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初夜のベッドに花を撒く係、魔族の偽装花嫁になる  作者: 棚本いこま
第一部 メイドと魔族の偽装結婚
40/55

◇40.契約 裏


 首を掴んでいた手が、唐突に力を失くして滑り落ちた。

 射貫くほどの強さで私を見ていた視線が、ゆっくりと下がっていく。


 光の消えた目を見て、初めて気が付いた。


 今まで彼が私を見るとき、その金色の瞳が、どれほど輝いていたのか。

 今の私の言葉で、彼が、どれほど絶望してしまったのか。


「そうか」


 ベルドラドは薄く笑った。


「リシェルは、俺に愛されても、幸せにはなれないのか」


 今度は私が呆然とする番だった。きっと私は途方もない間違いをした。


「あ……」


 早く何かを言わないと、もう取り返しがつかなくなる気がして、何を言うか決める前に反射で口を開き、すぐに口を噤んだ。


 再び私に向けられた彼の目が、ぞっとするほど冷たいものだったから。


「分かった。夫婦の真似事はやめる」


 ベルドラドは両手で私の頬に触れ、強引に上を向かせた。


「別に一方的でもよかったんだ。好きになってもらえなくても、愛させてくれるなら。でも、それすら拒まれるのなら、もういい」


「え……?」


 彼が放った言葉の意図を汲み取れないでいるうちに、さらに言葉が続けられる。


「ずっと俺のそばにいるのなら、それでいい。お前がどれほど、俺のことが嫌いでも」


「ちが……違います。嫌いだなんて、言ってない」


「愛することを許してくれなかったくせに?」


 ベルドラドは突き放すように笑って、でも決して手を離そうとはしなかった。


「安易に契約の破棄を求めなかったのは褒めてやる。百年我慢すれば、確かにお前は自由の身で、どこへ逃げようが罰は受けない。……だが、自由になったところで、きっと自分から俺のところに戻ってくる」


「戻って……? 待って、ベルドラド。人間は百年も……」


 困惑する私を、ベルドラドは面白そうに見下ろしていた。


「契約書は絶対だと言わなかったか? 百年で契約したのに、その前に寿命で死にましたなんて、許される気だったのか?」


「でも、そんなの」


「契約の絶対性に基づく肉体と魂の変質だ。一方が契約を満たせそうにないなら、もう一方が責任を持つ形で適用される。相手がちゃんと、契約を守れるように」


 私の顔を掴んでいた手が、ゆっくりと撫でるように降りていき、胸の辺りで止まった。早鐘を打ち続ける心臓の上に。


「契約を結んだ時点で、俺の命の半分を渡してある」


「……それって……!」


 魔族の契約の難しい話は、よく分からない。けれど、命を半分渡してしまうことが、どういうことかくらいは想像がついた。ベルドラドは私と契約するためだけに、寿命を半分、なくしてしまったのだ。


 どうして、そこまでして。


「天魔にだって寿命はあるが、その半分でも人間にとっては永遠みたいなものだろうよ。お前の身体はもう不老不死に近い。人間よりも魔族の側だ。ただし不死と言っても寿命の話で、致命傷を負えば普通の人間と同様に死ぬだろうが」


 なぜそこまでするのか分からず、呆気に取られて、身体の力が抜けてしまった。彼はそれを、私が寿命で死ねなくなったことで、衝撃を受けたからだと思ったのだろう。また可笑しそうに笑って、私を抱き締めるようして支えた。


「この変質は不可逆だ。契約が終わったところで元に戻ることはない。何百年経とうが姿の変わらない身体で、人間の世界に戻れるはずがない。だからと言って魔界に残っても、魔族に比べて遥かに弱いお前が、ひとりで生きてく術はない」


 抱き締められているので、ベルドラドの表情は分からない。でも、もう笑っていない気がした。


「俺から離れないのなら話は別だ。たとえ契約が終わっても、お前が俺のそばにいる限り庇護してやる。それが信じられないなら、百年後にもう一度、今と同じ契約を結んだっていい。お前が望むのなら」


 尻尾が柔らかく巻き付いてくる。


「理解できたか? お前はもう、俺がいないと生きていけないんだ。契約に応じた時点でお前の負けなんだよ」


 威圧的な口調と裏腹に、泣いてしまいそうな声だった。


「ずっと一緒にいるしかないんだ。この先も。ずっと」





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『初夜のベッドに花を撒く係~』
書籍版の情報は
角川ビーンズ文庫公式サイトで!

短編版の読み切り コミカライズもぜひ!
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― 新着の感想 ―
その日、読者(わたし)は思い出した── この作者さんは「塔の魔術師」を書いた人だったと。
甘々で終わって欲しいな… どうなるだろう…
微妙に被害者面をしてる気がするベルドラドだが、そもそもキミが端から「ベルくん」であることを認めていたら話はスムーズだったんだよ? その事を知っている第三者がいたらまだ話はつきやすいのに、いなさそうだな…
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