◇43.消えた夫を探して
「ベルドラド! どこですか!」
さすがに一ヶ月以上も生活を共にしていれば、彼の出勤の間隔くらいは把握できる。今日は一日、魔王城にいるはずだ。
ベルドラドを探しながら廊下を早歩きをしていたら、顔見知りの魔族たちが次々と声を掛けてくれた。あちらで見ましたよ奥様、そっちで見たですドジっ子メイドさん等々。
「噴水の近くでケルベロスと一緒にいたよ、リシェるん!」
最新の目撃情報に従って噴水に向かうと、謎の料理が山と積まれた大皿を囲んで騒ぐ、もこもこ集団がいた。
「ケルベロスの皆さん! ベルドラドの居場所を知りませ……って、その料理は一体」
「これはギョウザと言って先代の魔王様が魔界に広めた料理だ!」
「ベルドラド様は無心になりたいときにギョウザを大量に作るんだ!」
「ひたすら餡を皮で包む作業に没頭したあとはパリッと焼いて俺たちにくれるんだ!」
「ベルドラド様はニンニクが昏倒するほど嫌いだから代わりに大葉入りだ!」
食べるラー油なる謎の調味料と共にギョウザを勧められたが、今は青空ギョウザパーティに参加している場合じゃないので丁重に辞退し、ベルドラドの居場所を聞く。
「まだ無心になれないから、博士のとこに行くって言ってたぞ!」
ケルベロスたちの証言に従って研究所へ向かうと、破壊された巨大な何かの前で両手をついて咽び泣くアイザック博士がいた。
「アイザック博士! ベルドラドはどこへ……って、その物体は何ですか」
「ベルドラドくんが久々に『迎撃用ゴーレム出して』って言うから、張り切って最新型を起動したのに……雷撃で一方的に嬲られた前回を反省して帯電装甲にしたのに……まさか蹴り一発で壊されるなんて……」
ゴーレムの残骸に縋って泣くアイザック博士をひとまずお悔やみを申し上げてから、ベルドラドの居場所を聞く。
「まだ無心になれないってぼやいてたから、滝に打たれに行ったんじゃないかな?」
アイザック博士の助言に従って魔王城の敷地にある滝壺に向かうと、せせらぎに足をつけ、ぱちゃぱちゃと水遊びをしているミア様がいた。
「ミア様! ここにベルドラドが来ませんでしたか?」
特に突っ込み要素のない穏やかな現場に安心しつつ、ここにもベルドラドがいなかった落胆も感じつつ訊ねたら、ミア様は「あら、来たのね」と顔を上げた。
「ベルドラド様なら、さっきまで全裸で素数を唱えながら滝に打たれていたわ」
「全裸で素数を唱えながら」
「滝行に励むベルドラド様も素敵だわ……って、涼しそうだからってリシェルは真似しちゃ駄目だからね! 別に人間にあの高さの滝は危険だから心配して引き留めてるわけじゃないけど!」
「全裸で素数を……いや深追いするな。それで、ベルドラドはどこへ?」
「リシェルがここに来そうな予感がするって言って、どこかへ飛び去ったわ」
「さ、避けられてた!」
衝撃の事実にへたりこんだ。これだけ探し回っても会えないわけだ。朝いなかった時点で、私と顔を合わせたくないことは分かっていたが、積極的に逃げられていたとは……。
それなら作戦変更だ。
もうすっかり夕暮れになった空を見上げ、立ち上がった。
「ねえリシェル。ベルドラド様と喧嘩でもしてるの?」
心配そうなミア様に、胸を張って頷いた。
「はい。夫婦喧嘩の真っ最中です」