◇55.面白れぇ嫁
前回までのあらすじ。
足湯コーナーに来たらベルドラドのお姉さんに遭遇した。
「た、たぶらか……」
「あなたよね、ベルちゃんのお嫁さんは?」
妖しい微笑みを浮かべながら確認される。
私は断じて面白れぇ女ではないのだけれど、ベルドラドの姉・ビオレチアさんからすれば、「可愛い弟を誑かした悪い人間」判定なのだろうか。
さきほどまでとは違った緊張で冷や汗をかく私の前で、ビオレチアさんの背に蝙蝠のような翼と、細長い尻尾が現れた。先端が丸っこいハート型でむやみに可愛い尻尾が、しゅるりと巻きついてくる。やんわりと私の退路を断つ際に尻尾を使うのは天魔の共通行動なのだろうか。
「全くベルちゃんってば、わたくしが旅行中に結婚してしまうんだもの。本当びっくりよ。風の噂で弟の結婚を知ったお姉ちゃんの身にもなって欲しいものだわ。そうよ。そうなの。ベルちゃんの花嫁について、道中で本当に色々な噂を聞いたの」
「噂……?」
「曰く、人間の分際で高位魔族に取り入った、狡猾で高慢な巨乳の美女」
「まだあった巨乳説」
「曰く、魔王城に来て早々に紅竜を乗り回し上空で快哉を叫んでいた、ヤベェ女」
「乗り回したというか乗せてもらったというか」
「曰く、贅を極めた寝間着を夫に貢がせまくっている、睡眠に命を懸けてる浪費家」
「事実ではないのに物証には事欠かない」
「曰く、メイド」
「端的に正解」
ビオレチアさんは指折り数えて、次々と数多の噂を挙げていった。
それは両手の指では足りないほどで、内容も尾ひれどころか両翼を生やして彼方へ飛翔、素手で邪竜を倒すわ、獰猛な魔犬を顎で使うわ、魔王と差し向かいで足湯に入るわ、聖剣を引き抜く偉業まで成し遂げるわ、総合すると確かに面白れぇ女、いや面白れぇ通り越して純然たる危険人物、ゆえに語り終えたビオレチアさんが「ふう……」と憂い顔で溜息を吐くのも無理はなかった。
「聞く噂がこんな感じだったから、とても心配していたの。素直で可愛いベルちゃんだから、なんかこう、詐欺的な手法で結婚させられてしまったんじゃないかって。たとえばそう、内容を知らせないままに後戻りできない感じの契約書にサインさせられて夫婦になったとか……」
「事象自体は正解」
内容を知らせないままに後戻りできない感じの契約書にサインさせられたのは私の方だけども。
「でも、杞憂だったみたい」
ビオレチアさんは憂い顔から一転、にっこりと笑った。
「あなたが『リシェル』だと聞いて安心したの」
「え……?」
「だってリシェル。こっそり無断侵入したベルちゃんのお部屋で見つけた煉瓦並みに分厚い『リシェルお持ち帰り計画』のリシェル。ベルちゃんの初恋相手の名前、リシェル……。ねえ、リシェルちゃんがそのリシェルちゃんなのよね? ベルちゃんの初恋の女の子なのよね?」
「は、初恋。う、えっと、はい、そうです……」
直前になんだか聞き慣れない計画名が聞こえた気がしたけれど、突っ込みの気概は「初恋」という単語の甘酸っぱい照れに押し流され、控えめに頷くことしかできなかった。
はい私こそが彼の初恋相手です、ということを面と向かって肯定するのは、まあまあ恥ずかしいものである。
赤面した私の首肯を受けたビオレチアさんは、「やっぱり!」と嬉々として手を打ち合わせた。
「なら十中八九、ベルちゃんが誑かした側というか、ベルちゃんから仕掛けた結婚なのでしょうね。偶然を装って声をかけ内容を知らせないままに後戻りできない感じの契約書にサインをさせて夫婦になり後追いで好意を表明したものと睨んでいるわ」
「事細かに正解」
さすがお姉さん、ベルドラドの行動が読めるらしい。感心する私に、ビオレチアさんはすっ……と顔を寄せて、ふんふんと匂いを嗅ぎ始めた。
お待たせしました、連載再開です!
毎週金曜日に更新です。
引き続きベルドラドのお姉さんのターンをお楽しみください。




