◇68.魔封じの腕輪(偽)
もう一つの箱には、ピカピカの金色に色とりどりの石が付いた派手な腕輪が、二つ入っていた。
「魔封じの腕輪は強力だから、魔王様の管理下におかないといけない。だけどその模造品が、魔界に出回っているらしいんだ。もちろん魔王様に無許可でね」
アイザック博士は派手な腕輪を箱から取り出し、ベルドラドとミア様にそれぞれ手渡した。
「これらがその模造品。偽魔封じとでも呼ぼうかな」
派手な腕輪をしげしげと眺めながら、「そんなに簡単に手に入るものなのか?」とベルドラドが問う。
「いいや、簡単には手に入らなかったから、ニャン宅くんに頼んだよ。お金とマタタビさえ積めば、何でも手に入れてくれるからね!」
「へえ。ニャン宅も繁盛してるなあ」
「偽魔封じにはどれだけ本物に近い性能があるのか調べるように、と魔王様の仰せでね。さあふたりとも、壊しちゃってもいいから、全力で魔力を注いで外してみてくれる?」
ベルドラドとミア様は頷き、同時に偽魔封じの腕輪を嵌めた。するりと楽に通った腕輪が、瞬時にそれぞれの手首にぴったりと嵌まる大きさに縮む。
たちまちベルドラドの角、翼、尻尾が消えてしまった。もともと少女姿のミア様の方は外見の変化はないが、同じく魔力を封じられているのだろう。
「んむむむ! むー! むむー!」
ミア様が懸命な表情で、とても可愛い、間違えた、とても気合の入った唸り声を上げる。だが、腕輪に変化はない。やがてミア様は「はあ……」と疲れ切った様子で肩を落とし、しょんぼりとアイザック博士を見上げた。
「駄目だわ。この魔封じ、破れない……」
「ふむふむ、紅竜の君で駄目なら相当な耐久力だね。お疲れさま、ツェツィリミアくん!」
アイザック博士は白衣のポケットから鍵を取り出した。偽魔封じの腕輪には、派手な装飾に隠れて小さな鍵穴があったらしい。
カチリと呆気ないほど軽い解錠音がすると同時に、腕輪が元の大きさに戻り、ミア様の手首からするりと外れた。ほっと安堵の溜め息を吐くミア様。
「ベルドラドくんの方はどうだい?」
「んー。もうちょっとで壊せるかも」
こんなに真剣な表情で集中しているベルドラドは珍しいので、平素の二倍くらい格好良く見えた。うっかりドキドキしながら横顔に見惚れていたら、「リシェル」と眼差しと同じくらい真剣な声で呼ばれて、思わず肩が跳ねた。
「は、はい。なんでしょう」
「なんか俺が喜びそうなこと言ってみてくれる?」
「え?」
「気分が上がると魔力の出力も上がるから。何でもいいから言ってみて」
「えーと……帰ったら膝枕」
バキン、と固い音がして、偽魔封じが真っ二つに割れて地面に落ちた。
「よし外れた」
「膝枕の威力」
研ぎ澄まされた雰囲気から一転、褒めて褒めてと言わんばかりの笑顔で尻尾を振ってこちらを見るベルドラド。
私には魔力云々は何も感じ取れないからよく分からないのだけれど、ミア様は「さすがですわ、ベルドラド様!」と興奮しているし、アイザック博士も「うわあ、本当にいけちゃうんだー……」とほんのりドン引きしているので、きっとすごいことなのだろう。褒め待ち犬ドラドの頭を撫で、頑張りを労う。
「博士。この模造品、かなり本物に近い。リシェルの膝枕への熱い思いで今回は壊せたけど、普段の状態なら無理だったと思う」
それはつまり私が「膝枕」と言えば毎回壊せるということでは……と思ったけれど、話の腰を折るのもあれなので口にはしなかった。
「なるほどなるほど! 天魔が本気を出してやっと破れるほどの魔封じ性能、ということだね!」
嬉々として手帳に書き込むアイザック博士に、ミア様が「ちょっとメガネ」と、険しい声を上げた。
「それってまずいじゃないのよ。魔界のほとんどの魔族には自力で破れないってことじゃない。そんなものが大量に出回ってるっていうの?」
ミア様の懸念ももっともだろう。ほとんどの魔族を無力化できるような品物が、魔王という統率者の許可なく量産されているのでは、何やら不穏を感じるのも頷ける話である。
「大丈夫、まだ大量にってほどじゃないみたいだよ。それに腕輪自体の強度に関しては、本物に遥かに劣るみたいでね。魔王城の窓硝子くらいの硬さだよ」
大砲程度なら耐えられるという驚異の頑丈さを誇る魔王城の窓硝子と同じであれば、普通の腕輪よりは遥かに硬いと思うのだけれど、どっこいミア様は「なあんだ」と、自信満々に胸を張った。
「それなら竜の爪で簡単に壊せるわね。偽魔封じを嵌められて困っている魔族がいたら、私がちょちょいと助けてやれるわ!」
「そうそう。魔力を封じられちゃ大した腕力も出せないから、自力でどうにかできないことには変わりないけど、外部からの物理的な破壊が可能なのが救いだね。鍵がなければ絶対に外せない本物の魔封じとの最大の違いかな」
「いや博士、本物の方も鍵なしで外せたぞ。十歳の人間の女児が石鹸水で」
「うんベルドラドくん、それは別件で非常にまずい事案だから、あとで魔王様に報告しておくね……国家機密に相当する不具合だから、言いふらさないようにね……」
アイザック博士は眼鏡の向こうで大変遠い目をしたが、すぐに気持ちを切り替えたようで、「よし!」といつもの陽気な笑顔に戻った。
「ひとまず偽魔封じの性能は分かったよ。ご協力ありがとうね、ベルドラドくん、ツェツィリミアくん!」
「他ならぬ博士の頼みだからな、構わない。あとで撮影魔道……あー、えっと、魔界の行く末を左右する重大な件について話し合おう、博士」
「別にメガネに感謝されたって嬉しくないわよ。困ったら次も頼ってもいいのよ」
「それからリシェルくんも、来てくれて助かったよ! 君がこの場にいてくれたからこそ、ベルドラドくんの偽魔封じ破壊という貴重なデータを採れたのだからね」
「あ、いえお構いなく……私はベルドラドから撮影魔道具を没収できればそれで」
ベルドラドは非常に悲しそうな瞳で「没収だなんてそんな」と言い、アイザック博士は「わはー、残念だったねえ、ベルドラドくん」と笑った。
「それじゃあ、魔王様に報告してくるね! あ、そうだツェツィリミアくん。僕は一旦、実験室に戻るのだけど、君も来るかい? 好きな小鳥型ゴーレムを選ばせてあげよう」
「ほんと? 別に今すぐ欲しいわけじゃなかったけれどそこまで言うのなら見に行ってあげるわ早く見たい!」
アイザック博士とミア様は私たちに手を振って、仲良く並んで去って行った。博士は年下の面倒見がよさそうだなあと思う。
「俺たちも帰るか」
「はい」
「帰ったら膝枕の続き?」
「ベルドラドは頑張りましたからね。子守歌もつけましょう」
「何それ最高」
来た時と同じように抱き上げてもらい、少し空の散歩をしてから、部屋に戻った。




