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1話 ヤンデレ3人はヤバい

「……なあ、奈束? 君は美少女育成というモノに興味無いかね?」


 放課後の保健室。


 今日も今日とて素晴らしい保健医である三木川聖みきかわひじり先生にタダ働きをさせられていた俺――奈束等なたばとうは、謎の問いかけに対し、思わず疑問符を浮かべてしまう。


 この行き遅れおばさんは、いたいけな高校一年生の放課後を潰しておいて、いったい何を言ってるんだろう。


 素直にそう口にしたかったけど、そんなことをすれば俺の明日は無い。


 立場を弁え、見つめていた書類から顔を上げて三木川先生の方を見やる。


 先生は、体調不良者用のベッドの上で横になり、ポテトチップスを食べながら思い切りヨーツーブの動画を観ていた。下品に笑ってるし、絵面としては本当に残念だ。


 スマホからは聞き覚えのある声が流れている。


 アレは……俺の配信だ。


 女声だけど、ボイチェンを使ったやつ。


 登録者数8万人ほどのバ美肉配信者【たばニャン】。


 それが俺のネットでの裏の顔。


 先生は元々たばニャン(俺)リスナーをしてくれていて、ひょんなことから正体がバレてしまった。


『バラされたくなかったら私の手足になれ』


 そうやって脅されて、今に至る。


 書類仕事とか、本来三木川先生自身がやるべきことなのに、それを俺がしてる理由ってのはここにあるわけだ。


 訴えたら正直勝てそうだけど、それはそれで、たぶん全世界にたばニャンの正体が広まるだろうし、訴えられない。


 渋々言うことを聞くしかないというわけだ。


 圧倒的に不服ではあるけどな……。


「……はぁ……」


 で、先生のことをまじまじと見やると、本当にため息ものだ。


嘆息し、席から立ち上がって彼女の元へ歩み寄った。


「あの、三木川先生? ここ学校なんですが? あなたの職場なんですが?」


 俺が言うや否や、先生は気だるげに「んあ~?」と声を漏らし、ゴロンと仰向けになった。


 その拍子に胸が揺れ……ることはなく、貧相で可哀想で固そうな背な……ではない、胸部がこっちを向く。


 いつも巨乳に対する恨み節が多いこの人だが、パッドも入れずに戦ってる誠実な姿だけは尊敬したい。


 いつか大きくなるといいですね。もう年齢も32で、成長期どころか更年期が近くなってる頃ですが。


「……まったく。言われなくてもわかっている。あと、そんなことどうでもいいから質問にちゃんと答えたまえ。君は美少女育成に興味無いか?」


 ため息をつき、俺は返す。


「……残念ながら無いですよ。健全な美少女とイチャイチャできるなら興味ありますけど、育成って聞くと怪しさ満点ですもん。先生の姪っ子ちゃんをお世話させられたりとか、どうせまたそういう雑用なんでしょ?」


「ノンノン、違う違う。確かに私には6歳になる姪がいるが、一度妹が預けてきて世話した際、良くないことばかり教える、とクレームを付けられてな。以降、一切世話することは無くなったんだ。ハハハッ」


 ハハハッ、じゃないですよ。ハハハッ、じゃ……。


 悲惨なエピソードなのにどうしてそう清々しく笑えるのか。この人の頭の中を覗いてみたいくらいだ。


「まあ、そんなことはどうでもいい。奈束、私の言う美少女育成がどんなことか、詳しく教えてやろう」


 言って、先生は仰向けの状態から、腹筋だけで勢いよく起き上がる。


 昔、体操部に入ってたらしいからな。身のこなしとかは無駄に抜群だ、この人。


「私がこの学校内で人気者であることは知っているよな?」


「……えらくいきなりですね」


「もうそういうリアクションいいから! ん! 知ってるよな?」


 問われ、俺は渋々頷く。


 自分で言っちゃうのが三木川先生らしいけど、事実この人の校内人気は結構なものだ。


 男子女子問わず、ひっきりなしに保健室へやって来ては相談事をしたり、雑談をしたり、いつも盛り上がってる。


 特に恋愛相談には定評があって、うちの学校の恋愛スペシャリストみたいな位置づけにもなってるほどだ。


「でも、それが美少女育成と何の関係があるんですか? まったく繋がりなんて無いと思うんですけど……」


 俺が問うと、先生は腕組みをしながら笑んだ。


 どうやら関係があるらしい。


「お前たちと同じ学年、つまり一年に三人の面の良い女子生徒がいることは知っているな?」


「面が良い……って言っても色々いますけどね。4月の段階から男子の間じゃ話題に挙がりっぱなしです。うちはレベルが高いって」


「ふふふっ。そうだろうな。確かに、私を差し置いて無駄に面の良いメスが多い。……そんなことが起こっていなければ、今頃オスガキ何人かを私の色香で篭絡し、オネショタ展開に持ち込めたというのにな……クソッ……!」


