◇7.その説明で納得する花嫁
そうだった。
昨日、夜空を飛びながら、さっきと同じようなことを言われて、その時に抱いた違和感だ。
あの時は訊ねようとしたら、急降下、着地、気絶、知らない場所で起床、という急展開になってしまい、すっかり忘れてしまっていたのだけれど。
「あの、一つ質問をしてもいいでしょうか」
挙手をした私に、ベルドラドは「なんだ? 何でも聞いてくれ」と、にこやかに応じた。
「私たち、昨日が初対面ですよね」
「そうだな。運命の出会いだな」
「先程からベルドラドは私を名前で呼びますよね」
「そうだな。可愛い名前だよな」
「私はまだ名乗っていないのですが、なぜベルドラドは私の名前をご存じで……?」
「……。……。…………」
ベルドラドは笑顔のまま、謎の間を置いた。
そして、一転してキリリと引き締まった表情になり、こう言った。
「勘だ」
「勘」
予想外の回答にぽかんとしていると、ベルドラドは腕を組み「ああ、勘だ」と、神妙に繰り返した。
「魔族の第六感を舐められては困る。その人間の氏名や生年月日など、顔を見ればすぐに分かる」
「第六感の精度」
「ゆえにリシェルが五月十日生まれで現在二十歳だということも、もちろん把握済みだ。第六感で」
「第六感に個人情報が流出」
「何なら父が騎士で母が娼婦であることも、その両親の代わりに祖父に育てられたことも、現在は身内と呼べる人間がいないことも、好みの枕の高さも、ゆで卵は半熟派であることも、図書棟の掃除をする際にこっそり本を読んでは人が来たら慌てて掃除に戻りまたこっそり読む……を繰り返していたことも分かっている。第六感で」
「第六感への個人情報流出が留まるところを知らない」
ダダ漏れと言ってもいい把握され具合に慄く私に、「ふっ……魔族の恐ろしさが分かったようだな……」と、ベルドラドが無駄に格好いい雰囲気で頷く。
「そういうわけだから、名乗られる前に第六感により名前を知り得たというだけで、俺たちは昨夜たまたま鉢合わせただけの純粋な初対面同士で間違いない。本当に。実は過去に会ったことがあるなんてことは全然ないし、心の中で名前を呼び慣れていたからうっかり名乗られる前に名前で呼んでしまったなんてことも断じてないぞ」
魔族の恐ろしさを舐められるわけにはいかないと意気込んでいるのか、初対面であることをものすごく強調してくるベルドラド。魔族には魔族の誇りがあるのだろう。
「どうだ? 納得したか?」
「はい。まさか勘とは思いませんでしたけど、そうでもなければ説明が付きませんしね」
私の納得に、ベルドラドはうんうんと満足そうに頷く。
「仮に私のことを最初から知っていたとして、初対面のふりをしたいくせに普通に名前で呼びかけていたら間抜け過ぎますし。まさかそんな間抜けはいないですものね」
だから魔族のすごさは信じましたよ、という意を伝えるべく付け足した感想だったのだけれど、ベルドラドは満足そう一転、微妙そうな顔をした。本当に微妙な表情をしていた。何がそんなに微妙なのかは分からない。
彼は仕切りなおすようにコホンと咳払いをすると、再び凛々しい顔になった。
「全く、人間は妙なところに疑問を抱くんだな。初対面の相手に氏名を把握されていた程度のことで引っ掛かるなんて、繊細過ぎないか」
「いや普通は勘で氏名を当てられるとは思いませんからね?」
「ふっ……魔族の恐ろしさが分かったようだな……」
「それはもういいです」
その無駄に格好いいポーズは何を教材にしてしまったのか。なお、言動があれなので失念しがちだけれど、彼は抜群に整った容姿をしているので、無駄に格好いいポーズが無駄によく似合った。街中でやってくれたら流行りそうである。
「ちなみにリシェルが王城で使っていた住み込み部屋の番号も第六感で把握していたから、リシェルの私物は間違うことなく回収してこの部屋に運び込んであるぞ。あ、衣類は全て寝室の衣装棚に仕舞っておいたから後で確認するといい」
「第六感が有能過ぎて恐怖を感じる」
「本日のおやつはリシェルの好物であるチーズケーキをご用意しました」
「第六感は仕事のできる子」
ベルドラドがパチンと指を鳴らすと、何もないところからスプーンが出てきた。一口サイズのチーズケーキが載ったそれを、有無を言わさず口に突っ込まれる。本当なら何をするのかと怒るところだが、なかなかどうして味わい深いチーズケーキだったので黙ってしまった。
「おやつの時間はまだ先だから、今のは味見ということで。本番はこれに木苺のソースが添えられる」
「それは最高のやつ……」
「はい紅茶のおかわり」
「ありがとうございます」
再び甲斐甲斐しく注がれる紅茶。ほっと一息つきながら、感慨に耽った。
今日から毎日この美味しい食事が出て、おやつまで付くのか……。
うん。この偽装結婚生活も悪くないかもしれない。