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初夜のベッドに花を撒く係、魔族の偽装花嫁になる  作者: 棚本いこま
第二部 楽しい魔王一家

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◇60.家庭派モテモテ愛され魔族


 いつもなら足湯コーナーからは昇降機で降りるところだが、今回はベルドラドがいるので、空から部屋に戻ることになった。魔王城の最上階は巨大な鳥籠のような造りで壁がないため、飛行する魔族には出入りがとても便利なのだ。抱き上げてもらい、のんびりと下降する。


「新作のメイド服を着てくれたんだな。可愛い。似合ってる。リシェルは緑色も良く合う。可愛い。あと気のせいか芋を揚げたような絶妙に空腹を刺激するいい匂いがする。とにかく可愛い」


「は、はい。この服のおかげで作業が捗りました。ありがとうございます。芋の匂いは気のせいです」


 ベルドラドからの賛美はいつものことだが、抱えられた状態の今は、すぐ耳元で囁くように言われるので妙に照れる。しかし当のベルドラドは、甘い雰囲気を意図的に作ったわけではないようで、「あー、お腹空いた」と呑気なものである。そして空腹には言及していない私の方のお腹が鳴って、ベルドラドは声を上げて笑った。


「すぐに昼食にしよう。リシェルが餓死してしまう」


 やがて、ベルドラドの館に着いた。

 朝バタバタしていたにも関わらず、彼はきっちりと籠入りの「愛妻弁当」を用意していた。朝食を作るときに一緒に準備していたらしい。妙に家事の段取りが上手な魔族である。


 匂いが食事の邪魔になってはいけないので、テーブルにつく前に、ポテチの気配が染みついたメイド服に「服をお洗濯したての状態にする魔法」を使ってもらった。あっという間に清潔である。便利過ぎてメイドの職が失われそうな魔法だが、着用状態の服にしか使えない等の制限が色々あるらしく、そこまで便利ではないのだという。


「ベルドラドって魔法が得意ですよね」


 一緒に愛妻弁当を食べながら、彼が今までに使った魔法を思い返してみる。


 王宮の寝室で見せてもらった「ちょっとやそっとじゃ花弁が動かない魔法」、愛妻弁当の籠に付与された「できたて料理を維持する魔法」の他にも、平然と繰り出されるので看過しそうだけれど懐から分厚い書籍を取り出すのも魔法だろうし、眠れと一言囁かれただけで眠らされたこともある。あと、小さい頃に出会った時には、彼は幼いながら湖の上を歩く魔法も使っていた。


「別に得意ってほどじゃない。花弁を固定したり湖を歩いたりはお遊びみたいなものだし、収納魔法は高位魔族の一般教養だし」


 そう言いつつ懐から例のごとく参考文献(タイトル『義兄業務妨害~義理の兄が勤務先に入り浸るので困っていますっ!~』)を出し、収納魔法なる技を実演してみせるベルドラド。


 彼は大したことなさそうにしているが、お遊びや一般教養だと言われても、魔法を使えない一般的メイドの私からすれば、充分に凄まじい能力である。むしろお遊びで魔法を使えるなら、それこそ得意の証左だろう。


「はあー……すごいですね」


 私が感嘆混じりに発した「すごい」の一言に反応し、ベルドラドの尻尾がぴこっと上がった。らんらんと輝く瞳を向けられる。


「もう一回言って」


 前にもこんなやり取りがあったなあと微笑ましく思いながら、「はい。すごいです」と返したら、ベルドラドは「そうかそうか」と、それはもう誇らしげに胸を張った。


「もっと褒めてくれてもいいぞ? 人間は『魔術師』くらいしか魔法を使えないらしいが、魔族はみんな大なり小なり魔力があるから、魔法を使える奴はざらにいる。だが亜空間を作って物を収納する魔法は、並みの魔族じゃ習得できない高度な魔法なんだ。どうだ、すごいだろ?」


「あなたはそんな高度な魔法で恋愛小説の携行を」


 高等技術の微妙な用途に対する私の微妙な顔を、すごさに感嘆している顔だと捉えたらしい前向きなベルドラドは、至極満足そうに頷いていた。まあ、亜空間がどうとか、すごいことには違いない。


「それから『できたて料理を維持する魔法』と『服をお洗濯したての状態にする魔法』は、リシェルの快適な生活のために習得した魔法だ。家庭派モテモテ愛され魔族になるための魔法百選は全て習得してある。あ、この本なんだけど」


「家庭派モテモテ愛され魔族になるための魔法百選」


 これまた何とも言えない題名の参考文献が出てきたが、実際にとても助かる魔法の数々なので何とも言えなかった。習得してくれたベルドラドの勤勉さには頭が上がらない。


「ありがとうございます。ベルドラドのおかげで、私は毎日快適ですよ」


「礼はいらない。契約に則るのは当然のことだからな」


「じゃあ……すごいですね、ベルドラド」


「うん。もっと言って」


 気高く「礼はいらない」と言ったかと思えば、次の瞬間には素直に褒められたがる彼の様子に笑みが零れる。そうして会話をしながら昼食を楽しみ、食後のお茶で一息ついていると。


 たしたし、と謎の音が聞こえてきた。


「ん?」


 お互いに顔を見合わせ、耳を澄ませる。たしたしという柔らかい衝撃音は、窓から聞こえるようだ。


「ごめんにゃさい。ニャンでも宅配便です。ごめんにゃさい」


 ベルドラドと同時に窓を見ると、黒いローブを来た猫が二匹、硝子の向こうからこちらを覗き込んでいた。


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『初夜のベッドに花を撒く係~』
書籍版の情報は
角川ビーンズ文庫公式サイトで!

短編版の読み切り コミカライズもぜひ!
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― 新着の感想 ―
かわいいのキター!
スパダリになるための本なのかな?あ、花嫁修業用? でも彼は花嫁を迎えるための本、だと思ってるよねw
「義兄」業務妨害ww まぁた気になるタイトルの本が出てきたw そして、猫の宅配便が到着。 確か、猫に化けて売り上げを稼いでいる魔族なのだったか? 信頼と実績の業者が届けたものとは如何に。
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