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◇52.火の海で普通に掃除をするメイド




「まさかメイド業務で火の海に飛び込む日が来るとは……」


 本日の業務内容は、「料理長が『ポテチ』を揚げようとして火炎魔法を使った結果、ちょっと失敗して火の海になった厨房の片付けの支援」だった。ちょっと失敗の結果がちょっとどころの騒ぎではないところが魔界品質である。


 テイジーさんは最初、私には火の粉が掛からない別の仕事を振るつもりだったらしいが、このメイド服を一目見て耐火性能を見抜いたらしい。

「業火の中で歌って踊っても問題ない装備で来てくださるとは……」と、ときめいた乙女の顔で言われた私に、厨房に行かない選択肢はなかった。


 歌って踊れるメイドではないが、掃除への期待にはしっかりと応えよう。


「ケルベロスの皆さん。しっかりと水は被りましたか」


「リシェルのくせに指図すんなコラ」

「こちとら水分含みまくりでスポンジ品質だコラ」

「新衣装だからって調子に乗るなてめコラ」

「厨房が揚げた芋の香ばしい匂いで充満してるなあ」


 こうして私はべちょべちょのケルベロスと共に、ちょっとした地獄の様相を呈している厨房に挑んだ。


 メイド服の常軌を逸した耐火性能のおかげで、炎にも煙にも熱い空気にも苦しむことなく(大量の芋がじゅんわりと揚がる超いい匂いが立ち込めているのには空腹を誘われて苦しめられた)、ケルベロス・ローリング・ストーム・モイスチャーセレクションなる華麗なる技のおかげで火災も鎮火、無事に掃除を終えることができた。


「おいメイド、掃除は終わったか?」


 ひょっこりと顔を出したのは料理長である。褐色の肌に橙色の髪をした、見た目は十二、三歳くらいの少年だ。


 火災原因である彼は、さきほどまで廊下に三角座りでしおしおと俯いていた(何なら鼻を啜る音も聞こえたので泣いていたと思われる)が、今はムッと怒ったような顔をしている。


 魔王城の厨房に来たのも初めてなら、料理長と対面するのも初めてなのだけれど、泣いていたことを絶対に悟らせまいとする気概がひしひしと感じられて、なんだか微笑ましかった。男の子版ミア様と言った雰囲気だ。


「はい、終わりましたよ」


「そうか。ふーん、まあ、人間の分際にしてはそこそこの働きだとは思うけど? いや全然ありがとうとかは思ってないけど? 今日のこれだって敢えてって言うか、初めて作るポテチに対する加減が分からなくて火災旋風を起こしたとかそんなんじゃないし? 狙い通りに芋は全部パリッと揚がったし? でもまあ気が向いたから特別にポテチ第一号を食わせてやってもいいけど?」


 ひしひし通り越してびしばしミア様と同じ性質を感じさせる料理長の言動にほっこりしている間に、彼は揚げたてポテチを載せた皿をいそいそと持ってきてくれた。


 なお、ケルベロスたちは「つまみ食いではなく掃除の一環として床に落ちてる芋を胃に回収していたら満腹になった」とのことで、煤塗れの幸せそうな顔で廊下に固まって眠っている。


「塩加減はうまくいったと思うけど、まあ食ってみれば?」


「はい、いただきます。あっ、これは、うん、ぱりぱりで超美味しいです。塩気も最高。初めてでこんなに美味しく作れるなんてすごいですね」


「ふ、ふーん……あっそ……べぅ、べっ、別に嬉しくないけど。別に嬉しくないんだけど、その、気が向いたから、これもやる」


 料理長はポケットをごぞごぞと探って、さくらんぼ大の球体を取り出した。透き通った橙色の玉である。


「わあ、綺麗な玉ですね」


「竜炎石だ。割れば辺り一帯を火の海にできる」


「とんだ危険物」


「火加減を唱えて地面に叩きつければ、応じた炎が出る。一番弱火で数秒くらい火の海、強火なら五分くらい火の海だ」


「火加減しても火の海は確定」


「ほら、その、お前の仕事って掃除だろ? よく水使うじゃん? 手が冷えるだろ? ちょっと温まりたいなって時に使えば?」


 ちょっと温まりたいなあと言いながら辺り一帯を火の海にする日は永遠に来ないけれど、水仕事への気遣いの心は嬉しかったので、ありがたく竜炎石を受け取った。手に載せるとほんのりと温かく、これなら割らなくても湯たんぽ代わりに重宝しそうだ。メイド服のポケットに入れて持ち歩こう。


「ありがとうございます。大事にしますね」


 お礼を言うと、なぜだか非常に険しい顔になった料理長は、「じゃあ、俺、忙しいから!」とツンツンした態度で厨房に戻っていった。迸るミア様感。微笑ましい。


「さてと……あとは掃除道具を洗って、ケルベロスをもみ洗いして……」


 料理長の言った通り、諸々の掃除の後は水に手足を付けるので身体が冷える。そんなとき、この魔王城には素敵な場所があるのだ。


「よし。仕事が終わったら足湯に寄りますか!」



■おまけ:リシェルの華麗なるリアルクローズ

・寝間着…… 18着

・メイド服…… 6着(戦闘用、耐火用含む)

・芋ジャージ…… 1着(ゼッケン付き)

・元から持っていた普段着……ベルドラドがこっそり宝物庫に持ってった

・ゆえに普通の服……0着


ちなみに芋ジャージは、魔王城のみんなで色違いのお揃い。

色は各自、リシェル桃色、ベルドラド黒色、ケルベロス黄色、テイジーさん茶色、アイザック博士青色、ミア様あずき色です。


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『初夜のベッドに花を撒く係~』
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― 新着の感想 ―
ケルベロズ(誤字に非ず)、やっぱり羊なのでは…。 つーか、火災現場の煤けた芋を拾い食いとかお腹壊さない…? 言動からすると内弁慶系飼い犬か…? 体を使って掃除した後に洗われるとか、実はモップが魔物化し…
ケルベロスは?ケルベロスの芋ジャージないの? 見てみたいデス。
いこま先生の話は、読んでてほっこりします。 ケルベロスのLINEスタンプが欲しい笑
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