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2話 ヤンデレドクター奈束君爆誕

「先生……? 一秒以内に答えてください。平岡君はどこへ行きましたか……?」

「聖ちゃん。並河がここに入って行ったのは見えてたの。どこにいるのか正直に教えて? じゃないとアタシ、もう色々抑えらんないよ」

「三木川先生……拙者……そろそろ腹切りしそうなんです……香川様の体液でも何でも……摂取しないと……ハンカチだけじゃあもう……」


 今、俺の目の前では、異様な光景が広がっている。


 同じ学年の美少女三人。


 タイプは違えど、彼女らは男子たちからすれば憧れみたいなものであり、高嶺の花である。


 そんな三人が、狂ったような瞳をして、三木川先生に縋りついていた。


 俺は唖然とするしかない。


 教室や廊下ですれ違う時と雰囲気が全然違う。


 これじゃあまるで――


「重度のヤンデレ。それがこいつらの正体なんだよ、奈束」


 距離の近い三人を押し返しながら、俺に教えてくれる三木川先生。


 ――ヤンデレ。


 その言葉が深々と頭の中に突き刺さる。


 ヤンデレって言ったらアレだ。


 漫画やラノベ、つまり二次元でよく見る愛情の重過ぎる人たちのことを指す呼び方。


 相手のことを想い過ぎるがゆえに、それが形を変えて暴力になったり、自傷になったり、一般的に見て正常とは言い難い状態なわけで……。


 幸野さんたちがそのヤンデレだと言われても、イマイチ信じられなかった。


 いや、でもまあ信じるしかないのか……?


 今の三人、明らかに普段見てるのとは様子が違うわけだし……。


「育成……というか、もはや治療だな。正常に戻すための訓練が必要なんだよ、この三人は」


「は、はぁ……」


 気のない返事をするしかない。


 言葉で言われたことはわかるが、それをちゃんと理解しているか、と問われると、答えは圧倒的にノーだ。


「なあ、お前たち? 私が前に教えたことは覚えてるだろう?」


「「「……?」」」


 血走った目をしている三人は、仲良く同時に首を傾げる。


「幸野、茉莉野、安推。お前たち三人の恋は現状成就しない。やるべきことは平岡たちのケツを追いかけることではなく、あいつらを諦め、その狂った性格を治して次の恋へ向かうべきだ、ってな」


「「「――!!!」」」


「ひぃっ!」


 吹き出す恐ろしい漆黒のオーラ。


 それは俺に恐怖を植え付けるのに充分で、思わず悲鳴を上げてしまっていた。


 三木川先生は淡々と続ける。


「だってそうだろう? 現にお前たち三人は平岡や並河、香川に逃げられている。どれだけ優れた容姿をしていようが、重くてバイオレンスの雰囲気が漂っているんじゃダメなんだ」


「「「……せ゛ん゛せ゛ぇ゛……?」」」


「ひぃぃぃぃ!」


 なにこれ亡霊三人衆!? 想い人に選ばれず、投身自殺した女幽霊とかじゃないよね!? てか、茉莉野さんポケットからカッターナイフ取り出し始めたんですが!? 怖すぎるんですが!?


「はいはい。そんなに凄んだってダメ。ていうか、気付け。そういうことするから平岡たちが逃げる。悔しかったらもっと私のように魅力的で柔軟な女になるんだな。しょんべん臭いメスガキたちめ。へんっ」


