◇42.足湯コーナーで真相を知る
衣装棚を開け、何を着るべきか悩んだ。
本日メイド業務はお休みだから、普段着(と言いつつ普段は着ない普段着)を着るべきか。しかし、今さら私がメイド以外の格好で魔王城を闊歩したら、何事かと騒ぎになるかもしれない。うん。メイド服でいいや。
「よし!」
最上階の足湯コーナーには、魔王城暮らしの中でちょいちょい訪れているので、もはやひとりでも迷わず行ける。
ミア様の背に乗った初回以降は、ちまちまと階段を上っていたのだけれど、三回目くらいで「えっ、階段で来ていたのかい? 翼がない種族のために、魔動式の昇降機があるんだけど……」と、管理人さんに教えてもらってからは、しょっちゅう昇降機のお世話になっている。
駆け足で本館に行き、昇降機に乗り込み、まもなく最上階に到着。はたして足湯コーナーには、のんびりと湯に浸かる管理人さんがいた。
「こんにちは管理人さんいい天気ですねちょっとお話よろしいですか!」
「や、やあ、メイドさん。ぐいぐい来るね」
私の勢いに押され気味ながらも、管理人さんは「どうぞ」と穏やかに笑った。足湯仲間である管理人さんの前で足湯に浸からないのは礼を欠くので、さっそく隣にお邪魔する。
「管理人さん。私、ベルドラドにひどいことを言ってしまいました。失恋して頭が沸いていたんです……顔も知らない初恋相手に嫉妬したんです……」
「ん、え、待って、失恋? えーと……詳しい背景を教えてもらってもいいかい?」
管理人さんには謎の包容力というか、他人とは思えない親しみやすさというか、そんな雰囲気がある。だから、偽装結婚であること含め、包み隠さずに打ち明けることにした。
「その……これは内緒でお願いします。特に魔王様には絶対に」
「えっ、ぼ……魔王にも内緒だね。分かった。誰にも言わないから、話してごらん」
そういうわけで、私は管理人さんに事情を話した。
私とベルドラドは、実は偽装結婚であること。ベルドラドには好きな人がいること。それを知って八つ当たり気味に「私を愛さなくていい」と言って、彼をとても悲しませたこと。契約の難しい話。その他諸々。
「で、私には分からないんです。偽装結婚なのに、ベルドラドが私に命を半分預けてまで契約をした理由が。ただの妻役にそうまでする理由が」
ここまで静かに耳を傾けていた管理人さんは、「なるほど」と、労るように笑った。
「ベルちゃ……ベルドラドにも困ったね。大事な伴侶を困らせて。いいかい、メイドさん。君は誤解させられているよ」
「誤解……?」
「まず、誤解の一つ目。君はただの妻役だと言うけれど、そうじゃない。本物の妻だ」
目を丸くする私に、管理人さんは額を指してみせた。
「宣誓があるだろう。あれは代役なんかには刻まない。この時点でベルドラドは、君を生涯の妻に決めていると分かる」
「で、でも、生涯って……百年で契約を結んだのに……」
「宣誓と契約は別だからね。契約の二大目的は、君の逃亡を防ぐことと、君の寿命を変えることだろう。……えっと、メイドさん的には、どうなんだい?」
ここまで自信に溢れた話しぶりだった管理人さんは、急に不安そうな顔になった。
「契約のこと、怒ってない? 了承もなく不老の身体にされているわけだけど……恨んで当然というか、り、り、離婚……案件では……?」
「あっ、もうそこはいいかなって。身長が伸びないのは悲しいですけど……」
「もうそこはいいんだ……」
「ベルドラドとこの先もずっと一緒にいられるなら、むしろ嬉しいくらいです。寿命が短くて申し訳ないなと思ってましたから」
管理人さんはキョトンとして、それから「ぶはっ」と吹き出した。私はなぜか管理人さんに大受けする率が高い。
「あっはっは、そうかそうか。やっぱり君は大物だねえ。いいよ、じゃあ、誤解の二つ目。ベルドラドには他に好きな人がいるという話だけれど、それも違うと思う。本命がいるのに別の相手と結婚するような真似、あの子にはできない」
「でも、ベルドラドにはずっと片思いの相手が……」
「うん。えっと……十年くらい前かな。ベルドラドが家出をしたことがあったんだ。まあ夜までには帰ってきたんだけど。すごく目をきらきらさせて帰ってきて。で、その日以来、あんなに泣き虫だった子が、泣かなくなったんだよ」
「……」
「すごい魔族になるんだって、毎日張り切ってね。あの子を舐め切っていた魔族たちとも、吹っ切れたベルドラドがぶっ放すようになった無差別放電による蹂躙……もとい平和的で穏やかな話し合いの末に友好関係を築くに至ったり、博士に頼んで迎撃用ゴーレムと修行を始めたり、ともかく前向きになったんだ」
「……」
「あと他には……そうそう。家出の日以来、機嫌がいいと歌を口遊むようになって。なぜか、ひたすらに石鹸水を称える歌詞でね」
「……!」
「石鹸職人になる夢でも見つけたのかなと思って、ほっこりしてたんだけど、どうやら人間の女の子に教えてもらった歌らしくて。絶対にその子をお嫁さんにするんだと言っていたよ。それからずっと、人間を花嫁に迎えるための準備をしていた」
十年前。泣き虫。石鹼水を称える歌。
こんなの、もう。
「ベルドラドあの野郎」
「いやー、もう準備は万全なのに、なかなか迎えに行こうとしないから、背中を押すつもりでわざとお見合いを勧めまくったら、思いのほかマジ切れされて死ぬかと思っ……」
「管理人さんお話ありがとうございました私ちょっといってきますね!」
足湯から上がり、高速でタオルを使って靴を履いた。走り去る私の背に、管理人さんから穏やかな見送りの声が掛かる。
「うん。いってらっしゃい、リシェルちゃん」
ドスの効いた重低ボイスで再生しよう、「ベルドラドあの野郎」。
さて、本連載も残り3話です。
次話がちょっと短いのでフライングお詫びとして、
新作のラブコメ短編を投稿しました。
『捕らえた聖女の目が死んでる』です。
ギャン泣きさせる気で捕まえた聖女の目がだいぶ死んでいたので、うっかり励ましてしまう魔族くん(家庭科5)のお話となっております。
9000字ちょいなので、箸休めにどうぞ!