◇64.天魔の求愛
「ベルドラドはよく私に角をすりすりしますけれど、あれには特別な意味があるんですか?」
「? もちろん求愛だけど」
「きゅうあい」
猫が甘えるような仕草から連想できるものとは少し違っていたから、ついポカンとした顔で復唱したら、ベルドラドは私が求愛という事象自体を知らないと受け取ったらしい。
「ああ、人間には求愛行動ってないんだっけ? 平たく言うと、交尾したいって意思表示の」
「いいです! 平たく言わなくていいです!」
そこまで平たく言い直されるとは思ってなかったので、バチンとほぼ平手打ちの勢いでベルドラドの口を塞いだ。若干痛そうにしつつも「うん、分かった」と素直に頷いてくれるのが彼の優しいところである。
「……で、最初は本来の意味を込めてやってたんだけど、あんまりリシェルには伝わってなさそうっていうか、全然そういう雰囲気にならないっていうか、でもなぜか頭を撫でてくれてそれはそれで嬉しいから、最近ではもっぱらリシェルに撫でて欲しい時に角をすりすりしてる」
「そ、そうだったんですね……」
まさかそんな意味だとは思っていなかったから、すりすりされるたびに微笑ましい気持ちでベルドラドの頭を撫でていた。だが、本来は直球の求愛行動だと知った今は、もう子猫気分で呑気に撫でられないかもしれない。聞かなきゃよかった。
などと悔恨していたら、さっそくベルドラドが私に優しく角を擦り付け始めた。体温のない角が首に宛がわれると、ひんやりとした感触に肩が跳ねて、「ひゃん」とそれこそ子猫のような声が出てしまう。
「ん。痛かった?」
「いえ、痛くはないです、けど……」
「ならよかった」
「あの、ちなみにこれは、どっちの要望のすりすりで……?」
「答えたら応じてくれる?」
「へ、平和的な方なら……」
「どうかなぁ」
こういう時のベルドラドは、無駄に艶やかな笑みを浮かべる。大変に困る。
平和的ではない雰囲気に流されてしまう前に、すかさず頭を撫でた。わしゃわしゃと強めに撫でた。両手を使って存分に撫でた。
ちらっと彼の尻尾を確認する。めちゃくちゃ嬉しそうにぶんぶんと揺れていた。よし。ベルドラドが撫でられ好きでよかった。駄目押しにもうひと撫で。
これで満足しただろう、と遣り切った気持ちで両手を放したら、ベルドラドはぐしゃぐしゃになった黒髪も直さずに私を抱き上げて移動、長椅子に腰を下ろした。
横抱きにされたまま、大変に近い距離で、熱っぽい眼差しで見つめられる。あれ。平和的ではない流れが続行かもしれない。平たく言い直された求愛の意味を思い返して、顔が真っ赤になった。
「あの、えっと、ベルドラド、お、落ちちゅ、落ち着き……」
「今朝の魔界占いで、名前がリシェルで職業がメイドで朝食に芋を食べた人は出かける前に全身甲冑を組み立てた人の頭を撫でるといいことがある、って言ってたぞ」
「針の穴に糸を通したような占い結果」
前言撤回、平和的な流れだった。まだ撫でられ足りなかっただけらしい。
占いまで持ち出して催促されたので、よいしょと腕を伸ばして、すっかり乱してしまった髪を整えるべく、今度は手櫛で梳くように撫でていく。ベルドラドは気持ちよさそうに目を閉じた。こういう時のベルドラドは、愛くるしい子犬の幻影(犬ドラド)が重なって見える。大変に和む。
「ふふ、眠たいですか?」
「うん。寝そう」
「膝枕しましょうか?」
「何それ幸せ」
ベルドラドはいそいそと私を横抱き状態から解放した。就寝時と同じように翼と角を消し(寝返りを打つのに邪魔らしい)、私の膝に頭を預ける。
膝枕状態のベルドラドをいいこいいこ撫でて平和を謳歌していたら、窓から「ココココココッ」と固い音が響いてきた。
見れば、窓の向こうに灰色の小鳥がいた。
小鳥は休むことなくココココココッと、脳震盪を起こしそうな勢いで硝子を突いている。大砲でも割れない超強化硝子(魔王城の標準仕様)じゃなかったらヒビが入っていたかもしれない。ともかく、普通の小鳥ではないだろう。
「ベルドラド。窓に小鳥が……」
ニャン宅に続き、今日は窓からの来客が多い日だ。ベルドラド自身も主に窓から出入りしていることを考えると、この部屋では窓の方が正規の扉よりも扉として機能している感すらある。
「うん……もっと撫でて欲しい……」
「ベルドラドってば。起きてください。なんか変な鳥が」
「うん……分かってる。分かってるけど……今この瞬間のリシェルの太腿の柔らかさの方が大事だと思う……膝枕最高……ここに住む……」
「膝枕は居住区域ではない」
謎の小鳥が気になるけれど、人の太腿に安住の地を見出してしまったベルドラドは動く気配がない。
どうしたものかと再び窓に視線を移したら、小鳥が高速突きをやめ、パカリと口を開いた。
「えっ」
キュインキュインと不穏な音と共に、小鳥の口に光が集まり始める。
「ベルドラド! なんか変な鳥の口が光ってるんですが!」




