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初夜のベッドに花を撒く係、魔族の偽装花嫁になる  作者: 棚本いこま
第一部 メイドと魔族の偽装結婚

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41/61

◇41.失恋している場合じゃない



 翌朝。


 目が覚めて最初にしたことは、枕で自分の頭を殴打することだった。


「私のばか! ぽんこつ! 今世紀最大の駄目イド!」


 昨日、私はベルドラドにひどいことを言った。失恋して動揺したからって、楽になれるんじゃないかと思って、とんでもなくベルドラドを傷つけた。「愛さなくていい」なんて、言われた方はどうすればいいのだ。


 無理に愛さなくていいという私の提案に対し、「そうかそうか。じゃあ溺愛夫婦ごっこはもうやめるから、引き続き部屋でゴロゴロしていてくれ!」と、明るく健やかな返事が来るとでも考えていたのか。いました。あほである。


 ベルドラドを傷つけて、やっと自分の間違いに気が付いた。責任がどうとか、動機の種類は関係なかった。ベルドラドが私を大事にしてくれたことは本当で、愛してくれた時間は本物で、だから私は彼を好きになったのだ。


「ああ! もう! 昨日の自分に飛び膝蹴りしたい!」


 もちろん昨日の自分に飛び膝蹴りはできないので、代わりに罪なき枕を滅多打ちにした。やや怒りが収まって、深呼吸をして気持ちを整える。


 昨日はあの後、ベルドラドに抱き締められたまま耳元で「眠れ」と言われて、途端にすごく眠たくなって、うとうとしている間にベッドに運ばれた。


 どうしても抗えない眠気と戦っているうちに、頭を枕に載せられ、寝間着の裾を整えられ、首までしっかり毛布を掛けられ、優しく額を撫でられ、寝室を出ていく後ろ姿を引き留められないまま、深い眠りに落ちてしまった。


 たぶん魔法で眠らされたのだろう。そうでもされなかったら、たぶん一睡もできなかっただろうに、おかげで人生一番の快眠である。


 伸びをして、ようやくベッドを出た。いつもの起床時間よりもだいぶ遅い。メイドのお仕事が休みでよかった。


 顔も洗わずに居間に飛び込むと、いつも「おはよう、リシェル」と笑顔で待っている彼の姿はなく、いつも通りなのは、テーブルに用意された温かい朝食だけだった。


 それは、そうだろう。あんな風に話が終わってしまったのだ。私と顔を合わせたくないだろう。


 でも私は顔を合わせたい。謝りたい。話がしたい。


 というか、昨日、ベルドラドの話を聞いて気が付いたのだけれど、そもそも私は、何か前提から間違えている気がしてならない。


 ベルドラドは父に勧められたお見合い結婚が嫌だから、適当な人間と「たった」百年の偽装結婚をするのだと思っていた。


 でも、昨日の話では、契約期間が終わっても引き続き、彼は私と一緒にいることになっていた。

 何なら知らないうちに命を半分渡されていた。

 ついでに私は不老不死らしい。


「私もう身長伸びないんだ……いや成長期終わってるけど……いやそこはどうでもいい」


 ともかく、一時しのぎの妻役相手に、そんな契約をするわけがないのだ。きっと私は、まだ何か大事なことを隠されている。


 ベルドラドに会って確かめたいけれど、ここまで私に隠しごとをしてきた彼が、今さら聞かれたからと言って、素直に白状するとは思えない。


「どうしよう……。うん。ひとまず食べよう」


 昨日は昼からずっと食べていないので、さっきからお腹が鳴っていた。空腹ではいい考えも浮かばない。


 私の愛さなくていい発言を受けた後でも、ベルドラドの作った朝食はいつも通り手の込んだ献立で、相変わらず美味しかった。快適な生活という契約内容に即しているだけかもしれないけれど、それでも嬉しくて、完食したら元気が出た。


 整理しよう。


 ベルドラドは期間限定の妻役が欲しいと言った。

 でも契約が終わっても私がいなくなるのは駄目みたいだった。

 彼はこの契約に命を懸けた。

 でも、彼と私は契約した日に初めて知り合った仲である。

 なぜ初対面の人間相手に、そんな契約を結んだのか。

 ベルドラドの初恋の相手がとても気になる。

 その人と結婚すれば万事解決だったのでは。

 振られたのかな。

 とても気になる。


 うん。整理できなかった。


 私はベルドラドについて知らないことが多いのだと、改めて思い知る。


「駄目だ、自力じゃ限界がある……でも本人に聞く前に証拠的なものを……そうだ!」


 ベルドラドに詳しい人に彼の話を聞いて、手掛かりを掴むのはどうだろう。


 ぱっと出てきたのはアイザック博士だ。ベルドラドの幼少期から仲良しだったという博士なら、「お姫様」について語ったように、私の知らない背景を教えてくれるかも……いや、いけない。


 アイザック博士は、ベルドラドの初恋成就を喜んでいる。そんな博士に根掘り葉掘り聞いて、私が実は偽装結婚相手なのだとバレてしまったら、絶対に悲しませてしまう。


 他に誰かいないかなと頭を捻り、ベルドラドを小さい頃から知っているという点で、もうひとり有力人物がいることを思い出した。


「管理人さん」



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『初夜のベッドに花を撒く係~』
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短編版の読み切り コミカライズもぜひ!
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― 新着の感想 ―
ンポンコツゥは止まらない! 加速する!! 相談者が無自覚にクリティカルヒィット!な御方ぁ!?
いました。あほである。のテンポといい、「私もう身長伸びないんだ…」と一回思考が脱線して食事に行き着くところといい、この子は一人でも相当面白いのでは…? 長寿命かつ一生独身でも全然愉快に過ごしそう。あっ…
好きになった人には他に好きな人が居て、自分には責任で好きになっていると言われたら、それは辛いですよね。早く二人には幸せになって欲しいな。
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