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◇48.妻の寝間着を増やしたがる夫


 朝食の席に着く前に、ひとまず洗面所に向かった。寝間着で朝食を取るのは最近の恒例だからいいとして、せめて顔は洗おう。あと寝癖も大人しくさせたい。


 睡眠不足で隈ができているだろうなあ、と少し落ち込んだ気持ちで鏡を覗いたら、予想に反して健康そうな自分の顔色に驚いた。徹夜明けだというのに、むしろたっぷり眠ってしっかり朝食を取ってうっかり昼寝までかました人間の顔である。


 そういえば、一度起きてしまえば眠気も感じないし、身体もそんなに疲れていないような。


 ふと、昨夜の芋掘り大会でアイザック博士が、「月光浴は魔族の身体に良いのだよ。こうして満月の下で楽しく遊ぶのは理に適っているね!」と言っていたのを思い出した。あれが楽しい遊びの範疇だったかはさておき、満月の下で活動しまくったのは確かだ。


 あまり中身を読まずに魔族の契約書にほいほいと同意した結果、ベルドラドの命を半分もらうことになった私は、人間よりも魔族に近い身体になっているらしい。だから、魔族に良いという月光浴の健康促進作用(?)が私にも働いて、寝不足を凌駕したのかもしれない。


「私、本当に魔族に近くなったんだなあ」


 こういう思いがけないところで、契約の影響を実感するとは。

 つい最近まで平凡なメイドとして生きていたのに、人生は何が起こるか分からないものだ。朝から妙に感慨深い気持ちである。


 ともあれ今大切なのは、寝不足で疲れた顔じゃなくてよかった、ということだ。ベルドラドに見せる姿は、なるべく整った状態でありたいのだ。

「涎を垂らして昼寝する顔が可愛かったから写生してみた。うまく描けたと思う」などと真顔で抜かす相手に無駄な抵抗かもしれないけれど、まあ、あれだ、恋する人間のささやかな矜持として。


 寝癖で跳ねた髪を手早く梳かし、寝間着のリボンを結び直し、ベルドラドが待つ朝食の席に向かった。





「リシェルが仕留めた『ちっちゃ芋』をスープに使ってみたんだ」


「こ、こいつが……! えー……わー……ほくほくで美味しいー……」


「そうかそうか。昨日収穫した巨大芋の方は、魔王城の料理長が『ポテチ』なる異国の料理に仕立てて、後で皆に配るらしい」


「へえ、ぽてち。それは楽しみですね」


 厳しい花嫁修業(意:花嫁を迎えるための修業)を積んだだけあって、ベルドラドの料理の腕は伊達ではない。いつもながら美味しい珠玉の献立をいただきながら、なんやかんやと世間話をしたり、紅茶を注いだり注いでもらったりする。至福の時間である。


 朝食を終えると、ベルドラドは「少し待っていてくれ」と言って居間を出て、大きな箱を抱えていそいそと戻ってきた。


「注文していたリシェルの寝間着が届いたんだ」


「寝間着の増殖が留まるところを知らない」


 ベルドラドに初夜の花を渡すと決めた夜、私はちょっと気合を入れて、美しい純白の勝負寝間着で挑んだ。あの日以降、ベルドラドは私に凝った寝間着を贈ることに目覚めたらしく、もとは五着だった(それでも多い)寝間着は日ごと増加の一途を辿り、いまや全部で十二着ある。


「もう。贈り物をしてくれるのは嬉しいんですけど、こんなに寝間着ばかり増やしてどうするんですか」


「寝間着ばかりじゃない、メイド服だって増やしただろ。いつものメイド服の洗い替えに同じものを三着、防御性能に優れるお針子蜘蛛の糸で作った戦闘用メイド服を一着、リシェルが噴火中の山を登りたくなったとき用に魔界七竈の葉で染めた耐火性メイド服を一着」


「妻に贈る服が寝間着とメイド服の二択でいいのか」


 あと戦闘の予定も活火山に挑む予定もない。


「だってこの二択なら絶対に着てくれるだろ? 花嫁衣装のつもりで用意したあの白い服も、寝間着に混ぜてみたら着てくれたし。あの日はリシェルの花嫁姿を見るという夢が叶った日として胸に刻んでいる」


「花嫁衣装を寝間着に混入するんじゃない」


 道理であの服、繊細な刺繍が施されていたり、真珠が縫い込んであったり、寝るだけにしては贅沢な作りだと思った。寝間着だって言われたから信じちゃったじゃないか。


 それにしても、「花嫁姿を見るという夢が叶った」という彼の言葉がけっこう意外だったので、まじまじと顔を見てしまった。


 恋愛小説に感化された溺愛夫婦観のもと、壁ドン・顎クイ・その他諸々の知識を交えて「幸せな結婚生活」の充実を図るベルドラドだけれど、ついぞ「結婚式」は行おうとはしなかった。彼が懐から出す豊富な参考文献においても、結婚式が最もロマンチックで盛り上がる部分のはずなのに、である。


 だからベルドラドは、花嫁姿も含めて、式典的なものには興味がないのだと思っていたのだけれど。


「ん? どうした?」


「いえ、その……ベルドラドって、結婚式の類にちゃんと興味があったんですね……?」


第二部にも引き続きお付き合いくださり、ありがとうございます!

毎話リアクションボタンがついて、とても嬉しい……。


さて皆さま、来週で7/1です!

世間的には「あずきバーの日」ですが、

初夜のベッド書籍版の発売日でもあります!

活動報告に表紙(大変に可愛い)&特典情報(こんなSS書いたよ)を載せたので、ご興味ある方はぜひ覗いてみてくださいね!

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『初夜のベッドに花を撒く係~』
書籍版の情報は
角川ビーンズ文庫公式サイトで!

短編版の読み切り コミカライズもぜひ!
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― 新着の感想 ―
ベルくんは結婚式に対してどんな偏見を持っているんだろうなあ、と勝手な事を抜かしてみる。 出会った(再会した)頃の事を考えてみると「結婚式なんてしたらリシェルを○○○○じゃないか」くらいは言いそうなんだ…
なんと。ベルちゃんが結婚式を行おうと提案していない理由とは?! ぽてち美味しいだろーなぁー。巨大なぽてち(*´艸`)
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