◇67.魔封じの腕輪
ベルドラドの言葉で思い出した。見覚えのある腕輪だなあと思ったら、そうか。
「あ。あのとき、石鹸水で外した腕輪ですか?」
私の問いに、ベルドラドが頷く。
道理で見たことがあるわけだ。これは私が小さい頃、森でベルドラドと初めて出会った時に、彼が嵌めていた腕輪だったのか。
「懐かしいな」
「懐かしいですね」
思わぬところで思い出の品に再会して、ふたり同時に声が出た。アイザック博士が「おや」と眉を上げる。
「君たちは『魔封じの腕輪』のことを知っているのかい? というかベルドラドくん、すでに嵌めたことあるの?」
「幼少期に一度だけ。ひんひん泣きながら決行した家出とかでは断じてなく、やんごとなき事情により魔力を制限する必要に駆られて、父の宝物庫から持ち出したこの腕輪を使ったことがあるんだ」
ベルドラドが黒い腕輪を指に引っ掛けて、くるくると回しながら話す。その呑気な雰囲気の説明の内容に、ほんのりと衝撃を受けた。
これってベルドラドのお父さん、つまり魔王の宝物庫に保管されるような貴重品だったのか。
石鹼水にじゃぶじゃぶ浸けて外した後、適当にその辺に放置して、ベルドラドと楽しく森へ遊びに出かけちゃってた……失くさなくてよかった……。
「嵌める前はぶかぶかだったのに、いざ腕を通したらがっちり嵌まって取れなくなって、困ってたところに現れたのがリシェルだ。女神かと思った。そして石鹸水で腕輪を外してくれたんだ。救いの聖女に見えた。そのあと一緒に遊んだリシェルの愛らしさと言ったら。もはや森の妖精だった」
うんうんとひとり頷き、思い出を語るベルドラド。女神なのか聖女なのか妖精なのか方針がブレブレだが、本人はドヤ顔である。
話を聞いたアイザック博士は「簡単に取れちゃまずい魔道具なんだけど、石鹼水でいけちゃうんだー……」と珍しく真面目な面持ち、ミア様は「窮地を救われて恋に落ちるなんてロマンチックだわ……!」と恍惚の表情。誰一人として感情を共有していない現場である。
ベルドラドはくるくるとぞんざいに回していた腕輪をアイザック博士に返した。今度はアイザック博士が指に引っ掛けてくるくると回し、次いで「ちょっとメガネ、別に興味ないけど私も見たいわ!」と興味津々のミア様に渡される。
「ベルドラドくんの言った通り、これは魔力を完全に封じることで魔族を無力化できるという、かなりすごい代物なのだよ。嵌めたが最後、自力で取るのはまず無理だね!」
「無力化って……けっこう危ない品なんですね?」
そんな道具をなぜ作ったのだろうかという疑問と、そんな道具を気軽にくるくるしていたのかという心配を乗せて訊いたら、アイザック博士は「ふふふ、便利でもあるのだよ」と笑った。
「魔族は魔力を隠して人間に化けることもできるけれど、人間の中でも魔術師や聖騎士なんかは『隠した』程度の魔力なら嗅ぎつけちゃう。でも、この腕輪を使えば絶対に魔力に気づかれないのさ」
「へ、へえー……?」
「この腕輪を作ったのは先代の魔王様でね。『どうしても人間の王都で開かれる聖女との握手会に行きたい』と言って、高名な魔道具師に作らせたという話さ。複数の聖騎士にがっつり貼り付かれている聖女と無事に握手できたそうだから、その魔力封じの効果はお墨付きだね!」
「すみません握手会の辺りから話が頭に入ってこなかったです」
おやつのために果樹園を整備したり(そして勇者に柿を盗み食いされる)、聖女との握手会に行くためにすごい魔道具を用意したり(そもそも握手会って何なんだ)、ちょいちょい耳に入る先代魔王の偉業に突っ込みどころが多くて困る。
「俺が小さい頃に腕輪を持ち出したのも、人間に魔族だってバレないようにするためだったんだ。あの頃は自力で角も尻尾も隠せなかったけど、魔力を封じれば強制的に全部引っ込むから」
「うんうん、そういう使い方もできるね。あと他の用途としては、危ない魔族の捕縛かな。さっき言った通り、魔封じの腕輪を嵌めさせれば無力化できるから」
「危ない魔族……」
アイザック博士の何気ない表現に、ハッとする。
全体的に緩い空気の魔王城で過ごしているため、ついつい失念しがちなことだけれど、人間たちのなかでは「魔族は危険な存在」というのが常識、ということを思い出したのだ。
私が魔王城メイドとして接する魔族たちは皆、普通に話せるし凶悪さとは程遠い存在だ。けれど人間に「危険な存在」だという認識が根付くくらいには、危ない魔族だって一定数いるのだろう。人間にだって優しい人や怖い人がいるのと同じで。
武力皆無の人間である私が、こうして魔界で呑気に暮らしていられるのは、魔王の息子であるベルドラドの庇護のもと、魔王城の敷地にいるからに過ぎないのだろう。
全ての魔族がこんな緩い感じだなんて思い上がってはいけないのだと、気が引き締まる思いがした。
「あの、アイザック博士。魔族を捕縛するような事態って、割と頻繁にあるんでしょうか……?」
「んー、最近だと九十年くらい前にあったかな? 失恋した黒竜が荒れに荒れて暴れまくるものだから、魔王様が腕輪を使って大人しくさせて魔王城に連行して、みんなで『女の子に振られた男を慰める会』を開いたね!」
「せっかく気を引き締めたのにこれだ」
魔界、平和過ぎないか。私に走った緊張を返してくれ。あとその会の名前はひどい。
「ちょっとメガネ。魔封じの腕輪の耐久実験だというのなら、もう不要じゃないのよ。黒竜を無力化できたんでしょ? 充分よ」
ひとしきり鑑賞を終えたミア様が、黒い腕輪をアイザック博士に返しながら言う。
「ふっふっふ、良い質問だよツェツィリミアくん。僕が試して欲しいのはね、こっちなのさ」
アイザック博士はもう一つ箱を取り出し、開けてみせた。
来週の更新が待てないぜ! という親愛なる皆さまへ……。
昨日、『悪役令嬢ルルたそ』を投稿しました。
血迷ったタイトルと内容でお届けする、9999字の短編です。
次話更新までの暇つぶしに、ぜひ遊びに来てくださいませ!
たそ!




