◇46.(プロローグ:楽しい魔王一家)
熱い気持ちで番外編を書き始めたら熱さが高じてもはや番外編ではないボリュームになり始めたので、思い切って第二部として始めることにしました。
楽しんでいただけますように……!
ベルドラド・アウグスタは、魔王の三番目の子どもである。
彼は初めての家出でギャン泣きをかまし、そこで人間の少女・リシェルと出会った。
リシェルと過ごした、半日にも満たない時間が、その後のベルドラドの人生を決めることになる。
家出をやめて魔王城に帰ってきた幼いベルドラドは、さっそく机に向かい、計画書を書き始めた。
リシェルを魔界に連れ帰り、ずっと一緒にいるための作戦――『リシェルお持ち帰り計画』である。
まずはリシェルが思ってくれた通りの「すごい」魔族になるために、弱くて泣き虫の情けない状態から脱却することに決めた。
意外にも、それはそこまで難しくなかった。世界で一番欲しいものができたベルドラドは、なんというか吹っ切れてしまって、怖いものがなくなったのだ。
散々虐めてきた魔族たちとは、吹っ切れたベルドラドがぶっ放すようになった無差別放電による無慈悲な蹂躙、もとい明るく元気な平和的交流の末に、微笑ましい友好関係を築くに至った。
「焼きそばパン買ってこい」と言えば、喜んで全速力で買ってくる心優しいお友達がたくさんできたベルドラドは、「これでベルちゃんのお友達募集ポスターを作られることもあるまい」と安心したものだった。
だが、同年代の魔族をコテンパンにできるくらいでは、まだ満足できない。これでは「すごい」に程遠い。
もっと強くて大きい相手を求め、仲良しのアイザック博士に頼み、迎撃用ゴーレムと戦うことにした。博士は快諾してくれた。
毎日アイザック博士のもとに通っては、毎日コテンパンにされて帰ってくる日々。そんなベルドラドを見かねて、ついに姉と兄が心配そうに声をかけてきた。
「最近どうしたの、ベルちゃん。楽しくお外で遊ぶようになったのは嬉しいんだけど、ゴーレムと戦うのはわんぱくが過ぎるわ。お姉ちゃん心配」
「最近どうしたんだ、ベル。友達と仲良く戦いごっこをするのは元気でいいが、ゴーレムで戦闘訓練はまだ早いんじゃないのか。お兄ちゃん心配」
「でも、早く強くなりたいから……」
「どうしてなの、ベルちゃん? 今までそんなこと言わなかったのに」
姉からの問いに、「リシェルに見合う魔族になるために強くなりたい」とは答えなかった。ベルドラドは好きな女の子がいることを、姉には内緒にしていたからだ。
やたらと弟に甘い姉がそのことを知れば、「ベルちゃんが欲しがっていたものをあげるわ!」と、リシェルを簀巻きにしてプレゼントしてくる可能性が高い。
リシェルを簀巻きにして持って帰るのは最終手段の一つだし、もしそうなったときにリシェルを簀巻きにするのは自分でありたい、とベルドラドは考えている。できる限り丁寧に梱包するつもりだ。
「なあ、ベル。この前の家出で何かあったのか?」
兄からの問いにも、何も答えなかった。ベルドラドは好きな女の子がいることを、兄にも内緒にしていたからだ。
やたらと弟に甘い兄がそのことを知れば、「ベルが欲しがっていたものだぞ!」と、リシェルを麻袋に詰めてプレゼントしてくる可能性が高い。
リシェルを麻袋に詰めて持って帰るのは最終手段の一つだし、もしそうなったときにリシェルを麻袋に詰めるのは自分でありたい、とベルドラドは考えている。可愛いリボンで飾り付けるつもりだ。
以上の理由から、頑なに理由を言わないベルドラドに、姉と兄は感動の面持ちになった――いつも家族の後ろかカーテンの後ろか家具の後ろに隠れてもじもじしていた弟が、なんかよく分からないけど、黙って無敵の男になろうとしている!
弟が無敵の男になろうと言うならば、それを支えるのが我らの役目である――姉と兄は顔を見合わせ、力強く頷き合い、ベルドラドに向き直した。
「いいことベルちゃん。わたくしたちの尻尾は相手を躾ける鞭であり」
「我々の翼と雷は、空から一方的に相手を嬲り屈服させるためにある」
姉と兄が温かな笑顔で教えてくれた天魔の戦い方(初級編)を、素直な弟であるベルドラドは素直に吸収した。
「うん、ありがとう。ビオ姉、バル兄」
自分に合った戦い方を覚え、実践する日々。
そしてついにゴーレムを粉砕するに至った日、姉と兄は泣いて喜んでくれた(アイザック博士もゴーレムの瓦礫に縋って泣いていた)。
「すごいわ、ベルちゃん」「すごいぞ、ベル」
これまで優しい姉と兄がベルドラドに掛ける言葉は、心配、労り、励まし、慰めのものが圧倒的に多かった。
だが今、ふたりは確かにベルドラドを「すごい」と言って、ただ褒めてくれた。心配でも、労りでも、励ましでも、慰めでもなく。
ベルドラドが自分を肯定できた、人生で二度目の瞬間である。
姉と兄によしよしされて照れ照れしていたら、父もお祝いに駆けつけてくれた。実はベルドラドの特訓の日々を、陰から望遠鏡でこっそりと見守っていたらしい。
その日の晩は『ベルちゃん戦勝記念ギョウザパーティ』になった。昏倒するほどニンニクが苦手なベルドラドのために、ニンニク不使用、代わりに大葉で味にアクセントをつけた、父の手作りギョウザである。
家族に褒められて、ベルドラドは嬉しかった。
そして、「リシェルはすごい」と感動した。
リシェルはすごい。
リシェルが「すごい」と言ってくれたから、こんなに頑張れた。
リシェルが「すごい」と言ってくれるなら、本当にすごい魔族になれる。
父と、姉と、兄と、自分。
家族が揃ったこの食卓に、いつかリシェルが加わる日を夢想して、ベルドラドは幸せな気持ちでギョウザを頬張った。
というわけで始まりました、
『初夜のベッドに花を撒く係~』第二部!
しばらくは火曜の夜に更新です。
次話は徹夜明けのリシェルさんでお届けします。