◇63.こっつんこ継承権
「それではベルドラド様、リシェル様、お邪魔しました!」
「邪魔したにゃ」
ラナさんはぺこりと礼儀正しくお辞儀をして、エドナーさんはふいっと身を翻して、窓から飛び降りた。けっこうな高さがあるので心配になって窓の外を覗き込んだけれど、さすが猫、危なげなく軽やかに着地していた。
「師匠、マタタビってにゃんですか?」「お前にはまだ早い」と会話をしながら去っていく、可愛い後ろ姿を見送る。また会いたい、ニャン宅の二匹である。
ほんのりと抜け毛が舞っている窓を閉めてから、領収書を懐に仕舞うベルドラドを見上げた。
「ん? どうした、リシェル」
「ベルドラド、ちゃんと迷子のお兄さんのこと心配していたんですね」
まあいっかで済ませていたものの、大金 (およびマタタビ)を積んで情報収集に当たるあたり、なんだかんだ兄想いだなあと微笑ましくなった。ベルドラドは私の言葉に、「当然だ」と胸を張って頷く。
「だってバル兄が早く帰ってこないと、リシェルの歓迎会が開けない」
「心配の観点が兄から程遠かった」
「歓迎会にかこつけてリシェルに盛装用のドレ……寝間着を着てもらうつもりなのに。このまま兄が行方不明では着飾ったリシェルを鑑賞する機会が遠のくのではないかと思うと、心配で心配で」
「兄想い要素が微塵もなかった」
兄弟愛を微笑ましく思って損をしたという白い目で見たら、ベルドラドは何の不安もなさそうに笑った。
「バル兄は頑丈だし俺より強いから、魔界のどこにいたって身の危険はない」
「……。ベルドラドはお兄さんのこと、信頼しているんですね」
「ああ。だから心配してない」
軽率に白い目で見てしまったが、どうやら私の認識が間違っていたらしい。ベルドラドの兄に対する心配の薄さの基底には、薄情ではなく信頼があるようだ。
壁ドンで岩を破壊し機嫌で天候を動かせるベルドラドよりも強いというのなら、確かにどこで迷子になっても大丈夫という気もする。
「ただ、バル兄は妙なことに巻き込まれやすいから、情報収集ができるならしておこうかなって。たとえばこの前、バル兄が人間に化けてちょっとした外出をした時には、立ち寄った人間の村で自警団の連中と仲良くなって一緒に盗賊団を壊滅させて勝利の宴でうっかり尻尾を出して魔族だってバレて慌てて逃げる背中に村の子どもたちから『魔族のお兄ちゃんありがとう』って声援を送られて笑顔で親指を立てて飛び去る、という騒ぎがあったりな」
「ちょっとした外出が活劇および心温まる物語」
「だからニャン宅の調査結果次第では、バル兄を迎えに行ってやるつもりだ。魔王の継承権も早く返したいしな」
「……あの、その『魔王の継承権』って何なのか、聞いてもいいですか?」
ビオレチアさんとの会話で出てきた時にはさらりと流されてしまった割と重要そうな言葉が、再びさらりと出てきたので、思い切って訊ねることにした。
「ん? 言葉通りの意味だぞ。次期魔王になる権利だ。バル兄が旅行に出発する前に、『旅先で失くすと大変だから』って俺に預けたんだよ」
「継承権という概念自体は人間の国にもあるので、理解できるんですが……そんな風に簡単に預けたり返したりできる、というのがよく分からなくて」
というか、旅先で失くすようなものでもないだろうに……と首を傾げていたら、ベルドラドは少し屈んで、私に頭頂部が見えるようにした。
「つむじに秘密が?」
「いや、つむじじゃなくて角を見てくれ」
彼の二本の角が淡く光り出した。黒い角の表面を取り巻くようにして、金色に発光する複雑な文様が浮かんでいる。
「これは『宣誓』ですか?」
思わず自分の額に手を当てながら訊ねたら、「似たようなものだが、少し違う」と返ってきた。
「これが魔王の継承権。もし今の魔王に何かあったら、これを持っている奴が自動的に次の魔王になる。逆に言うと、これを持っていない奴はたとえ魔王の子であろうと、魔王にはなれない。ほらな、旅先でうっかり角が折れてどこかに落っことしたら大変だろ?」
「魔王の継承権って、けっこう物理的な品物なんですね……?」
「ああ。だから魔王の継承権を奪いたい奴は、所有者の角を狙うことになる。もしも今、俺が角を切り落とされたら、この角を食った奴が魔王の継承権を得ることになるんだ。まあ普通は角単体じゃなくて、首ごと切り落としにかかるんだけど。角より首の方が柔らかいし」
「ひぇ」
継承権を得る方法が怖い。人と魔族の根本的な違いを垣間見た瞬間である。
というかその話だと、預けたり返したりする方法って……と、凄惨な想像をしてしまって蒼褪めた。
「じゃ、じゃあ、お兄さんから継承権を預かった時って、ど、ど、どうしたんですか……? まさか、角をへし折っ……」
「角同士をこっつんこした」
「こっつんこ」
凄惨な話題へ唐突に挟まってきた可愛い擬音に思考が全部持っていかれた。
「両者の合意があれば譲渡は簡単なんだ。だから、バル兄が帰ってきたら角同士をもう一回こっつんこすれば、それで元通りだ」
「こっつんこ」
角のこっつんこで渡せる継承権。さすが最上階が足湯コーナーである城の主の権利。驚きの緩さである。
「え、えーと……お手軽さはさておき、魔王の継承権の置き場所になるってことは、角は魔族にとって特別なものなんですね」
「そうだな。角のある魔族にとっては、けっこう重要な部位かな。その魔族の象徴にもなるし、魔力を溜めたり放ったり、色々できるし」
「へえー」
「テイジーはよく額の角にペンを置いてるし、博士はよく工具を挟んでるし、俺は小さい頃、作った泥団子とか拾った木の実とか、色々突き刺して持ち歩いてたし。両手が空いて便利だぞ」
「重要な部位とは」
継承権から木の実まで運べる幅広い角の用途を聞いているうちに、角に浮かぶ淡い光の模様が徐々に消え、普段の黒一色に戻っていく。
ふと気になって、この際だから角つながりで、ベルドラドのあの行動についても訊くことにした。
ジャンボジェット初夜ベッド号にご搭乗の皆さま……。
お客様の中に冥王ハデスが好きな方はおられますでしょうか……。
昨日、1000文字ぴったり縛りで書いた超短編を投稿しました。
『冥王ハデスの自転車の特訓に付き合わされている村娘Aです』というタイトルです。
補助輪を取りたいハデス様VS自転車のコーチ要員として冥府に攫われた村娘、ファイッ! みたいな緩いお話なので、お気軽にどうぞ!




