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◇50.盛装用の寝間着とは


「ところで何の話だったっけ?」


「ベルドラドが寝間着を増やしすぎというお話です」


「ああ、そうだった。さっそく新作の出来を見せなくては」


 ベルドラドは大きな箱を鏡の近くに運ぶと、鼻歌交じりに開封を始めた。

 尻尾の先を刃物に変えてスパスパと紐を切る様子を、相変わらず便利な尻尾だなあと感心しながら眺める。


 と、箱の側面に「ニャンでも宅配便」と書かれていることに気が付いた。可愛い肉球の印も刻印されている。


「この、ニャンでも……って、お店の名前ですか?」


「ああ。魔界の個人配送業者、通称『ニャン宅』だ。早いし安全だからよく頼んでいる。ローブを羽織った猫の二匹組が荷物を運んでくるんだ」


「えっ、それは可愛い」


「本当は人型の魔族だが客ウケがいいから猫の姿に変身している、という噂もある」


「あっ、計算高い」


 真相はともあれ微笑ましい猫二匹組の配送風景に思いを馳せているうちに、ベルドラドが一着目の寝間着を取り出した。一目で上等な品だと分かる、光沢のある生地が現れる。


「わあ、綺麗な真紅のドレスですね。……ドレスですね!?」


「これは『妻が舞踏会に出るのに相応しい一着を』と頼んだものだ」


「寝間着には決してあり得ない注文」


「何を言う。これは寝間着だ。ちょっと寝間着にしては大胆に背中が開いていて、何なら雰囲気に合わせた靴も手袋も一式揃っていて、華麗なターンを決めると幾重にも重ねた襞が広がりまるで真紅の薔薇の如く舞踏会に咲くでしょうという仕立て屋からの熱い解説付きなだけの、ただの寝間着だ」


「清々しいほど真顔で言い切った」


 手渡された明らかに高級品なドレスを、恐る恐る受け取る。

 正直どう反応していいのか分からず、なんとも悩ましい顔でドレスを睨んでいる私に、ベルドラドは「気に入らなかったか?」と、ややしょんぼりした様子で言った。


「いえ、その、とっても綺麗なドレスなんですけれど、私には分不相応というか、華やかさに負けるというか、あと汚すのが怖いというか……」


 これまでのメイド人生、煌びやかな装いとは縁遠かったのだ。他人が着ていれば素直に称賛できるけれど、自分が着るとなると気後れする。あの純白の寝間……花嫁衣装だって、好きな人に惚れた宣言をかますという意気込みがあってこそ、手を出せたのだし。


 もごもごと言い募る私に、ベルドラドは「ふっ……」と、無駄にカッコイイポーズで、無駄に頼もしく笑った。


「安心しろリシェル。これはただの寝間着なんだ。寝間着に分不相応も何もあるか」


「澄み切った瞳で言い切った」


「それにリシェルは何を着ても似合う。何を着ても世界一可愛い。何ならボロ布一枚を纏っただけでも可愛い。いっそ服を着なくても可愛い。むしろ服いらない。だが体温調節その他健康上の理由から被服を是とする以上、せめて本体が持つ本来の魅力を損なわない上等な衣類を用意してやりたい。そう、これはリシェルに健康で文化的な最大限度の快適生活を送らせると誓った俺の使命に沿って発注したドレスであり、別にこのドレスを着たリシェルを俺が見たいだけとか、別にそういうのではない、いやほんと別に」


 最終的には何故かベルドラドの方がもごもごしたけれど、単に彼が見たいだけだと言い切ってくれたので、まあ何というか気後れは消えた。


 むしろ、きっと珍妙な口上で褒めちぎってくれるのだろうと想像したら、着る機会が楽しみさえになってきたのだから、我ながら単純である。


「じゃあ、はい。もしも盛装が必要な場面が来ましたら、ぜひ着ますね」


「! そうか、それはよかった。ああ、ちなみに汚れの方も心配ないぞ。夜会で赤ワインをぶっかけられようが返り血を浴びようが、この真紅の生地なら目立たないから」


「想定されている夜会の治安が不安」


 私を安心させたり不安にさせたり忙しいベルドラドだが、そんな自覚はなさそうな本人は「気に入ってくれてよかった」と、上機嫌な様子で盛装用の寝間着(盛装用の寝間着……?)を丁寧に仕舞い、いそいそと二着目を取り出した。


「これは『妻が森で楽しくピクニックをするのに相応しいものを』と頼んだもの」


「続・寝間着には決してあり得ない注文」


「これは『真冬恒例・月夜の氷柱投げ合戦に初参加する妻のための外套を』と頼んだもの」


「冬に開かれる月夜行事の種明かしをされてしまった上に名前から迸る危険性に震撼を禁じ得ない上にもはや外套って言っちゃってる」


「これは普通に寝間着」


「逆に新鮮」


 以降も続々と、寝間着という名のあんな服こんな服がお披露目され、私の手持ち寝間着は合計で十八着にまで増えた。二十着の大台に乗る日も近い。


「しかしいっぱい買いましたね……最終的に鎧まで出てきましたね……」


「仕立て屋と話していたら、つい盛り上がってしまってな。なんで全身甲冑まで発注してしまったのかは自分でも分からない」


 さすがにもう何も出てこないだろうと、明らかに見た目以上の物量を内包していた箱(恋愛小説を何冊も収納できるベルドラドの懐と同じ仕様なのだろうか)を覗き込むと、まだ品物が残っていた。


  端的に「パンツ」と書かれた袋である。




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『初夜のベッドに花を撒く係~』
書籍版の情報は
角川ビーンズ文庫公式サイトで!

短編版の読み切り コミカライズもぜひ!
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― 新着の感想 ―
寝間着で繰り広げられる壮大なコント。 このやり取り、観客に見せて笑顔にしないといけないレベルでは…? 世界の損失ですよ…? 獲っちまえよ、夫婦漫才の頂点(テッペン)をよぉ…!
健康で文化的な最大限度の生活…って事はどこかに限度が有るのか? 時空間的な物理的制約とリシェルの気力体力以外に限度は無いような気がするのだが……。 とはいえプレゼントで押しつぶすほどに追い詰めること…
パンドラの箱に最後に残っていた希望(パンツ) ベルドラドさんの夢と希望が.. 。+゜(〃ノ∀ノ)。+゜ 相変わらず大好きです!
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