3話 ヤンデレ美少女の惚れる理由がヤバい
「……それじゃあ、はい。順番に簡単な自己紹介と、現在の恋の状況について教えてください」
昼休みから時間が経ち、放課後の空き教室。
俺は問題のヤンデレ美少女三人を横並びで椅子に座らせ、教壇に立ちながら向かい合う形で問いかけた。
「それなら、私から……。名前は、幸野愛陽です。この学校の一年で、クラスは奈束……先生と同じB組になります」
はい、と頷く俺。
一瞬、「別に先生とかわざわざ付けなくてもいいから」と言いかけたけど、話が脱線してしまいそうだったのでそのままにしておいた。
むず痒い呼ばれ方なのは確かだ。
「えっと、現在の恋愛の状況についてもよろしくお願いします」
やんわり催促すると、幸野さんは少しだけ恥ずかしそうにしながら続けてくれた。
口にはできないけど、どことなく羞恥プレイみたいでやりづらい。
「……あの……ひ、平岡君のことが好きです。平岡……恋君……」
「……はい。具体的に、平岡君のどんなところが好きでしょうか?」
リアルでこんなに女の子の恋愛状況について問い詰めていくなんて、普通にセクハラなんじゃないかと不安になってくる。
現に、幸野さんの左横に並び座っている茉莉野さんと安推さんは、口元を押さえて「こんなことまで聞いてくるの?」みたいな反応をしていたり、指で髪の毛をクルクルさせながら顔を赤くさせていたりと、何とも微妙なご様子。
困惑するけども、俺は自分に言い聞かせることにした。
これはあくまでも仕方のない行為。
三木川先生に頼まれた仕事をこなす上で必要なことなのだ、と。
「え、ええっと……それを話すとなるとかなり長くなりそうなのですが……いいですか?」
恥ずかしそうにしながら前髪を何度も触り、幸野さんが問いかけてくる。
が、俺は首を横に振った。
短めでお願いします、と。
「すみません。一応、茉莉野さんと安推さんにも同じ質問をしようと考えているので……。できれば短くまとめて欲しいです」
俺が言うと、幸野さんが言葉を返してくるわけではなく、茉莉野さんが声を上げた。
「ナタバン、そんなの難しいよ……。好きな人のこと話せって言われてるのに」
わかってる。
でも、と。俺は咳払いしながら返した。
「三人は平岡君や並河君、それから香川君を諦めようとしてるんだろ? 健全な自分になって、新しい恋をするために」
「そ、その通りではありますけど……!」
今度は安推さんが控えめに声を上げる。
ショートボブの耳にかかった髪の毛を触りながら、俺と目を合わせずにモニョモニョ呟いた。
「せ、拙者たち自身……マトモになるのに、香川君たちを諦める必要があるのか、と疑問に思ってると言いますか……」
「……でも、三人とも香川君たちから完全に怯えられてるんだよね?」
「ぅにぇ……!」
苦しげによくわからない声を漏らす安推さん。
けど、今度は俺と目を合わせてくれた。さっきからずっと視線が合わなかったから、少しだけ安心。
「完全に無理と否定はできないけど、それはまだ状況を何も知らない俺だからかもしれない。三木川先生は断固無理って感じだったから、ちょっと厳しめなんじゃないかな……?」
「ぅぅぅっ……」
やばい。みるみるうちに安推さんが涙目になっていく。
「あっ! で、でも、それは香川君が無理なだけだから! 脱ヤンデレできたら、彼以上にかっこよくて性格もいい男子と付き合えるかもだし、何も未来は暗くないというか何というか!」
「……ぐすっ……久羽ちゃん……か、カッター貸してくださぃ……ハラキリします……」
「やめて!? ハラキリだけは勘弁して!?」
茉莉野さんも快く渡そうとするから、俺は教壇から降りて高速でそれを阻止した。
ちなみにだが、安推さんは時代劇が結構好きらしく、言葉の節々にそれっぽいワードを並ばせる癖がある。
江戸のドロドロとした恋愛劇を観て、自分と重ね合わせたことがハマるキッカケだったとか何とか……。
「奈束様……! 止めないでください……! 拙者、ハラキリしないとダメなんです……! 香川君無しじゃあ……もう生きていけないんです……!」
「そ、そこは俺がどうにかするから! アシストするよう言われてるのが俺だし、三人のためなら何でもするから、お願いなのでここを血の海にするのだけはやめて!」
切に願うと、安推さんは目をうるうるさせながらも、何とか大人しくなってくれた。
横から、茉莉野さんも彼女へ声を掛けてあげてる。
「……理宇……? 死にたいのは理宇だけじゃないょ……? アタシもだし……何ならアタシは並河を殺して自分も死ぬつもり……」
「だからやめて!!! お願いだからバイオレンスとブラッド方向に堕ちていくのやめて!!!」
息絶え絶えだ。
話を聞いていると途端に暴走して、制御するのに体力を使い果たしてしまいそう。
彼女ら、冗談じゃなくて本気で実行に移そうとするから。
「……奈束先生。なら、話を戻して、言われた通り短めに平岡君の好きなところを喋ろうと思います」
黙り込んでいた幸野さんが静かに口を開く。
話が戻って安心……と思いたいが、なぜかさっきと比べて幸野さんの目が濁っているというか、暗黒面に落ちていた気がした。
……気のせいか?