 ……いや、この人もこの人だな。


 いい歳して、高校生の女の子たち相手になんて言葉遣いなんだろう……。


 最後の『へんっ』とか言って無い胸張ってるのも絶妙にイラっとするし。


「……?」


 でも、だ。


 低レベル過ぎる三木川先生の暴言を受けて、幸野さんたちは一斉に下を向いた。


 前髪が目を隠し、表情を読めなくさせる。


「ふ……」


「ふ……?」


 絞り出されたような幸野さんの『ふ』という声。


 それに対し疑問符を浮かべていた次の瞬間――


「ふぇぇぇぇぁぁぁぁああ!」


「――!?」


 びっくり仰天。


 幸野さんはいきなり号泣。


 それに釣られてか、茉莉野さんと安推さんもしょびしょび泣いていた。


「わかってまふ……! わかってるんでふ……! 私……こんなんじゃいつまで経ってもダメだって……!」

「聖ちゃんに前言われたこと……すっごい傷付いてたのにぃ……! えぐんないでよぉ……!」

「せんせぇのばかぁ……! せっしゃ……せっしゃは……どうしようもないのにぃぃぃ……!」


「「「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」


 あかん……。


 感情の起伏が激し過ぎる……。


 これは三人まとめて圧倒的地雷……。


 でも、そんな地雷たちを包み込むように、三木川先生が優しく声を掛けた。


「わかってたんならオーケーだ。そうだよな。私が言ったところで、性格なんて一朝一夕でどうにかなるもんじゃない。少し無理言い過ぎたかもな、私も」


「「「ぇっ……ぐすっ……!」」」


「だが、もう大丈夫だ。お前たち三人には、私の派遣したいい先生を付ける。こいつの元で立派に成長しろ」


「「「せんせぇ……?」」」


 ぐすぐす涙目で小首を傾げる三人。


 さすがは美少女。


 地雷ではあるものの、涙目でキョトンとする様子は可愛いの一言。


 ただ、こういうのに騙されちゃいけないんだってよーくわかった。


 三木川先生の言う派遣した先生ってのが誰なのかはわからないけど、さぞかしメンタルトレーニングに長けた技を持つ人なんだろうな。


 俺はそろそろ帰っていいはずだ。他にやることもないだろうし――


「な? 奈束先生? お前ならこの三人をまともにさせることができるよな? 任せたぞ?」


 ………………………………。


 ………………え?


「は、はい…………?」


 頓狂な声を出して疑問符を浮かべていると、三木川先生は俺の元に歩み寄り、にこやかに肩ポンしてくる。


「私は雑務で忙しい。お前が適任だ」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」


 つい大きな声を出してしまった。


 無茶ぶりが過ぎる。


「ちょ、ちょ待っ……! い、いやいやいやいやいや、あんた何言ってんですか!? 唐突過ぎるし、いや、あの、は、はぁ!? 飲めるわけないでしょうがそんなお願い!」


「そうか。飲めないか。なら明日からお前の学校での呼ばれ方はインターネットのモノと同じになる。良かったな」


「いや、鬼か!? あんた、やっぱ鬼なのか!? そんな脅し方して、あんたはやっぱり生徒を都合のいい道具としか思ってないんだ! 訴えてやる!」


「フフフッ。訴えられるものなら訴えてみろ。仮に私が捕まったとしても、お前はこれから先の学校生活、一生源氏名で呼ばれることになるのだ。な? たばニャ――」


 問答無用だった。


 三木川先生の口を高速で塞ぎ、これ以上喋られないようにする。


 もごもご言ってるが、関係ない。


 無理に決まってるだろ。


 こんなモンス……ではなくて、美少女三人を育成だの教育だの、治療だのするなんて。配信じゃないんだから。


「…………奈束君……だよね?」


 ――なんて考えていると、涙に濡れた上目遣いで俺を見つめ、問いかけてくる幸野さん。


 俺はバカな奴だ。


 危険人物でしかないのに、男の性に抗えず、ドキッとしてしまった。


「三木川先生のお墨付きってことは……すごい人……なのかな?」


「い、いえいえ! そんなことは断じてないです! 全然すごい人でも何でも――」


「ああ、すごいぞ幸野。なんせこいつはインターネットの世界で1000人もの悩める人間たちを救ってきたんだ。相談対応力はその辺にいる性欲でしか動いていない『どしたん話聞こか?』系男子より何百倍も信用できる。私が太鼓判を押す」


「だからあんたは余計なこと言うんじゃないですよ!」


 いつの間にか俺の手をどけてペラペラ喋り出していた三木川先生。


 本当に勘弁して欲しい。


 茉莉野さんと安推さんも目をキラキラさせ始めてる。


 何でこの子らこんなに単純なの!?


「奈束……せんせぇ……拙者をどうかお導きください……」


「だっ……!? は、はい!? あああ、安推さん!?」


「ナタバン! よろしくお願い! 私たちをまともにして! カッターナイフを使わないでも上手くいく恋を教えて!」


「茉莉野さん!? そもそもカッターナイフは恋に必要ないが!? 図画工作か!?」


 でも、考えようによっちゃ想い人を工作するって意味でもカッターナイフは必要……? いやいや、バカか。そんなわけあるか。


「「「お願いします……奈束先生……!」」」


「はっ、えっ、えぇぇぇぇぇぇ!?」


 どうしてこんなことになるのか。


 俺の困惑した声が保健室を突き抜け、昼下がりの空へ伸び上がっていった。


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