◇49.乱入待ちのイベントは不要
「結婚式。ああ、あれか」
ベルドラドは私の問いを受け、うんうんと訳知り顔で頷いた。
「あの乱入待ちのイベントのことか」
「いや乱入待ちのイベントではない」
式当日の花嫁に「その結婚ちょっと待った!」をしに行くのだとドヤ顔で語っていた、在りし日のベルドラドを思い出して遠い目になった。
そうだったのか……ロマンチック云々の前に、前提の認識が間違っていたのか……。
「人間は結婚するときに式を挙げて神に誓うみたいだが、魔族にそういうのはない。誓いに神みたいな部外者は挟まない。せっかく夫だけに見る権利がある花嫁姿を有象無象に見せびらかす理由も分からない。いや可愛い妻を自慢したい気持ちは分かるけど花嫁姿は特別枠だろ?」
「な、なるほど……?」
「まあ魔族にも一族ごとに色々な流儀があるから、一概には言えないが……しいて天魔の場合に当てはめるなら、宣誓を刻んで特別誂えの衣装を着せて花嫁姿の妻に愛を誓ってひたすら愛でて構い倒すのが、結婚式に当たるかな?」
「な、なるほど……」
確かに私の額には、ひとたび前髪を上げれば燦然と輝く長文の宣誓があるし、あの寝間着もとい花嫁衣装を着て迎えた初夜では、彼のちょっと過剰なくらいの愛を身を以って思い知ることになった。ベルドラドの流儀的には、すでに結婚式的なものは完遂していたわけである。
宣誓のある額に手を当てて感心していたら、ベルドラドは私が困っていると思ったのか、急に心配そうな顔になり、恐る恐る訊いてきた。
「もしかしてリシェルは、乱入待ちのイベ……結婚式をしたかったのか?」
「え、あ、いえ……」
「すまなかった、リシェルの意向を全然聞いていなかった。リシェルが望むのなら今すぐにでもするぞ。ちゃんと人間の形式に則って神殿でやろう」
「いえ、その、別に結婚式に思い入れがあるわけでは」
「しかし魔界には神殿ってないんだよな……。あ、そうだ。人間の王都にある一番立派な神殿に、魔王城の魔族総出でお邪魔して、盛大な結婚式を挙げようか?」
「無邪気な笑顔でとんだ提案」
魔族の大群が王都に押し寄せたりしたら、歴史的大事件である。かつてあったという魔族と人間との大戦争が再び始まるかもしれない。
そんな私の至極真っ当な危惧をよそに、ベルドラドは軽いノリで「分かってる分かってる」と続けた。
「近隣の皆さんには、騒がしくするお詫びに菓子折りを配るから。それで許してくれると思う」
「菓子折りへの信頼が厚い」
菓子折り持参で押し寄せる魔族の大群って何なんだ、と突っ込む間もなく、ベルドラドは「分かってる分かってる」とさらに続けた。
「もちろん最も大事な乱入要素も忘れはしない。花嫁姿のリシェルを抱えて神殿の窓から派手に乱入してみせよう。『この結婚、ちょっと待った!』と叫びながら、バリンと硝子を割って華麗に着地だ」
「まずは乱入から離れろ、最も不要な要素は速やかに忘れろ、主役が乱入する側に回ってどうする、こら懐から参考文献を出そうとするな!」
今度こそ突っ込みどころを順番に消化し、ベルドラドを「えー」としょんぼりさせたところで、息を整えて。
「……というか、結婚式は挙げなくてもいいですよ。特にしたいわけではありませんし」
「そうか? 遠慮しなくてもいいんだぞ?」
「いえ、遠慮ではなく……」
結婚式の目的が愛を誓うことにあるのなら、それこそ私は、命懸けで誓われている身なので。
「幸せにするって誓ってもらったので、それで充分ですよ」
笑って答えたら、ベルドラドは真顔になって五秒くらい私の顔を見つめてから、こう言った。
「結婚してくれ」
「もうしてます」
そんなこんなで『初夜のベッドに花~』の書籍版、本日発売です!
可愛いメイドさんが黒髪の魔族にがっつり密着されている健全な表紙が目印!
書籍用の書き下ろしでは、待てを解除されたベルドラドVS今夜は寝かせて欲しいリシェルの攻防戦を温かく見守ってやってくださいね。
ここでの連載がこうして一冊の本になったのも、ひとえに読者さまの応援のおかげです。改めて感謝申し上げます!
それでは引き続き、連載をお楽しみくださいませ!