていた。
ある日学校の図書室で見かけた「犬の図鑑」
その表紙にはたくさんの犬のリアルなイラスト。それを見た琴美はふと「あの犬は何の種類かな…」と気になったのだ。
確か…あの時の犬はふさふさして、カスタードクリームのような色だった。
調べてみると「ゴールデンレトリバー」っぽいなと思えた。
「ラブラドールレトリバー」であれば短髪だし。
「レトリバーは回収する犬…ラブラドールレトリバーは漁師が落とした魚を回収…」
犬が魚を咥えている写真。
「怖い…。ラブラドールレトリバーとゴールデンレトリバーとは何が違うのかな……ゴールデンレトリバーは誰に対しても友好的でイタズラ好き……こわぁい…」
この2種類は大型犬…もっと大きな犬は…チベタンマスティフ…グレートデーン…セントバーナード…大きな犬は大きくてひたすら怖かった。
逆に小さな犬は…チワワ…ポメラニアン…トイプードル…調べると、小さな犬は小さな犬なりに怖かった。
それから道端で見かける犬は何の種類か一瞬で判断できるように、毎日犬の図鑑を読んで勉強した。
その日見た犬もイラストで書き残すようにした。
大人になった今でも、珍しい犬の動画や子犬たちがわちゃわちゃと戯れる動画を寝る前に観ている。
「嫌い」「怖い」と言いつつ、犬博士レベルで犬の生態に詳しい琴美。
「わあ、ラブラドールのロン君、パパになったんだ!良かったねぇ」
「あ、あの時の捨て犬…こんなに大きくなって…ニコニコしてる。良かった良かった」
犬や猫、動物の動画を観出すと、時間があっという間に過ぎていく。
時計を見ると23時25分。
明日の活力を補充したし、そろそろ寝るかと携帯を置く。
犬模様のパジャマに包まれ、眠りに落ちる琴美であった。
あとがき。
しいなここみ様の「瞬発力企画」参加作品です。
10日間毎日お題が出て、それに合わせた物語を書く企画でした。
企画主のしいなここみサマの名前をお借りして「椎名琴美」の暮らしを書く事にしました。
琴美の何でもない毎日を書くつもりでしたが、10日間のお題で一日が終わってしまいました。
どこにでもいるような琴美。書いていても楽しかったです。
ただ、毎日のお題でお話しは浮かんでも、書く時間が取れないのが大変でした。
それでも何とか24時間以内に投稿出来て胸を撫で下ろしています。
10日間、琴美とコロンにお付き合い下さりありがとうございました。
また、企画主のしいなここみ様、とても楽しい企画をありがとうございました。