「……あの、先生? 思い切り聴こえてますからね……?」


 何度目かわからないため息。


 何が大人の色香だ。


 もう少し自分の貧相な体を見てから言って欲しい。……一応、先生も顔だけはいいけどさ。


「とにかく! そんな面の良い女子の中で、一際輝きを放つ女子生徒3人がいる! お前も知っているはずだ、奈束!」


「……と、言われますと?」


「お前と同じ、B組の幸野! それから、C組の茉莉野と、安推だ!」


「あぁ~。なるほど」


 言われて、三人の顔がすぐに思い浮かぶ。


 一年の界隈じゃ可愛いで有名な人たちだから。


「こいつらはな、前々から私に何回も恋愛相談を持ち掛けて来てるんだ。本当に、冗談じゃなく、何回も、何回も、何っっっっっっ回も!」


「あんなに可愛くても、そこまで思い詰めるくらい恋愛の悩みがあるんですね。普通に意外です。苦労なんてしてないのかと思ってました」


 まあでもそうか。


 噂でチラッと小耳に挟んだことはある。


 一年の中の誰かと付き合ってる、と。


 顔が良くても、付き合うまでは簡単で、それ以降のことは人並みに難しいんだろう。


 彼氏とのすれ違いとか、人間なら誰でもある。当然か。


「バカを言うなよ。あいつらは苦労しまくりだ。たぶん、他の女子生徒よりも苦労してる。自分の性格というか、性質が原因でな」


「……? どういうことですか?」


 俺が疑問符を浮かべると、三木川先生は軽く咳払いし、


「実は、彼女らは――」


 言いかけていたところ、だ。


 外から騒々しい足音と悲鳴が聴こえ、勢いよく保健室の扉が開けられる。


 何事かと思い、そっちの方を見やると、そこには見知った男子の顔が三人分あった。




「「「――助けてくれぇ、聖ちゃん!!!」」」




 平岡恋ひらおかれんに、並河唯人なみかわゆいとと、香川郁也かがわいくや


 さっきまで話していた幸野さんたちが美少女三人組なら、こっちはイケメン三人組とでも言ったところ……かと思ったけど、違うな。


 人によるのかもしれないが、並河君はそこまでイケメンじゃない気がする。


 どっちかというと癒されキャラみたいな感じだろうか。若干太ってて、マスコットキャラっぽいし。


 けど、そんな三人が血相を変えていったいどうしたんだろうか。


 とんでもない状況みたいだが、俺としては事態が飲み込めず、呆然とその場で立ち尽くすしかなかった。


 何事……?


「……やれやれ……またか……」


 と思ったら、三木川先生はこめかみを抑えながらため息をついている。


 だらけていたのが一変。


 ベッドから移動し、そそくさと三人を誘導し始めた。


「お前たち、こっちへ来い。今日は外だ。ここから中庭の方へ出ろ」


「た、助かるよ! 後のこと、お、お願いします!」


 涙ながらに感謝する平岡君。


 いつもはクールで、少々いけ好かない感じなのだが、今は別だ。


 三木川先生に無様に感謝しながら頭を下げてる。


 他の二人も同様で、保健室から外へ行くための出入り口へ移動しながら、先生に感謝の弁をこれでもかというほど口にしていた。


「……あの、三木川先生? これはいったい……?」


「いい。話は後だ。きっと奴らも来るからな」


「……奴ら?」


 何だ。どういうことだ。


 訳がわからないまま、俺は平岡君たちの逃走を見送った。


 再び静かになる保健室。


 疑問符を浮かべていると、再び廊下が騒々しくなり、




「「「み゛き゛か゛わ゛せ゛ん゛せ゛ぇ゛!!!」」」




 バンッ、と扉が開けられた。


 さっきと同じように視線をやると、そこには――




「……こ、幸野さん……たち……?」


 普段は綺麗で整えられているはずの髪の毛を乱れさせ、血眼になっている美少女三人がいた。


 幸野さんと、茉莉野さん、それから安推さんだ。


「……はぁぁぁ~……」


 困惑している俺の横で、三木川先生は深々とため息をつき、


「こういうことなんだよ。こいつらなんだ。育成していかないといけないのは」


 そんなことをポツリと言うのだった。

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