「……そう。最初に平岡君のことを好きだと確信したのは、この高校に入学した4月のことでした」
「う、うん」
4月……?
すごい早い段階からだな……。
しかもこれ、ちゃんと短くまとめてくれるんだよね……? えらく壮大な感じだが……。
「高校入学の不慣れな時期に行われた体力測定。ここで私は予想外の体調不良に襲われ、体育館にいたところから、保健室へ移動することになったんです」
「は、はぁ。なるほど」
そんなことあったんだ。知らない。
俺、その時グラウンドにでもいたのか?
「その時、ちょうど平岡君は体力測定班のリーダーをしていて、みんなをまとめながら色々な場所へ連れて行かないといけない、大変な役を任されていたんです。当然スムーズに動かなければならないし、誰かに構っている暇もそんなにない」
「……ふむ」
なんとなく話のオチが読めるな。
ここで助けてもらったのか。
「なのにも関わらず、平岡君は倒れ込んでいる私のところまで来て、一言こう言われたのです」
「なるほど。そこで助けてもら……」
「『ちょっと今から俺たちの班がここで測定するからさ、倒れてないで別のところ行ってくれる?』と」
「…………は?」
……?
……???
???????????
「瞬間、自分の中で雷が落ちたような感覚になり、体の芯からズジュンと溶かされ、体調が悪かったことなど忘れてしまった私は、その場で座り込んだまま平岡君に釘付けになってしまったのです」
……。
「あの平岡君の、笑顔ながらもゴミを眺めるようにこちらを見下ろす目。ふっ……んふふふっ……アハハハハッ……♡ お、おおお、思い出したらまた濡れ……♡」
「すとぉぉぉぉぉぉっぷ!!! ストップストップ!!! 学校!!! ここ学校ですからね、幸野さん!?!?!?」
「……では、トイレに行ってきます……♡」
「やめてぇ!!!!! 何するつもりかはわからないけど、絶対にお花摘みとかそういう意味じゃないのだけは伝わってくるから本当にやめてくれぇぇぇぇぇ!!!!!」
脚をもじもじさせて椅子から立ち上がる幸野さんを、俺は死ぬ気になってもう一度座らせた。
……ちょっとレベルが違い過ぎる。
そうでした。この人、そもそも普通ではなかったです。
「ハァ……ハァ……! お、俺の想像を軽く超えてきたな……本当に……!」
肩で呼吸しながら、ヨロヨロと教壇に戻ろうとする俺。
けど、
「ぁぁぁ〜……でも、わかる。愛陽、その感覚アタシもわかるよ〜」
「いや、わからないで!?!? わかっちゃダメだから!!!!!」
速攻でツッコんでいた。
訳のわからない同意をする茉莉野さんに対し、懇願するように言い放つ俺。
顔を真っ赤にしながら、前髪で目元を隠してニヤニヤする安推さんにはもう触れない。
触れたらまたおかしな世界観が広がって手に負えなくなりそうだから。
「……はぁ……。じゃ、じゃあ、とりあえず幸野さんはそういうことなんですね?」
「ハァ……ハァ……んぐっ……♡ ハァハァ……♡」
「……き、聞いてますか……?」
「き……聞いてますよ……せんせぇ……♡」
思わず手で顔を押さえた。
ヤバい人のくせに、その返事の仕方はやっぱり男からすれば魅力的に映って。
恐怖と何かと色々で、俺の頭の中はぐちゃぐちゃだったから。




