◇66.あのときの腕輪
青空に映える真っ赤な竜は、巨大な翼による羽ばたきの風圧で私のメイド服、ベルドラドの尻尾、アイザック博士の白衣を各種なびかせ、ドスンと地響きを鳴らして着地。
そんな重厚な登場をしたかと思えば、瞬きの間にごつい竜は消え、代わりに立っているのは可憐な赤髪の少女。
フリルたっぷりの装いと縦ロールの髪型が良く似合う、紅竜・ミア様である。
「やあツェツィリミアくん、来てくれてありがとう!」
朗らかに手を挙げたアイザック博士を、ミア様は「ちょっとメガネ!」と睨みつけた。博士のことメガネって呼んでるんだね、ミア様。
「変な鳥を使って呼び出さないでよね、驚いたじゃないのよ! 全く何なのよあれ、ちょっと可愛かったわ私も欲しい。竜の私にぜひ協力して欲しい用事って何かしら、こっちだって暇じゃないんだからね。頼られて嬉しいとか全然思ってないわ、暇だから来たのよ」
「うんうん、あとでツェツィリミアくんにも小鳥型ゴーレムをあげようね。好きな色に塗ってあげるよ」
「えっ本当? 菫色がいいな。べ、別に嬉しくないけどそこまで言うのならもらってやるわよ。礼は言わないわよありがとう!」
今日もミア様がミア様しているので和んでいたら、ひとしきりミア様を発揮したミア様が、私とベルドラドの存在に気が付き、「あ!」と嬉しそうな笑顔になった。
「ベルドラド様! リシェルも!」
「なんだ、ツェツィリミアも博士に呼ばれていたのか?」
「はい! ということは、ベルドラド様もですか?」
「ああ。本当は俺だけで来るつもりだったんだが、リシェルが俺に行かないでくれと縋りついてくるから一緒に来たんだ。そう……貧血令嬢・新婚編の第三幕のようにな」
「嘘……!? あの名シーンと同じやりとりを日常で再現しているなんて……ロマンチックだわ……さすがベルドラド様ですわ……!」
歪曲された事実をもとに、わいわいと盛り上がっているベルドラドとミア様。
ベルドラド曰く「ツェツィリミアとは本の貸し借りをする程度の間柄」、ミア様曰く「ベルドラド様と友人かって? そんなおこがましいことは思ってないわ!」とのことで、一応、友人ではなく上下関係が成立している間らしいのだが(なにせミア様が敬語を使っている)、傍から見る限りすこく仲のいい友人同士にしか見えない。
「ベルドラド様の恋愛偏差値の高さが眩しいです!」
「ふっ……俺が本気を出せばこんなものだ」
ご覧の通り、このふたりは相当に気が合うようだ。魔王城では時々、「人間の生態を学ぶ会」と記した黒板の前で、恋愛小説を何冊も広げて熱い議論を交わす彼らを目撃することができるくらいである。そしてこの会合のとばっちり(器物損壊を伴う壁ドン等)を食らうのが私である。
しかし、ベルドラドもアイザック博士も、噛むことなく「ツェツィリミア」と呼べていることが地味に羨ましかった。ミア様の恩情でミア様呼びを許されている身に甘んじず、私も舌の鍛錬に励まねば。
「ちぇちぃ……ちぇちり……ちぇちりみあ……」
「どうしたリシェル、急に鳥の鳴き真似をして」
「あらやだリシェル、この小鳥はゴーレムなのよ、鳥の声には反応しないのよ」
「おやおやリシェルくん、君も小鳥型ゴーレムが気に入ったかい? 何色がいいかな?」
「いえ鳥の鳴き真似ではありません……」
しょんぼりと肩を落とす私に、アイザック博士は「じゃあ、桃色にしよっか!」と話を聞いてない感じで親指を立てる。魔動砲を発射するタイプの小鳥など断じて受け取りたくはなかったが、「リシェルも小鳥をもらうのね。色違いのお揃いで嬉しくなんてないわよ」とミア様が照れ照れしていたので、やっぱり受け取るにやぶさかではないなと思い直す。
そんなこんなで緩やかに脱線しつつあった空気を、「博士、小鳥型ゴーレムはあとでいいから」と言って、ベルドラドが本題に引き戻した。
「俺たちは何をすればいいんだ? 俺とツェツィリミアを呼ぶくらいだから、何かの魔道具の耐久実験か?」
「ご明察だね、ベルドラドくん! そうなのだよ、魔力の強い魔族に試して欲しくてね。さっそくだけれど、これを見てくれるかな?」
アイザック博士が差し出した箱には、黒い腕輪が入っていた。透き通った紫色の石があしらわれた、美しい品である。
宝飾品を身に着ける機会のない人生を送ってきた私だけれど、なんだかこの腕輪には、見覚えがあるような、ないような……。
「……これ」
ベルドラドは目を丸くして、黒い腕輪を手に取った。
「魔力を封じる魔道具だ。昔、俺が嵌めて取れなくなったやつ」
二部にカムバックを果たしたミア様より、皆様に伝言を預かっております。
「新年早々読みに来てくれたからってお礼は言わないわよありがとう!」
今年もよろしくね!




